エースをねらえ!(Aim for the Ace!)のネタバレ解説まとめ

「エースをねらえ!」は山本鈴美香による日本の少女漫画。集英社「週刊マーガレット」に連載された。少年少女を中心にテニスブームを巻き起こしたスポ根漫画として知られている。アニメ化、映画化の他に、上戸彩主演でテレビドラマ化もされている。テニスの才能を見出されたひろみが厳しい練習に耐えながら一流選手目指して練習に励む、恋と青春の物語。

『エースをねらえ!』概要

「エースをねらえ!」は山本鈴美香による日本の少女漫画。集英社「週刊マーガレット」に1973年2・3合併号より連載が開始され、1975年5号まで掲載され一旦完結した。その後、アニメ版第1作の再放送による人気上昇を受け、1978年4・5合併号から1980年8号まで第2部として連載された。
福田雅之助の名言「この一球、絶対無二の一球なり」という言葉が作品中によく使われており、この漫画により福田の名言がより広く知られるようになった。
また、実在の選手たちのエピソードも作品内に多く取り入れられており、実在の選手と主人公ひろみが試合を繰り広げる話も入っている。
単行本は全18巻。中公コミックスーリ愛蔵版(中央公論新社)として全4巻。その後、中央公論新社よりコミック文庫化全14巻。ホーム社(発売:集英社)からコミック文庫全10巻として刊行されている。

竜崎麗華(通称:お蝶夫人)に憧れ、名門・県立西高校テニス部に入部した岡ひろみは、新しくコーチに就任した宗方仁にその才能を見出され、1年の新入部員であるにも関わらず選手に抜擢された。宗方による厳しい特訓と部内で先輩たちからいじめを受け、苦しい日々を送る。しかしこれらの苦難を乗り越えテニスの素晴らしさを知り、一流テニス選手へと成長していく物語。宗方コーチとの子弟の絆、藤堂貴之との恋愛なども描かれている。

『エースをねらえ!』のあらすじ・ストーリー

出会い、レギュラーに抜擢~1年

岡ひろみはテニスの名門・西高等学校の1年生。テニス王国と呼ばれている西校には、ひろみが憧れてやまないテニスで超高校級の実力を持ち、華麗なプレーを見せる竜崎麗華(通称:お蝶夫人)や藤堂貴之、尾崎勇など名選手が数多く活躍している。慕っているお蝶夫人からテニス部に誘われ入部してみたものの、ひろみのテニスの腕はあまり上がらない。それでもお蝶夫人に手取り足取り一からテニスを教わり、いつしかプレイもお蝶夫人に似るようになり、ひろみはお蝶夫人から妹のように可愛がられ毎日を楽しく過ごしていた。
しかし、ひろみは新任のコーチの宗方仁に目をかけられ1年生ながらレギュラーメンバーに抜擢されてしまった。並以上のジュニアの中にいながらあまりに下手でかえって宗方の目を引いたひろみ。宗方はその無垢な才能に将来性とスケールの大きさを感じ、あえてレギュラーに抜擢した。テニス王国にあってレギュラーになれるほどの実力が全く足りないひろみに対し、えこ贔屓であるとして部内から妬みや嫉妬を受け、ひろみは厳しい目で見られるようになり、部内で孤立していった。
宗方に目をかけられたひろみを快く思わないお蝶夫人から選手を辞退するように言われ、ひろみは宗方に選手辞退を直談判をするが認められず、宗方から厳しい特訓を受けさせられた。

部内でのいじめと宗方の厳しい特訓に耐えかね、コートで一人泣くひろみを男子部副キャプテンの藤堂は優しく慰め励ます。藤堂に励まされ練習に励むものの、いじめはひどくなるばかり。藤堂を密かに想っていたお蝶夫人は、ひろみと藤堂が近づくことを苦々しく思い、ひろみに自分かテニスかどちらかを選べと宣告した。お蝶夫人を選び、テニスを辞めれば辛い毎日から解放されるとひろみは思い、とうとう宗方に退部届を提出した。

テニス三昧だった毎日から解放され、お蝶夫人とも元の姉妹のような関係に戻れたものの、ひろみの気持ちは晴れない。ポッカリと穴があいたようで日々の暮らしを楽しめなくなっていた。
退部して4日目、どうしてもテニスが恋しくなりなぜテニスを辞めてしまったのかと後悔したひろみは、練習後の誰もいないコートに入り、今更遅いと思いながらもサーブを打ってみた。そこへ宗方が現れ、ひろみのサーブの指導を始めた。いいかげんお蝶から離れたらどうだ、お蝶夫人のプレイを真似していてもお蝶夫人以上のプレイはできない、自分のテニスをしろと宗方はひろみを諭し、部に戻ることを許した。

部に戻ったひろみに先輩たちは相変わらず厳しく当たるが、テニスができない辛さに比べたら何でもないと、ひろみは前向きに変わっていった。宗方の特訓も厳しさを増すが、ひろみは懸命に食らいつき、凄まじい速さで上達していく。

県大会団体決勝、ひろみの相手は名の知れた実力のある選手・日向綾。重いサーブに苦戦し、途中ボールが目に当たるというアクシデントに見舞われながら、ひろみは最後まで諦めずに日向に食い下がった。スタミナ不足で朦朧としたまま試合を続け、試合終了直後、ひろみは倒れてしまった。結果はひろみの勝利。
素晴らしい試合に、お蝶夫人や藤堂、尾崎などは驚き、その成長の速さに驚愕した。

個人戦決勝ではお蝶夫人と加賀高校の緑川蘭子が当たる。蘭子の長身から打たれるサーブの強さは計り知れず、お蝶夫人も苦戦を強いられるが、試合中、お蝶夫人の打った低いボールを打ち返そうとして蘭子の手がコートに打ちつけ、蘭子は大怪我を負ってしまった。そのため蘭子は棄権、優勝はお蝶夫人となった。試合後、蘭子は泣き崩れ宗方コーチにしがみついた。
実は蘭子と宗方は異母兄弟だった。宗方の父は、宗方とその母を捨てお腹に蘭子を宿した蘭子の母のもとへ行った。宗方は父を憎み、生まれた子供はどんな子供なのかと見に行ってみると、背が高いことを悩む蘭子がいた。宗方は異母兄妹であることを隠して蘭子に近づいた。長身を気にして自分に自信がもてなかった蘭子に宗方はテニスを教え、その長身から打ち出されるサーブは素晴らしい武器であると教えた。テニスを始めたことで自分に自信が持てるようになった蘭子は、いつしか宗方に恋心を抱くようになっていた。しかしそのことが蘭子の母に知られ、蘭子は宗方と自分は血が繋がっているのだと知った。恋心は捨てたものの宗方を慕う気持ちは捨てきれない蘭子だった。

西高テニス部は関東大会に進み、新たにダブルスのメンバーが発表された。宗方はお蝶夫人とひろみをペアに指名した。お蝶夫人は抵抗するが、宗方は「お蝶になら岡が理解できる、岡ならお蝶にこたえられる」といい、ペア解消を認めない。
ダブルスの練習を始めても2人の息が合わず、ひろみはミスを連発する。お蝶は苛立ち、部内でもひろみへの批判が日に日に増していく。
ダブルスの練習中、弱いひろみは集中攻撃され、息が合うどころか2人の間は冷え切っていった。
落ち込むひろみの前に蘭子が現れ、ひろみが嫌がらせを受けていると知ると、ひろみには人を追い抜く力があるのだから、抜かれる側との摩擦があるのは当然であると言った。県大会個人決勝での怪我のため、2ヶ月もテニスをできない蘭子は、その苦しみに比べたら人からの批判など何でもないことだとひろみは蘭子に励まされた。
蘭子の励ましを受け、ひたむきに練習を続けるひろみの姿にお蝶も態度を軟化させ、コート外でひろみの悪口を言う部員をたしなめるようになっていた。
関東大会1回戦、初めてのダブルスの試合でひろみは緊張し、思うように実力が出せずミスを連発、第1セットを落としてしまった。お蝶夫人が第1セットを落とすなどありえないと外野はひろみに野次を飛ばし、ひろみはさらに動揺してしまう。するとお蝶が外野を叱責しひろみを庇った。そして負けることを怖がるよりも力を出し切らないプレイをすることを恐れろと言う。お蝶は、自分はひろみの味方であるとひろみを諭し、落ち着かせた。
ひろみはお蝶の言葉を受け、落ち着きを取り戻し、お蝶に支えられながら粘り強いプレーをして、勝利をもぎ取った。
ひろみとお蝶のダブルスは準決勝に進んだ。1回戦でひろみは膝を負傷しており、棄権するかと危ぶまれたのだが、大苦戦ではあったが辛くも勝利、決勝に駒を進めた。
決勝戦はシーソーゲームだったが、お蝶の絶対に勝つという気迫に相手チームがのまれ、大接戦の末、勝利を勝ち取った。ひろみとお蝶のダブルスは関東大会優勝となった。
しかし、勝利はお蝶の力で得たもので、ひろみへの風当たりはいまだ強いまま。ひろみもお蝶との実力差に、来年こそは自分の力で優勝しようと決意を固めた。

全日本ジュニアメンバー~2年

ひろみは進級し2年生になった。関東大会のダブルスで優勝したことにより、ひろみに注目が集まるようになってきていた。しかし、テニス部内部の人間は、ひろみの優勝はお蝶夫人の力であるといい、ひろみが騒がれることに憤慨していた。
ひろみ自身も先輩たちに言われるまでもなく、自分の実力不足は痛感しているので、来年こをは自力で関東大会まで進もうと、さらに激しい練習に励む。

そんな中、西高応接室に藤堂・尾崎・竜崎・緑川・岡は呼び出された。緑川は他校であるにも関わらず招集がかかった。日本庭球協会から全日本ジュニアチームの1次メンバーとすると全日本庭球協会・竜崎理事より通達を受けた。空前のテニスブームが来ており、世界に通用する選手を育てるために庭球協会は動き出した。1次メンバーは各県より4名ずつ選出され、これ以降2次、3次とよりすぐられて、最終メンバーに残った者のみが「全日本ジュニア」として専属コーチを付け海外遠征などの英才教育を受ける事になる。ひろみのことは宗方が特別強力に推薦し、例外として5人目のメンバーとなった。

1次メンバー招集の前に、2県合同の練習を行うことになった。お蝶と蘭子はかつて蘭子の怪我でうやむやになった試合の続きとばかりに試合をし、その実力を周囲に知らしめた。ひろみはお蝶や蘭子のプレーを見て自分との差を痛感し、宗方に「おねがいです…。お蘭にお蘭のテニスをおしえたように、わたしにもわたしのテニスを教えてください」と嘆願し、宗方はひろみの方からそう言うのを待っていたと答えた。
宗方とひろみが目指すテニスはパワーテニス。女子が男子並みの体力と技を得るためには凄まじい努力が必要となる。選手本人の努力はもちろん、育てる側も大変な苦労を強いられる。それでも宗方はひろみにパワーテニスを身につけさせようと精神を支え、身体を鍛え、情熱的にひろみを育てる。

西高の軽井沢合宿が始まった。アクシデントで川に落ちてしまったひろみは藤堂から着替えを借りることになり、藤堂を異性として意識してしまう。
藤堂を意識するあまりひろみは練習に身が入らなくなってしまった。ひろみの異変に気づいた宗方はひろみを部屋に呼び、「恋をしてもおぼれるな」と忠告する。
宗方は藤堂も呼び出し、「男なら女の成長を妨げるような愛し方はするな」と告げた。ひろみに思いを告げようと考えていた藤堂は宗方の一言で思い止まり、ひろみの成長のために今は黙って見守ろうと決意した。
合宿中、模範試合をすることになりひろみは1年の男子と対戦することになった。
1年・香月は女であるひろみを馬鹿にして、自分の勝ちを信じている。一方のひろみは、男子であり、体力も力もある香月に今は勝てないかもしれないが、そのハンデを補うためにしてきたトレーニングの成果を発揮し、楽には勝たせないという決意で試合に臨んだ。
試合は香月の勝利で終わったが、ひろみのプレーはあらゆるところが改善され、このままトレーニングを続ければかなりの脅威になると感じたお蝶は合宿どころではないと個人的に特訓することを決めた。

全日本ジュニアの関東の1次メンバーが合流し、選抜試合を行うため山中湖に集まった。関東29人のうち2年生はひろみと宝力冴子の2人だけ。トーナメントが行われ、ベスト4に残った4人が2次メンバーとなる。
ひろみの1回戦の相手は美咲優子。実力はあるのだがコートのマナーが悪く、ひろみを例外メンバーと舐めて掛かり、審判の判定にも従わず試合放棄をしてひろみが勝利となった。
2回戦もひろみは死力を尽くし、コーチの教えを信じ辛くも勝利をもぎ取った。

3次メンバー選抜試合は中止となり、全日本ジュニアメンバー選抜試合が行われることになった。4試合をして勝ち数の多いものからメンバーとなる。
ひろみの対戦相手は緑川・竜崎・宝力・前田の4人。一番当たりたくなかった蘭子やお蝶と戦わなければならない。
第1試合、1年前まで、実力は雲泥の差であった緑川蘭子と対戦する。タイブレークまで持ち込む接戦を繰り広げるが2-0でひろみは負けてしまった。
第2試合、お蝶の意思に背きテニスを選んだことをずっと気にしていたひろみにお蝶はどれほどの力がついたか見せろと言った。ひろみはお蝶の心に感謝し、全ての力を出し尽くした。お蝶は多彩な技を見せ、素晴らしい最高のプレイでひろみの成長を促した。2-0でお蝶が勝ち、ひろみはお蝶がひろみに伝えたかった技の全てを受け取った。
第3試合で宝力を破り、第4試合前田にも勝利したものの、ひろみの戦績は2勝2敗。メンバーに選ばれる確率は限りなく低い。
しかし庭球協会の理事たちは単なる勝ち抜き戦としてではなくより伸びる人間をメンバーにしたいと考え、ひろみは最終メンバーに選ばれることになった。

ジュニアメンバー冬季合宿

3年生が引退し、2年生が部の中心となってきた。ひろみはお蝶に部を託され後輩指導に熱が入るようになっていた。

選抜メンバーの宝力がオーストラリアのジュニア選手を連れて西高にやってきた。
練習試合をすることになり、ひろみはアンジー・レイノルズという選手と対戦することになった。テニスの本場の選手は、男子並みに腕力が強くひろみは苦戦を強いられる。しかし、アンジーの体調不良で試合は途中で終わり、後に体調を整えて再試合をすることになった。
試合後、皆で宗方の家に行ったひろみは、宗方が祖父母と3人暮らしであることを知った。蘭子と一緒に帰宅途中、宗方の話になり、宗方がかつての名プレイヤーであったことや、怪我のために選手生命を絶たれてしまったことなどを知った。
ある日の練習中、草むらで宗方が横になっているのを見たひろみは、宗方の身に何か起こったのではと駆け寄った。今までにないひろみの様子に、ひろみが自分の体の事を知ったのだと宗方は察知した。
宗方は選手生命が絶たれる前に、悔いがないように精一杯プレイをするように、自分のように選手生命が絶たれてからでは遅いとひろみに話した。
ひろみは、宗方がいつも自分の体調をどれほど気をつけてくれていたのかを改めて気づき、宗方に対する信頼が増した。

全日本メンバー冬季合宿が行われた。選手1人につき専属のコーチが付けられるのだが、ひろみのコーチは宗方のままだった。コーチも選りすぐりの者が選ばれるので宗方はかなり優秀なコーチであると言える。
ひろみは宗方のコーチを受け始めて1年余になった。否応なく選手にされ難しい人間関係の中に放り出されたけれど、その中で耐える力を身に付け、人を思いやる心を知り、宗方に全幅の信頼を置けるようになった。ひろみは宗方が望むような選手になりたいと強く願うようになった。
ある日の練習中、マラソンをしていてひろみはこむら返りになった。藤堂に介抱され付き添われて帰る途中激しい雨が降り、雨宿りをすることになった。冬の雨は冷たく濡れた体は冷えて凍えている。藤堂はひろみを引き寄せ温めた。
宗方が迎えに行き、2人は合宿所に戻り、藤堂はすぐに部屋へ行った。ひろみは迎えに来た宗方に、藤堂への思いが強く、このまま宗方の言うとおりにやっていけるのかと不安を口にする。宗方は全国女子ジュニアからたった8人選ばれた事への義務をまず果たせとひろみを諭した。

オーストラリア遠征

宝力冴子や宗方コーチとともにオーストラリアに遠征に行ったひろみ。滞在中はレイノルズ家にお世話になる。
10歳までにテニスの基本を学ぶオーストラリアのジュニアのレベルはとても高い。ひろみは地元のジュニア選手と練習をするが、ボールもコートも日本とは違い戸惑いを隠せない。アンジーの兄・エディに練習相手になってもらいながら本場の芝コートに慣れていく。受験が終わった藤堂やお蝶も合流し、遠征は続く。
遠征最終日、ひろみは宗方の指示で藤堂と試合をすることになった。この試合で何本もエースを決めることができたひろみは、成長のきっかけを得ることができた。プロを目指すエディとの練習で執念を身に付け、藤堂との試合で成長の兆しが見え始めたひろみを宗方は満足そうに見ていた。

ひろみは3年生になった。宗方の友人・太田が4月から西高のコーチになった。
テニス部は空前のテニスブームのため入部希望者が殺到している。
地区予選が始まり、テニス王国と呼ばれる西高は順調に勝ち進んでいく。全日本ジュニアメンバーは地区大会には出場できず、関東大会からの出場が決められている。ひろみが出場できない中、西高は団体戦決勝で加賀高と当たることになった。緑川蘭子が育てた樋口と西高の2年・英が対戦する。試合は樋口優勢で進み、英は敗退してしまった。結果は3-2で西高が優勝したのだが、泣き崩れる英を見て、自分のことで精一杯で、英の弱点、気をつける点などを口で伝えるだけで、実際に練習を見てやらなかったことをひろみは後悔した。選手にとって負けることが何よりも辛いこと、厳しく辛い練習でも試合に勝てればその方が選手のためであると宗方の厳しい指導を受けているひろみはよく知っている。お蝶に西高を託され、後輩に西高の伝統や技を伝えろと言われていたにも関わらず、上手く関われなかったひろみは、後輩指導の難しさを痛感した。

西高は関東大会に進み、ダブルスではひろみと英がペアを組むことになった。ひろみたちのダブルスは勝ち進み、決勝で宝力冴子のペアと対戦することになった。
試合が始まると、宝力の調子が悪いのか、西高、岡・英ペアの圧勝で終わった。宝力は大学生と交際を始め、恋に溺れるあまりテニスが疎かになっていたのだ。ひろみは恋をすることで陥る落とし穴の恐ろしさを知り、藤堂との恋を宗方に止められている理由を実感した。
シングルス決勝で、ひろみと宝力は再度対戦するが、宝力の調子は戻らずひろみが圧勝。優勝を果たした。
その後、インターハイでも優勝を果たし、ひろみは高校チャンピオンになった。

全世界招待試合開始

ひろみたちが海外遠征をしていた時、ひろみを見かけたプロのランキングプレーヤーのジャッキー・ビントがひろみとダブルスを組みたいと申し出てきた。
ジャッキーは何度か日本に足を運び、ひろみと練習試合もしてひろみの実力をはかってきた。その上でひろみをペアに選んだのだ。実力が違いすぎる2人がペアを組むことの難しさは、お蝶とペアを組んだ時に実感していたひろみは、プロから指名されたことに驚き恐れを抱く。しかし、宗方を始めお蝶、蘭子などがひろみの練習に協力し、ひろみはその期待に応えるためジャッキーとペアを組むことを承諾した。
宗方はオーストラリアに住むテニス界の重鎮・レイノルズ氏にひろみのコーチを依頼し、快諾をもらった。ひろみは宗方がコーチを辞めるのかと動揺するが、これからの成長に必要だからコーチを頼んだのであって、ひろみのコーチを辞めるわけではないと宗方は言い、ひろみは胸をなでおろした。

日本庭球協会は、各国の将来有望なジュニアテニスプレイヤー(高校生)を日本に招待し、招待試合を開催する旨を発表した。日本のジュニア選手に世界のプレイヤーの強さを実感させるため宗方が提案し、庭球協会が実現した企画だった。出場できるのは高校生のみ。大学生であるお蝶や藤堂は参加することができない。藤堂や尾崎、お蝶や蘭子は、日本のテニスの将来を見据え、自分たちは縁の下で後輩たちを支える道を選んだ。

恋に溺れ、調子を崩してインターハイを棄権した宝力はオーストラリアでがむしゃらに練習をしていた。恋を捨てたと宣言し、テニスに集中しようとするのだが、イライラと周りに当たる宝力の姿に、エディはひろみと藤堂は互いに想い合っていながら打ち明けず、お互いの成長を妨げないように踏みとどまっているということを宝力に伝えた。ひろみが2年も前から藤堂との恋に悩みながらテニスに打ち込んできたと知り、旅立つ前、ひろみに恋を捨てると宣言し苛立ちをぶつけてしまった事を宝力は後悔した。
ひろみの恋の話を聞き立ち直った宝力は、招待試合に参加するオーストラリアメンバーとともに日本に帰国し、ひろみに謝罪し、これからも互いに高め合う友達でいてくれと言った。

第1回高校生招待試合が始まった。ダブルスのペアを組むジャッキーの妹・ジョージィも参加する。ジョージィは姉とペアを組みたがっていたのだが、姉が選んだのはひろみ。なぜ自分ではなくひろみを選んだのか姉を問い詰めたジョージィは、日本でひろみをよく見て考えろ、と言われていた。

大歓声の中、試合が始まると、大試合に慣れていない日本メンバーは緊張と気後れで自分たちの実力を出し切ることができないでいた。世界のトップジュニアはそんな舞台にも慣れていて落ち着いてプレーしている。次々と敗れていく日本勢を目にしてひろみは萎縮して自信が無くなっていった。
練習中、藤堂の球を受けそこねてコートで倒れこんでしまい、明日の試合に出たくないという気持ちで中々立ち上がれずにいたひろみに宗方から厳しい叱責の声が飛んだ。それでも立ち上がれないひろみに「テニスに対する愛情よりも観客に対する恐怖のほうが強いのか!」と宗方は言った。立ち上がり練習を続けるうちに、藤堂のフォームがひろみの対戦相手ジョージィとそっくりであることにひろみは気づいた。短時間の間にジョージィのプレイを真似できるようになり、ひろみの練習に協力してくれる藤堂の想い、高いところからひろみを引き上げてくれる宗方の力強さに気づいたひろみは、観客への恐怖を克服し試合に臨むことができた。

ジョージィとの試合は大接戦の末、ひろみが勝利した。次の試合はキング夫人の秘蔵っ子と言われるアメリカで最も将来を期待されているマリア・ヤング。キング夫人とは10代でウインブルドンダブルス2年連続優勝を果たし、その後シングルスも制覇、全豪選手権・全米選手権など世界のビックタイトルを次々と獲得した世界の最高峰プレイヤーである。そのキング夫人が育てたマリア・ヤングとの対戦でひろみは見事なプレーを見せた。しかし惜しくも敗退、優勝はマリア・ヤングが勝ち取った。

その後の親睦パーティーで日本の次はアメリカが招待試合を開催し、夏には欧州、次はアジア、その次は豪州が招待試合を開催すると発表した。
世界のテニス協会が手を取りあい、ジュニア世代の育成に力を注ぎ始めた。

渡米~宗方の死

アメリカの招待試合に宗方が一緒に渡米としないと言われ、ひろみは大きく動揺する。後から向かうという言葉を信じるが戸惑いは隠せない。
同時に、ひろみと藤堂に「おまえたちのことはおまえたちの自覚にまかせる」と言い、宗方は2人の仲を認めた。

正月、藤堂や尾崎、お蝶などのOBも含めた西高テニス部は新年の挨拶で宗方の家を訪問し新年会を過ごした。宗方家で一緒に住む大田コーチ夫妻に子供が出来たなどと嬉しい報告もあった。皆がお祝いムードに沸く中、宗方も優しい眼差しで皆を見ている。
その表情を見て、ひろみは自分がなにか大切なことを見落としているのではないかと動揺した。宗方と出会って2年、何度もテニスや宗方から逃げようとしたがその都度ひろみを支え、ひろみだけを大切に育てた宗方に対し、自分は何も恩返しをしていない、藤堂との仲を認めてもらえたのは嬉しいけれど、そんな資格が自分にあるのか、とひろみは迷う。
練習中、沈んだ様子のひろみを気遣った藤堂にひろみは自分の悩み、宗方に何の恩も返していないことが急に不安になったということを話した。
藤堂は、宗方から受けた無償の愛は大きくてとても返せないけれど、ひろみが宗方から授けられた技、心などを後輩に伝えることで恩を返せると言った。自分も手伝うという藤東の言葉にひろみは救われる思いだった。

ひろみたちが渡米に向けての練習の中、自宅にいた宗方が倒れた。宗方は悪性の貧血を患っており、かつてプレイの最中にその症状が出て転倒、倒れ方が悪かったため、二度と走れない体になって選手を引退していたのだ。
入院した宗方のもとにひろみは駆けつけ泣きながら宗方にすがりついた。一日も離れていたくない、早く治して渡米して欲しいと泣くひろみをしっかりと抱きしめ、「すぐ行くさ」と宗方はひろみを安心させる。
一緒に見舞いに行った藤堂は、宗方からひろみへの師として、男としての愛を実感し、宗方が自分とひろみの交際を認めたこと、ひろみから離れようとしていることに疑問を持った。

ある夜、宗方は藤堂を病院に呼び出し、自分の寿命がもう残されていないことを話し、ひろみを支えてくれと頼んだ。藤堂は宗方の気持ちを察しひろみを全力で支えると約束した。
渡米当日、渡米メンバーで宗方のもとへ挨拶へ行き、宗方は皆を笑顔で見送った。

ひろみが皆の見送りを受け飛行機に乗り込む直前、宗方の声が聞こえたような気がして振り向いた。藤堂は宗方の異変を察知したが、ひろみを動揺させまいと笑顔を作り「コーチはいつだってきみの中にいるよ!」と安心させた。

宗方は日記に「岡、エースをねらえ!」と書き残し、息絶えるのであった。

アメリカ招待試合

アメリカでの試合、ひろみの調子は良く宗方から言われた通りのプレーが出来ていると自分でも驚いていた。日本での招待試合で破れたマリア・ヤングとの対戦も制し、決勝まで駒を進めた。

藤堂やお蝶、尾崎、千葉は各々宗方の死の情報を得て打ちひしがれていた。しかし、宗方の死をひろみに知られるわけには行かず、ひろみが死を知ってしまったらどうしたらいいのかと動揺していた。
アメリカに宗方の親友である桂大悟が現れ、動揺している藤堂らを落ち着かせた。
5年前、宗方22歳の時、悪性の貧血を発症し選手生命が絶たれた際に、一緒にプレイをしていたのは桂だった。その時から宗方の寿命はわかっており、宗方の全てを受け継ぐ相手が現れたら桂がその選手を引き受けるという約束を交わしていた。桂は宗方から託された約束の重さを受け止めるため、戒律の厳しい永平寺に入り修行を始めた。桂と宗方の間では5年前からわかっていたことだったのだ。

ひろみは決勝でも素晴らしいプレイを見せる。対戦相手のベル・ブラウンはひろみのプレイに恐れを抱き胃が痛くなるほどだったという。しかし力及ばず、ひろみは準優勝となった。負けはしたもののメダルを貰い宗方が喜んでくれると、ひろみは帰国する日が待ち遠しく感じていた。
宗方からの依頼でひろみのコーチになったレイノルズは、帰国前のひろみに冬が厳しいのは春が近づいているから、何があっても頑張るようにと言い、ひろみを見送った。

帰国したひろみは、すぐにでも宗方に会いたいのだがもう遅い時間だと両親に窘められ家に帰った。眠る直前、父から一冊の本を渡され読んでみると、それは宗方の日記だった。
1月からの日付、不吉な言葉が並ぶ日記に嫌な予感がして途中で読むことを辞めるものの、先が気になり読み続けると1月15日、ひろみが渡米した日で日記は終わっており、ひろみは宗方の死を知った。

再起に向けて

宗方の死を知って抜け殻のようになってしまったひろみ。そして葬儀の最中、ひろみは棺桶に縋りつき泣きじゃくった。周囲の人間はどうすることもできず見守るしかできない。しかし、宗方が心血を注ぎ世界に通用する選手となったひろみを潰してはならないと、桂やレイノルズが動き出した。

桂からひろみを寺に預かりたいと言われたひろみの父は、迷いながら承諾し、ひろみを桂に預けることにした。抜け殻のような状態で寺に連れてこられたひろみは、桂からいきなり水を浴びせかけられ滝行をさせられた。その翌日からひろみは桂とともに朝4時に起きて掃除、座禅と寺の生活をこなしていく。父・レイノルズからひろみの様子を見守るように言われていたエディはその厳しい生活に驚いた。

ある日桂はひろみを身障児の施設に連れて行き、その訓練の様子を見せた。足の不自由な子供が苦しみながらリハビリをする姿に自分を重ねるひろみ。体が不自由でありながら精一杯生き、努力する子供たちの姿にひろみは涙する。自分はただ泣いて何もしなかったことを恥じた。どうして泣いているのかと子供に聞かれたひろみは宗方の死が悲しいと話すと、子供は自分のせいで大切な犬が亡くなった話を始めた。いつもお使いをしてくれる賢い犬だったが、自分が呼んだせいで犬は車に轢かれて死んでしまったという。子供は犬の代わりにお使いをするようになり、そうしていると犬が一緒にいるような気がすると話した。
この様子を見ていた桂は宗方のラケットをひろみに渡し、「宗方仁を忘れるな」と言った。「なにもしなくても時は過ぎてゆく。あれほどの男とかかわり、それほどの思いを味わっても、これからのお前の心ひとつで全ては軽い“思い出”になってしまう!そんなことはこのおれがゆるさん!!仁の人生から逃げるな!あいつの教えを無にするな!周囲の期待を裏切るな!すべてをしょってコートを走れ!」
その言葉にひろみは震えながらもボールを拾いサーブを打ち始めた。

一気にバケツ5杯ほどもサーブをして周囲を見回してみると、藤堂やお蝶、尾崎や千葉、ひろみを心配する人々がひろみを見守っていた。それを見て、自分がどれほど周りに心配されていたのかを知り、ひろみは皆に一礼した。
ひろみの再起の瞬間だった。

卒業~世界へ

桂コーチに指導され、周囲に支えながらひろみは再起していった。全日本ジュニアメンバーで全国を回り、各地で素晴らしいプレーを見せ日本全土にテニスの素晴らしさを広めようという計画が打ち出され、ひろみも忙しく全国を回ることになった。
そんな中、ひろみは西高を卒業した。先輩たちがしてくれたように、伝統や技をまだ伝えきれていないと感じたひろみは卒業後も西高に通い後輩たちに宗方からの教えを伝えようと決意した。

西高の文化祭に行った際、驚くほど宗方に似ている少年と出会った。英の従兄弟であるその少年は、神谷裕介といい幼い頃に母を亡くし、最近父が再婚したことから荒れているようだ。神谷は何か打ち込めることが欲しいと言いながら何も見つけられず常にイライラとしている。ある日桂のいるお寺に行った神谷は黙々とコートを整備するひろみを見かけた。英からひろみのことはよく聞いており、自分もひろみのようにテニスに打ち込みたいと考えた。
桂のもとを訪れ教えを請うと、登校前にお寺でトレーニングをするようにと言われ、それから日々桂の教えを受けている。
ある日、ひろみは桂から神谷を紹介され宗方から教わったこと全てを神谷に伝えるようにと言われた。

日本で国際試合が開催され、ひろみは日本代表に選ばれた。各国から有名選手が訪れトーナメントが行われる。ひろみの1回戦の相手はキング夫人。世界の強豪はやはり強く、今のひろみでは歯が立たない。しかし、試合終了後キング夫人からエールを貰い、まだ自分に足りない物を補わなければと奮起した。
ダブルスではジャッキー・ビントと初めて公式戦でペアを組み試合に出場した。
ヘルドマン・エバート組と戦い大金星を上げると勢いづき、ついにひろみ・ジャッキー組は優勝を手に入れた。

ひろみが指導している神谷も荒々しさが無くなり、プレイでも人格の上でもひろみのようになろうと懸命に努力をしている。桂曰く、ひろみが宗方の技を正確に神谷に伝えることが出来れば、神谷は宗方のような素晴らしい選手になれるという。桂は藤堂や尾崎にひろみに協力し神谷を育てて欲しいと言った。
藤堂や尾崎は、現役でプレイすることを諦め、コーチになる決意を固めた。まだまだ現役で世界で戦えるほどの腕を持つ2人だったが、ひろみのため、これから育っていく若い選手たちのため、自分たちが捨石となり支える道を選んだ。

ひろみは、ある宴会の時に、桂がお酒を口にしていないことに気づいた。
以前、宗方の家で桂と出会い、水のようにお酒を飲み干し陽気に笑う桂を見ていたため、桂が何故断酒をしているのか、ひろみは気にかかった。理由を知っていそうな宗方の祖父母に桂が断酒していることを話すと、それがひろみのため、ひろみを受け継いだ桂の決意であると教えられた。

桂は宗方が亡くなる1週間前、宗方家を訪れ、宗方の死後のひろみについて綿密な打ち合わせをした。その時、たまたま宗方家に遊びに来たひろみと会い、宗方と酒を酌み交わしながら賑やかなひとときを過ごした。桂は手紙でのやり取りで宗方の選んだ選手・岡ひろみが女子であると理解はしていたが、実際にひろみに会ったショックは大きかった。桂はひと目でひろみのスケールの大きさを悟り、宗方を信頼し全幅の信頼を置いている宗方を失った後のひろみがどのような状態に陥ってしまうのか、察知した。桂はこの日を境に、宗方を失ったひろみが再起するまで一滴の酒も口にすまいと固く誓ったのだ。

ひろみとしては精一杯頑張っているつもりなのだが桂が断酒を解かない事が気にかかる。次の国際試合に向けてレイノルズの息子・エディがひろみに各選手のデータを持ってやってきた。エディはオーストラリア代表のアンジーの兄であり、ひろみにデータを渡しただけで帰っていいものか考えた。そして、桂の許可を取り、ひろみと試合をしひろみのデータを取った。そのデータをもとにエディは妹・アンジーやジョージィを鍛え上げた。

今までひろみが国際試合に勝てていたのはひろみがダークホースだったから。これからも国際試合で戦うのならば、当然ひろみのデータも取られ解析されてしまう。しかしデータを取られても尚勝てるように練習を重ねなければいけない。この試練に打ち勝つことが桂の目標だった。

国際トーナメントが始まり、ひろみはベル・ブラウンと対戦した。かつて負けた相手であるベルはやはり強いし、ひろみを研究しているようで、ひろみは苦戦した。しかし途中打点を変えるプレーに変えベルを翻弄し、勝利を得た。その後アンジー、ジョージィとひろみを研究し尽くしてきた相手と対戦し、大熱戦を繰り広げひろみが勝利、国際大会で初優勝を飾った。

6月から行われるウインブルドンに照準を合わせ、若手の海外武者修行を庭球協会が支援することになった。選ばれるのは女子1名。竜崎・緑川・岡の3名で総当り戦をして選出される。
ひろみの先輩として、楽に勝たせるわけには行かないとお蝶と蘭子は桂から指導を受けひろみとの対戦に備えていた。しかし練習の最中にお蝶が肉離れを起こし入院することになってしまった。今までずっと自分の先を走っていた蘭子と対戦することは気が進まないひろみだったが、蘭子から宗方が見ていると思ってベストを尽くそうと言われた。
結局ひろみの勝利で、代表はひろみに決定した。
自分が先頭に立ち世界に向かっていかなければいけないことに不安を感じたひろみだったが、自分のために周囲がどれほど気を配ってくれていたのか、どれほど大きな愛で包まれていたのかを知り、ひろみは気を引き締めた。

どん底にいたひろみのために永平寺で修行をし、丁寧にコートを作り、国際試合で結果を残せるほどに鍛え上げ、立ち直るまで断酒をしてくれた桂に、日本を発つ前にどうにかしてお礼を伝えたいとひろみは考えた。
ひろみを囲んでの壮行会の時、気持ちを伝えようとするひろみに桂は盃を差し出し、ひろみが注いだ酒を飲み干した。断酒を解き、ひろみが真に立ち直ったと認めたのだ。ひろみは泣き出し桂に感謝を伝えた。

ひろみが日本を発つ日、ひろみが飛行機のタラップを登ろうとした時に宗方の声が聞こえたような気がして振り向くと、そこには桂がいた。桂は「岡!エースをねらえ!」と叫び、ひろみを世界に送り出した。

『エースをねらえ!』の登場人物・キャラクター

岡 ひろみ(おか ひろみ)

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