ドラゴンへの道(ブルース・リー)のネタバレ解説・考察まとめ

『ドラゴンへの道』とは、イタリア・ローマを舞台に、ギャングの悪行に立ち向かっていくカンフーの達人や中華料理店の従業員姿を描いたカンフー映画である。主演のブルース・リーが初監督を務めた海外ロケ作品であり、前二作『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』とは対照的にコミカルな演技が多々見られる。また、クライマックスでのブルース・リーとチャックノリスとのコロッセウムでの対決場面は、現在でも語り草となっており、多くの映画人にも影響を与えた。

『ドラゴンへの道』の概要

香港版ポスター

『ドラゴンへの道』(原題:猛龍過江、英題:The Way of the Dragon)とは、ブルース・リーが映画会社ゴールデン・ハーベストの会長レイモンド・チョウと共同で設立したコンコルド・プロダクションにて制作された作品である。イタリア・ローマでギャングからの執拗な嫌がらせを受けている中華料理店や従業員を助ける為に、香港からやって来た中国拳法の達人の活躍を描いたカンフーアクション映画である。この作品でブルース・リーが監督・脚本・武術指導・主演の四役を務めたうえ、香港映画では初めてのローマ・ロケを敢行した。また、ラストのコロッセウムでのチャック・ノリスとの対決は、ブルース・リー作品の中でもベストファイト場面に挙げられている。更に、比較的シリアスな演技が多いブルース・リーだが、この作品では彼の明るくコミカルな演技が見られる。

日本公開時のポスター

香港では1972年に劇場公開されるも、日本では翌1973年の『燃えよドラゴン』の公開から始まる「カラテブーム」のなかで、『最後のブルース・リー ドラゴンへの道』という邦題で1975年に公開された。

『ドラゴンへの道』のあらすじ・ストーリー

チェンの家に訪れるタン・ロン。

イタリア・ローマで中華料理店を経営するチェンは地元ギャングから執拗な嫌がらせを受けており、店の経営も危ぶまれていた。そこで香港にいる自身の叔父に相談しようと手紙を送る。しかし叔父は病気で来れない為、その代理として従兄弟にあたるタン・ロンが香港からやって来た。タン・ロンは一人、空港のロビーで待っていたが、腹が減ったので空港内のレストランへ向かう。しかしメニューが全く読めず、適当にあれこれを指し注文した結果、スープばかりが出てきてしまった。
仕方なくこれらを食し店を出ると、外には待ち合わせ相手の女性であるチェンと会う。空港を出発しようとした矢先、タン・ロンがスープを沢山飲んだせいか、トイレに行きたいと言い出す。
チェンは亡くなった父親から受け継いだ中華料理店「上海」を、伯父のワンの協力のもとで経営していた。しかし地元ギャングから店の土地を売る事を迫られ、毎日の様に嫌がらせを受けているとの事。警察に相談するも、24時間体制で守れないと言われ、当てにならない。一方でタン・ロンはというと、チェンの家に着くなり再びトイレに行ったり、銀行へお金を預けに行った帰りに、チェンを置いて一人で街の娼婦に勝手について行ったりと、頼りない様子だった。

ギャング(写真右)にカンフーの技を決めるタン・ロン(写真中央)とそれを見て驚く従業員(写真左)。

その後、チェンの店に招かれたタン・ロンだが、店内には客が一人もいなかった。ギャング達のせいで客が寄って来なくなったとの事。またタン・ロンは店の裏にも案内され、そこでは従業員達がギャングに対抗しようと空手の練習をしていた。そこへ中国拳法ができるというタン・ロンに対し、従業員のトニーは「あんな踊りみたいな動きで(ギャング達を)倒せるわけがない」と言い、続けて従業員・ジミーが拳法の実力を見せてくれと言い出す。
そこでタン・ロンが自らのカンフーを見せようとした矢先、従業員達がワンにより店に呼ばれ、仕事に向かう。一方タン・ロンは、またしてもトイレに行っていた。店の営業開始と共にギャング達がやって来て、ギャングの一人・ホーが今夜中に店の土地を渡す様に促し、ワンは数日待ってくれと頼み込む。ホーは今夜中に結論を出せと言い、手下達と共に店を去る。その直後にトイレから出て来たタン・ロンを見て、かつ店に嫌がらせを行うギャング達に何の抵抗もできていない彼に対し、チェンは呆れ顔だった。暫くして、再び数人のギャング達がやって来る。ジミー達が威勢よく啖呵を切り、店の裏へ回りギャング達との戦いに挑むが、あっさりやられる。次に今度はタン・ロンがギャング達に挑み、彼等をカンフーで叩きのめす。

トニー(写真左端)ら店の従業員達とうちとけるタン・ロン。

この時以来、それまでタン・ロンを馬鹿にしていた従業員達が手の平を返す様に見直し信頼し始める。一方ワンは、ここはギャングの縄張りだから、必ずもっと悪質な嫌がらせをしてくるであろうという懸念を抱いていた。案の定、ギャング達の魔の手は次々と降りかかって来た。タン・ロンとチェンが家に戻ると、銃を持った男が待ち構えており、ボスの所へ来いと脅す。その時、タン・ロンが鏢(ひょう、投げ矢の事)を投げつけ、男を倒す。後日、今度はボスが通訳のホーや手下を連れて店にやって来る。
ちょうどタン・ロンがチェンと共に街を周って帰って来た時で、ギャングの一人がタン・ロンに銃を突きつけ店の裏へ連れ出す。スキを突いた瞬間、タン・ロンがギャングに攻撃を仕掛ける。そして、自身のヌンチャクを用いた攻撃が数人のギャング達に炸裂する。その頃店内では、ギャングのボス達がチェンに対し、店の土地を売却する様に迫っていた。そこへタン・ロンが現れ、そこにいたギャング達に鏢を投げつけ、トニー達も対抗し始める。ボスと部下兼通訳のホーが逃げようとした時、タン・ロンがヌンチャクを投げボスの腕に引っかける。そして、店に手を出すなとボスに伝えろと通訳のホーに言う。ホーがその場でボスに同じ事を英語で伝え、ボスや手下ギャング達とその場を立ち去って行く。

店内にて、新年の祝いをするタン・ロン(写真中央)ら一同。

年が明けてからタン・ロンのもとへ電報が届き、別の場所で人手が必要と伝えられ、チェンとの別れの時が訪れようとしていた。その矢先にホーがやって来て、これまでの事は謝るから、ボスに会ってくれないかと言い出す。実はその裏ではタン・ロンに対抗すべく、アメリカから武術家のコルトを呼んでいた。タン・ロン達は約束したレストランを訪れるも、そこにいたホーが「ボスは用事で来られないから、自分の車でボスのいる会社まで送る」と告げ、タン・ロン達を連れ出す。
そこには、コルトの助っ人として呼ばれたフレッドと長谷平がいた。タン・ロンはその二人と対決し、勝利する。続けてやって来たトニーやジミーも長谷平らを痛めつける。そこへワンがトニーとジミーの傍に歩み寄り、彼等を刺殺する。ワンは、香港にいる家族に楽をさせようと店を売り大金を手に入れたかったが、タン・ロンが現れた事で計画が台無しになってしまったと告げた。逃げたホーを追ってタン・ロンはコロッセウムまでたどり着く。

コロッセウムにてコルトとの戦いに挑むタン・ロン。

そこには、コルトが待ち構えていた。互いに上着を脱ぎ、準備体操をして構えを見せ、近くにいた猫の鳴き声と共に一対一の戦いが開始される。キックの連続で初めはコルトの優勢となるが、タンロンはステップを踏み、自身のペースを見出し、連続キックを決める。更にパンチの連続の末、右半身を打撃されたコルトが倒れ込む。そして最後の力を振り絞り飛びついたコルトが、タン・ロンに首を絞められ絶命。タン・ロンは上着を着た後、コルトに敬意を示し、彼の体に道着と帯をかけてやった。
その後、再び逃亡したホーを追いかけるタン・ロンだった。しかしホーはボスの所までたどり着くが、一人逃げようとしていたボスに銃殺される。同じくタン・ロンを油断させて殺そうとしたワンもボスに射殺される。その直後、ボスはチェンが通報し駆けつけた警察により逮捕される。タン・ロンはチェンに別れを告げ一人、香港へ帰って行くのだった。

『ドラゴンへの道』の登場人物・キャラクター

タン・ロン(演:ブルース・リー)

出典: filmest.jp

日本語吹替:柴俊夫
この物語の主人公であり、ローマで地元ギャングの嫌がらせに悩む中華料理店を経営するチェンのもとへ、急病で来れなくなった叔父の代理としてローマへやって来る。イタリア語はおろか、英語も全く話せない。それ故に、ローマに到着した際、レストランで食事をしようとするも、メニューが読めず、結局スープばかりを注文してしまう。空港でチェンと合流するが、スープを沢山飲んだ事もあり、やたらトイレに行ったり、知らない街の娼婦について行く等、頼りない姿を見せ、チェンからは呆れられたうえ、その後知り会ったトニーら中華料理店従業員達からは軽く見られる。
しかしある時、ギャング集団が嫌がらせに来た際、数人達を自身のカンフーで叩きのめす。その姿に従業員達は圧倒されると同時に、信頼を置く様になり、チェンもまた慕う様になる。ギャング達はその後も、店を襲撃したり、雇った殺し屋で襲わせたりするも、これらの襲撃を阻止しチェンやトニー達を助ける。
チェンの叔父からの電報で、別の場所でのご用ができ、旅立とうとした矢先、ホーがやって来て、これまでの事は謝るからボスに会って欲しいと言って来る。ホーが指定のレストランへ向かうと、ボスは仕事で来られないから車で会社まで送ると言う。しかしこれは罠で、向かった先でヨーロッパ人武術家・フレッドと日本人・長谷平が襲って来るが、彼等を返り討ちにする。逃げたホーを追いかけ、コロッセウムまで来るとホーの姿はなく、アメリカ人武術家・コルトが立ちはだかる。一対一の勝負の末、コルトが右半身を負傷し倒れた挙げ句、首を絞められ絶命する。彼に敬意を示し、コルトの体に道着をかけてやる。その後、逃亡するホーを追いかけるが、ホーはワンがいる所へ向かった矢先、ボスに銃殺される。またワンも銃殺された後、ボスは警察に逮捕される。物語終盤、チェンに別れを告げ、香港へ旅立つ。
タン・ロン役を演じたブルース・リーは、広東演劇の役者を父親に持ち、その影響で生後間もなくして映画『金門女』(1941年)に出演して以降、幼少期~十代にかけ数多くの作品に出演。渡米後は、テレビドラマ『グリーン・ホーネット』(1966年〜1967年)のカトー役で人気を獲得する。また武術家としても独自の武術「截拳道(ジークンドー)」を創始した。
香港へ帰国後、主演作品『ドラゴン危機一発』(1971年)、『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)が立て続けにヒットし、スターの仲間入りを果たす。最後の主演作『燃えよドラゴン』が日本で公開された時、既に故人(1973年7月20日)となっていた。

チェン(演:ノラ・ミャオ)

出典: stat.ameba.jp

日本語吹替:岡本茉利
亡くなった父親の後を継いで、ローマで中華料理屋を経営しているが、地元ギャングから執拗な嫌がらせを受けていた。警察に相談してもあてにできない為、香港にいる弁護士の叔父に手紙を送る。しかしその叔父は体調不良で来れなくなり、代わりにタン・ロンが来て、外国語もろくに話せず、(空港のレストランでスープを沢山飲んだ事もあり)やたらトイレに行きたがる彼の行動に、終始呆れた様子を見せる。ただギャング集団相手にカンフーを炸裂させ、その実力に従業員のトニー達が信頼し始める様に、自身もタン・ロンに信用を置き始める。
以降も、ギャング達に食堂を襲撃されたり、雇った殺し屋に狙われるも、その度にタン・ロンに助けられる。タン・ロンとコルトとの勝負がつき、ギャングのボスも警察に逮捕され、香港へ旅立つタン・ロンに別れを告げる。
チェン役を演じたノラ・ミャオは、『ドラゴン危機一発』(1971年)や『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)でブルース・リーと、『レッド・ドラゴン/新・怒りの鉄拳』(1976年)や『蛇鶴八拳』(1977年)等でジャッキー・チェンと、そして『東京-ソウル-バンコック 実録麻薬地帯』(1972年)では千葉真一といった、多くのアクションスターと共演している。2017年には、香港のテレビドラマ『溏心風暴3』(TVB)へ出演した。

ジミー(演:ユニコーン・チャン)

keeper
keeper
@keeper

Related Articles関連記事

燃えよドラゴン(Enter the Dragon)のネタバレ解説・考察まとめ

『燃えよドラゴン』とは、1973年に香港とアメリカの合作により製作されたカンフーアクション映画。 世界各国で大ヒットとなり、カンフー映画ブームをまき起こした。主演は香港の俳優で、武術家でもあるブルース・リー。彼は本作の完成直後に急死し、今作が遺作となった。香港の沖に浮かぶ要塞島で、武術の達人を集めたトーナメントが開かれた。英国政府の要請で秘密諜報員として大会に参加した中国人青年リーは、島で行われている麻薬密売の証拠をつかみ、少林寺拳法を武器に強大な悪と対決する。

Read Article

ドラゴン怒りの鉄拳(Fist of Fury)のネタバレ解説・考察まとめ

『ドラゴン怒りの鉄拳』とは、1972年制作の香港映画。前作『ドラゴン危機一発』の大ヒットで一躍、香港のトップスターとなったブルース・リー主演の一連のカンフー映画の第2作目。日本公開は1974年。日本帝国主義が横行している1900年代初頭の上海を舞台に、中国武術の道場「精武館」を潰そうと企む日本人武術家一派に恩師を殺された青年が復讐を果たすため、単身で一派に立ち向かう姿を描く。

Read Article

ドラゴン危機一発(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『ドラゴン危機一発』とは、1971年制作の香港映画。アメリカから香港に凱旋したブルース・リーがゴールデン・ハーベスト社と契約して主演した一連のカンフー映画の第1作目。香港では当時の映画興行記録を更新する大ヒットとなった。日本では大ヒット映画『燃えよドラゴン』の人気を受けて1974年に劇場公開された。 町の製氷工場で働く事になった田舎の青年が、その工場に麻薬犯罪がからんでいる事を知り、工場一味に戦いを挑む。

Read Article

死亡遊戯(香港映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『死亡遊戯』とは、1978年に公開されたロバート・クローズ監督、ブルース・リー主演の香港映画である。 スター俳優のビリー・ローはシンジケート組織からの契約を迫られるが、それを頑なに断る。ある日の撮影中に、ビリーは銃弾を浴びて銃弾を受けて殺害されたと思われたが、実はビリーは死んでおらず、単身でシンジケート組織へ戦いを挑む。 1972年にアクション場面を撮影後、ブルース・リーが急逝。 数年後に代役スタントマンを起用して追加撮影したうえで1978年に制作された。

Read Article

目次 - Contents