シャーマンキング(Shaman King)のネタバレ解説まとめ

『シャーマンキング』とは1998年から2004年にわたって週刊少年ジャンプで連載された武井宏之の作品。一度は打ち切りになったが完全版が発売され、約380Pの描き下ろしが追加され完結した。シャーマンの少年が修行を経て、全てのシャーマンの頂点「シャーマンキング」を目指し、それを決めるシャーマンファイトに参加し、成長していく。

親に葉との接触を禁じられ、アメリカに留学することになるまん太。
空港で板前修業に行くという木刀の竜と出会い、自分のもやもやした心のうちを語った時に木刀の竜が言ったセリフ。
この言葉でまん太は目が覚めて、出雲で修行中の葉の元へ木刀の竜と二人でバイクに乗って会いに行く。

「今は手探りでもただ前に進むしかない いずれなんとかなるだろってな」

出雲では葉は自分のオーバーソウルを強化するために、七日七晩飲まず食わずで真っ暗な洞窟で過ごすという修行をしていた。
まん太、アンナ、木刀の竜、たまおがその終わりを知り迎えに行くと、いつもと変わらないユルさをまとった葉が洞窟から出てくる。
その修業でつかんだ内容が、この葉のセリフである。

「真正面から蓮を受け止める」

対蓮戦で、お互いの巫力がわずかとなり、最後の激突となった際、葉が言ったセリフ。
蓮の攻撃だけでなく、背負っているものや憎しみなども引き受けるつもりのセリフで、蓮は思いっきり葉にぶつかることにより、自分の感情に向き合うことになる。

「力では風や水は壊せないのだな」

最後の攻撃を葉に受け止めてもらった蓮のセリフ。
全てを壊したいと願っていた蓮が、「力では壊せないものもある」と気付いていながらも認めなかったところを、あえて口に出すことで納得するシーン。
これ以降蓮の葉に対する態度は和らぐ。

「人間はそれほど汚くはない」「だがオレは――それに気づくまで あまりに多くの人間を殺しすぎた」

故郷へ帰る途中の蓮のセリフ。
葉と出会うまでは全てを憎み全てを壊したいと願っていた蓮だったが、それがそもそも間違いだったと気づき、後悔する。
自分がこれからどうやって生きていけばいいのかの迷いを見せるシーン。

「オレは本当はそんなダンナにあこがれてシャーマンになりてえと思ったんだよなァ」

木刀の竜がシャーマンを志した理由を話すシーン。
出雲に置いてけぼりにされた際に、葉の祖父・葉明に修行をつけてもらいたいと言うが断られ、この世に未練がなくなったトカゲロウと語り合う最中にこのセリフを言う。
ベストプレイスを探し続けた木刀の竜の居場所は、全てを受け入れる葉のそばだった。
居場所がないと嘆くトカゲロウに、「オレがシャーマンになったらお前が持ち霊だ」と言い、なんとか葉明を説き伏せてシャーマンとなる。

「何が大事かは人の勝手だ そいつが本気でやってりゃ上も下もねえだろ」

ファウストの「エリザに会いたい」という理由でシャーマンキングを目指した、という話に、チーム「ICEMEN」は食ってかかる。
そこに葉が言ったセリフ。
これは「広大なフキ畑を作りたい」というホロホロの目標だったり、「楽をしたい」という自分の目標だったり、チョコラブの「世界を笑いで満たしたい」という目標だったり、人には様々な目標があるがそれをバカにしてはいけないということを教えてくれる。

「だがそれでいいんだ リゼルグ・ダイゼル 君の優しさこそ我らの正義に一番必要な事なんだから」

「X-III」がハオと最初にあたり、死亡を前提で戦うことにリゼルグは納得がいかない。
そのことでマルコに折檻されるが、「X-III」の面々がそれをかばう。
「優しさと甘さは違う」といい、リゼルグがずっと持っていた「甘さ」は「優しさ」であり、それは必要なものなのだと諭す。

「これは心が決めた事故に」

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シャーマンキングの持霊まとめ

『シャーマンキング』とは、武井宏之による漫画、及びそれを原作としたアニメ作品である。 平凡な中学生、小山田まん太のクラスに転校してきた不思議な少年麻倉葉。彼は霊と心を通わせることのできる霊能力者、「シャーマン」だった。500年に一度開催されるというシャーマンの王を決める戦い、「シャーマンファイト」に参加するべく上京してきたのだ。 葉は伝説の侍、阿弥陀丸を自らの“持霊”にし、シャーマンファイトに挑む。シャーマンは皆それぞれ持霊がおり、霊を物体に憑依させ具現化させて戦う。

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