浜崎あゆみ(Ayumi Hamasaki)の徹底解説まとめ

浜崎あゆみとは、キッズモデル・アイドル時代を経て1998年に歌手デビューした福岡県出身のミュージシャン。自らが作詞を手掛ける事が多く、そのストレートな表現で若者たちの心を魅了した。後に総売上枚数が5000万枚を突破し、ソロアーティスト及び女性アーティストとして史上初の快挙を成し遂げた。また、楽曲のみならず彼女のファッションやメイクをお手本にする若者たちが急増し、女子高生のカリスマ的存在に。ファッションリーダーとして、ネイルアート、大きなサングラス、豹柄などを流行させ社会現象となった。

浜崎あゆみの概要

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デビューシングル「poker face」

浜崎あゆみとは、1978年10月2日福岡県福岡市生まれの女性ソロミュージシャン。愛称は「ayu」。
1993年〜1997年にかけてモデルや女優として活動。
後に事務所を移籍し、1998年4月8日に1stシングル『poker face』でソロ歌手としてデビュー。
所属レーベルはavex trax。
オリジナル曲は全て自身で作詞し、作曲も「CREA」名義でいくつか手掛けている。
楽曲だけではなくアーティスティックなこだわりがとても強く、衣装、ミュージックビデオ、CDジャケットのレイアウトや雑誌グラビア、ライブの演出に至るまで、本人による厳しいチェックを欠かさず徹底している。
1999年〜2000年代前半に次々と新曲をリリースし、その数17曲にも及ぶ。
更に、松浦勝人による徹底的かつ緻密な計画により、莫大な広告費と短期間で常にメディアに露出し続ける戦略で名を轟かせ、見事ヒットを連発。
2ヶ月に1枚という超ハイペースでCDをリリースし、多くの化粧品会社や製菓メーカーなどと提携し、テレビ・雑誌などのメディアに絶えず出演した。
1999年1月発売のデビューアルバム『A Song for ××』では約145万枚を売り上げ、歌手としてブレイクを成し遂げ存在感を放ち、初のオリコンランキング1位を獲得している。
女子中高生を中心に彼女のメイクやファッションを手本にする若者たちが街に溢れ出し、マスコミなどから「女子高生のカリスマ」と呼ばれるようになる。
その後もファッションリーダーとしてネイルアート、大きなサングラス、豹柄などを爆発的に流行させ社会現象となった。

また、ベストジーニストやネイルクイーンも受賞した。
ベストジーニストは、日本ジーンズ協議会が主催するジーンズの似合う芸能人などに与えられる賞であり、一般選出部門で6回受賞。
ネイルクイーンは、日本ネイリスト協会が選出し、ネイルの発展に寄与したその年最も輝いている著名人に対して贈られる賞であり、爪を伸ばして装飾する「スクエア型」を流行らせた浜崎あゆみは2000年〜2002年と3年受賞しており、見事殿堂入りを果たした。

出典: matome.naver.jp

ネイルクイーン殿堂入り。

2012年発売のベストアルバム『A SUMMER BEST』の発売により、シングル・アルバムの総売上枚数が5000万枚を突破。
B'z、Mr.Childrenに続き、史上3組目で5年5か月ぶりの記録達成であった。
シングル・アルバムの総売上枚数が5000万枚を越えたのは、ソロアーティスト並びに女性アーティストとして史上初の快挙である。
2001年3月期においては、所属レコード会社であるエイベックス社の売上高・利益の4割を稼ぎ出す。
同年秋に発売予定であったアルバムの延期情報が流出するとエイベックス社の株価は下落するなど、同社の経営状態を左右するほどにエイベックス社を代表する歌手として存在感を発揮し、浜崎頼りの同社の経営体質の弱点を揶揄する「あゆ依存」という言葉が生まれたほどであった。

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2012年発売ベストアルバム『A SUMMER BEST』

数々の名曲「SEASONS」、「M」、「Boys & Girls」、「Voyage」などを多数発表した後、2001年より3年連続で『日本レコード大賞』の大賞を受賞している。

浜崎あゆみのプロフィール・人物像

歌手デビュー前

1978年10月2日に福岡県福岡市早良区で生まれる。
本名は濱﨑 歩(読み方同じ)。
「歩」という名前は「一歩一歩しっかり歩んでいけ!」という願いの元、祖母が名付けた。
血液型はA型。
幼少の頃に両親が離婚し、母子家庭で育った。
祖母と一緒に暮らしていたため、おばあちゃん子だったことを公言している。
母親のことを「マミー」と呼ぶ。

小学生の頃にSOSモデルエージェンシー福岡にスカウトされ、シングルマザーの母を支えるため一家の大黒柱となるべく地元福岡県を中心に芸能活動を開始。
芸名は「浜崎くるみ」として活動していた。
福岡中央銀行のポスターや地元商業広告などの看板となった。

その後、東京のサンミュージック(現:サンミュージックプロダクション)を紹介され、所属することとなる。
幼い頃から芸能界入りし子役として活躍していたが、歌手としてデビューするまでは歌手という道を考えたことは無かった。

1993年、14歳でテレビ朝日系のテレビドラマ『ツインズ教師』に初出演し、女優としてデビューを飾った。

1994年、15歳で芸名を「浜﨑あゆみ(読み方同じ)」に改名し(『崎』の異体字『﨑』)、同年4月に堀越高等学校芸能活動コースに入学。同級生には中山エミリがいる。
学校に馴染めなかった事と芸能活動に集中する為、後に中退している。

女優として、16歳から17歳にかけて「渚のシンドバット」「未成年」や「闇のパープル・アイ」等、映画・ドラマ・Vシネマなどに出演を果たした。
またグラビアアイドルとしての活動やアイドル時代の"AYUMI"名義でシングル及びミニアルバム「NOTHING FROM NOTHING」を発売している。
また、スーパーファミコンのサテラビュー向けラジオ番組に泉谷しげると共にレギュラー出演していた事もあり、この番組の打ち上げで泉谷がふざけて投げたパイプ椅子が浜崎あゆみに当たったことがあるという。
当時に対談した伊集院光曰く、この頃の浜崎あゆみはアイドルではあまり売れておらず、一人で出した企画盤のCDを皆に配ってまわっていたという。

転機となる運命の出会いは1995年の事だった。
アジア最大級ディスコ「ヴェルファーレ」に息抜きとして入り浸っていた浜崎あゆみは、顔なじみとなった店員の紹介で憧れであったVIPルームである上階へ特別に行けることとなり、そこでエイベックス創業者であり当時専務だった松浦勝人と出会う。
1996年末にサンミュージックとの契約が切れたことをきっかけに、松浦勝人から「エイベックスへ来て歌をうたえ」と誘われる。
カラオケで何曲もキーの高い歌をうたい、そこで松浦勝人から「歌が下手だから、レッスンに行け」との発言を受け、ショックのあまりそこから松浦勝人とは連絡をとらなかったという。
しかし半年後に偶然再会し、「おまえ、まだレッスン行く気ないの?」と闘志を掻き立てられ心を決めた。翌1997年夏、ボイストレーニングのためニューヨークへ渡り、3ヶ月間みっちり厳しいレッスンを受け帰国後もトレーニングを積み、エイベックス社から歌手として再デビューするべく、入念な準備を行った。
松浦勝人は当初3~4人組のグループを結成し、ボーカルに浜崎を据えるつもりでいたが本人が断り、ソロでデビューすることとなる。

たくさんの下積み時代を経て、平成を代表する歌姫「浜崎あゆみ」が誕生した。

出典: imgcc.naver.jp

左耳の疾患・緊急手術

2000年4月より自身がセルフプロデュースを務める初めてのコンサートツアーに挑むが、多忙なスケジュールの積み重ねなどの理由により、左耳の疾患(内耳性突発難聴)を患うことになり、一部の公演をやむなく延期した。
「すぐに治療にとりかかるべき」と医者からは告げられていたが、ツアーを強行。
後に左耳の聴覚が弱くなる後遺症を負ったことを公表した。
その後も定期検診は受けるが、治療のための休養はとらず、そのため2008年1月4日に自身のファンクラブのブログにおいて”以前から抱えていた左耳の疾患(内耳性突発難聴)が悪化し、2007年末ごろには医者から「治療の術はない」と、左耳の聴覚が完全に失われ治らなくなった”ことを告白した。

また、2008年12月24日には過労による貧血で高所から落下し右手に全治3週間の重症を負い、出演予定だった音楽番組の出演を急遽辞退。その後の自身のカウントダウンライブや初のトップバッターで登場するNHK紅白歌合戦の出場も危ぶまれたが、緊急手術後に医師の条件付きで出演を決行した。

結婚・出産

2011年1月1日、カウントダウンライブ終了直後にツイッターおよび公式ファンクラブサイト「Team Ayu」にて、オーストラリア出身のモデル・俳優のマニュエル・シュワルツと結婚することを発表。
同氏は、50thシングル「L」収録のウェディングソング「Virgin Road」を含む3部作のミュージックビデオで共演していた男性である。
同日、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスにて挙式。
ただし、日本国内での婚姻手続きはしておらず、戸籍上は未婚のままであったがアメリカでは「結婚証明書」を発行。
のち2012年1月16日、公式ファンクラブサイト「Team Ayu」にて同氏との離婚の意向を発表し、翌日ラスベガスにて離婚が成立した。

2013年12月12日、公式ファンクラブサイト「Team Ayu」にてロサンゼルス在住の男性と婚約を発表。
2014年3月3日、代理人として浜崎あゆみの母親が都内の区役所に婚姻届と米国の結婚証明書を提出。
しかし、2016年9月11日、公式ファンクラブサイト「Team Ayu」にて離婚する意向を発表した。

2020年1月1日、公式ファンクラブサイト「Team Ayu」にて、前年末に極秘出産をしていたことを報告した。
同年10月2日、公式ファンクラブサイト「Team Ayu」にて、第2子を妊娠中であることを公表した。

浜崎あゆみの活動経歴

出典: www.billboard-japan.com

歌手デビュー

1998年4月8日、浜崎あゆみとして1stシングル『poker face』で19歳で歌手デビュー。
もともと手紙を書くことが好きで、詩はデビュー曲からのオリジナル曲は全て、浜崎あゆみ自身の手で作られている。

松浦勝人による徹底的かつ緻密な計画により、莫大な広告費と短期間で常に露出し続ける戦略が練られていた。
2ヶ月に1枚という超ハイペースでCDをリリースし、多くの化粧品会社や製菓メーカーなどと提携し、テレビ・雑誌などのメディアに絶えず出演。
1998年8月5日発売の3rdシングル『Trust』で初のオリコン週間シングルチャートトップ10入りを果たし18万枚を記録、この年だけで5枚のシングルをリリースし、一気に浜崎あゆみの知名度・注目度が上がることとなる。

ラジオ番組で好感度急上昇

同年12月28日、ニッポン放送『浜崎あゆみのオールナイトニッポン』で初ラジオMCを務めることになるが、事前に秋元康が「浜崎あゆみさんはバカじゃないと思います」と語るシーンを流したラジオ番宣のTVCMを打つなどの異例の告知を行い視聴者の関心を煽った。
知名度が上がり良くも悪くも注目を浴びた結果、当時の街角インタビューでは、「浜崎あゆみは頭が悪そう」「女優時代はサバサバしていたのに、急に歌手デビューして不思議少女になってバカっぽい口調でayuね〜と自分を呼んだりして調子に乗ってる」「天然ボケを作ってる」「一緒に居て疲れそう」「歌うときに腰に手を当てて可愛い子ぶってる」などと辛辣なコメントが寄せられ、浜崎を嫌いという人達も多かったが、番組で浜崎あゆみは自らの生い立ちを語ることですっかり視聴者を共感させ泣かせてしまう。
その反響は凄まじく、ラジオ初回放送の翌日には浜崎の公式サイトの掲示板がパンクする事態に陥るほどであった。

大ブレイクを果たす

そんな反響の中、1999年1月1日発売の1stアルバム『A Song for ××』では見事オリコンチャート1位を獲得。
渋谷の街を浜崎の顔で一色にするなど”街をジャックする斬新な宣伝方法”と”自らが手掛けたストレートな歌詞”が話題となり、自身初のミリオンセラーとなった。

また同年4月14日発売の、つんく♂プロデュース7thシングル『LOVE 〜Destiny〜 / LOVE 〜since1999〜』でもシングルでは初のオリコンチャート1位を獲得。

この頃から本人出演で花王ソフィーナ「AUBE」、森永製菓「こんがりショコラ」など数々のCMに立て続けに出演を果たし、同年7月14日発売の9thシングル『Boys & Girls』がオリコン週間シングルチャート3週連続1位を獲得。

翌月8月11日発売の10thシングル『A』では、自身出演CM曲を4曲収録しシングルでは初のミリオンセラーを記録し、夏に大ブレイクを果たすこととなる。

同年11月10日発売の2ndアルバム『LOVEppears』では、同日発売の11thシングル『Appears』と共に上半身裸で胸を髪で隠す白肌と黒肌のジャケット写真にも注目され話題となりダブルミリオンを記録。
同年12月31日の『第50回NHK紅白歌合戦』に見事初出場を果たす。

怒涛のリリースラッシュで他の追随を一切許さない勢いで、一気にトップアーティストへと駆け上った。
この頃から彼女のメイクやファッションを手本にする若者たちが街に溢れ出し、女子高生・ギャルを中心に彼女たちにとってのカリスマ的存在となり、コンサート・ライブ・アーティストのグッズ・エッセイ・写真集などを販売し、音楽以外の利益を生み出すビジネスモデルが確立されていった。

出典: www.calvadoshof.com

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