虐殺器官(Project Itoh)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『虐殺器官』とは、作家・伊藤計劃(いとう けいかく)による小説、およびそれを原作とした漫画・アニメ映画の事である。ジャンルはSF。実在する国・ボスニア・ヘルツェゴビナの首都であるサラエボが、テロによりクレーターとなったIF世界観の現代が舞台となっている。アメリカの特殊部隊に所属する主人公・クラヴィスが、世界各地でテロを起こす虐殺の王・ジョン・ポールを捕獲するまでの様を描く。SFのプロが選ぶ「ベストSF2007」の国内篇と「ゼロ年代SFベスト」国内篇で第1位を獲得した、日本SF界を代表する作品。

人口筋肉で作られた二足歩行の機械。企業間で広く普及しており、お茶配りを目的とした物から貨物輸送を目的とした物まで存在する。小説版では、「人間の下半身だけが生き生きと歩いているよう」といった説明がされている。

『虐殺器官』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

アレックス「地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに」

物語冒頭の特殊任務中に、アレックスが口にしたセリフ。映画公開時には、キャッチフレーズの1つとしてPV内で多く使用された。
要人の暗殺をメインとした任務をこなす自分達i分遣隊の様に対して、地獄に落ちるだろうか、という考えをアレックスはこぼす。それに対してウィリアムズが、この場所(任務地)がすでに地獄であると笑い飛ばすが、アレックスはそうではなくて本当の地獄は自分の中にあるのだと彼に返す。その時に述べた最初の言葉が、「地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに」である。
信仰深いカトリックの信者であるアレックス。そんな彼が「地獄」というワードを言うからこそ、印象深く残るセリフになったともいえる。クラヴィスも彼が言うからこその説得力を感じてか、小説内においては何度かこの言葉を思い返している。またこれは、どんなに地獄のような任務から逃げる事ができたとしても、自分の選択で母の命を奪ったという過去への後悔からは逃げられないクラヴィス自身の姿を反映できるセリフとなっている。アレックス自身の考えであると同時に、本作の主人公の根底にあるものを表現した名セリフだといえる。

クラヴィス「サピア・ウォーフは嘘っぱちだ。人間の思考は言葉に規定されたりなんかしない」

クラヴィスが、初めてジョン・ポールと対峙した時に口にしたセリフ。映画版では喋り口調を意識してか、「思考は言葉に規定されたりなんかしない!」と言い方が少々変更されている。
言葉に対する並々ならぬ執着心があるクラヴィス。そんな彼はジョン・ポールほどではなくとも、言語学に詳しい人物となっている。彼のこの「サピア・ウォーフは嘘っぱちだ。人間の思考は言葉に規定されたりなんかしない」というセリフは、彼自身の言語学の知識を用いて人間の中にある虐殺器官を決まった文法で出来た言葉を使って刺激し、虐殺という意思を持たせるジョン・ポールのやり方を「ありえない」と反論する為に用いられたセリフである。前文に登場するサピア・ウォーフは、「サピア・ウォーフの仮説」の事を指している。この理論はアメリカの言語学者のベンジャミン・ウォーフが唱えたものであり、別名「言語敵相対論」と呼ばれている。「思考する際に言語が使われるなら、思考はその言語の影響を受ける」といった考えが提示された理論であり、ジョン・ポールの虐殺の誘発方法と重なる内容だといえる。また本作は、主人公のクラヴィスの後悔や社会に対する疑念といった思考が中心的に描かれた話となっている為、このクラヴィスのセリフは、作品のテーマに深く関わってくる大事なセリフだといえる。「言語が好き」というクラヴィスのキャラ設定を上手く活かした、本作における重要な名セリフである。

ウィリアムズ「この世界がどんなにくそったれかなんて、彼女は知らなくていい。この世界が地獄の上に浮かんでいるなんて、赤ん坊は知らないで大人になればいい。俺は俺の世界を守る。そうとも、ハラペーニョ・ピザを注文して認証で受け取れる世界を守るとも。油っぽいビッグマックを食いきれなくて、ゴミ箱に捨てる世界を守るとも」

物語終盤、クラヴィスと対立する事になったウィリアムズが口にしたセリフ。
クラヴィスとは別口で、ルツィアの暗殺も含めたジョン・ポール暗殺の命を上層部からくだされたウィリアムズは、その命に従いクラヴィスの前でルツィアを殺す。だがそれにより、クラヴィスの怒りを買う事になる。またこの時クラヴィスはジョン・ポールが抱えていた秘密を知り、それにより己が生きている世界の平和が多くの人々の犠牲からなり立っている事に気づく。その事を見ないフリができなくなったクラヴィスは、ルツィアに背中を押された事もあり、己の意思でジョン・ポールを殺さずにアメリカへ連れ帰り、世界の真実を人々に告げる道を選ぶ。だがその会話を聞いていたウィリアムズは、クラヴィスのような考えを持つ事はできなかった。その大きな理由は、独り身のクラヴィスと異なり、ウィリアムズに妻子がいた事にある。2人の大事な家族がいた彼にとって需要すベき事は見知らぬ人間の犠牲を悼む事ではなく、愛すべき妻子の穏やかな暮らしを守る事だった為、クラヴィスが選んだ道のせいで起こるかもしれない社会問題を排除する必要があったのだ。そんな彼の考えを体現したのが「この世界がどんなにくそったれかなんて、彼女は知らなくていい。この世界が地獄の上に浮かんでいるなんて、赤ん坊は知らないで大人になればいい。俺は俺の世界を守る。そうとも、ハラペーニョ・ピザを注文して認証で受け取れる世界を守るとも。油っぽいビッグマックを食いきれなくて、ゴミ箱に捨てる世界を守るとも」というセリフである。だがこうした事は、ウィリアムズのような妻子持ちでなくとも、誰もが抱く可能性がある思考だといえる。自分の知らない人間の犠牲にまで心を砕き、そうした世界の残酷な面と向き合おうと考えられる人間は、まずそういない。このセリフは、そんな一般的な思考を体現したリアリティのあるものだといえる。生々しくリアルな描写に定評がある、『虐殺器官』らしい名セリフだ。

『虐殺器官』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

元々はゲーム『メタルギア』の同人として考えられていた話だった

『虐殺器官』の元ネタとなったゲーム『メタルギア』のジャケット。

オリジナルの小説として発表された『虐殺器官』だが、元々はゲーム『メタルギア』の同人を書く為に温めていたネタであった事が明かされている。『メタルギア』は、株式会社コナミデジタルエンタテイメントを代表するゲームシリーズである。1987年にコナミで発売されて以降、続編が次々と発売されており、2021年にはシリーズ全世界累計販売数が5,770万を達成した人気作となっている。
伊藤計劃いわく、最初は『メタルギア』作中に登場するNGO組織・フィランソロピーで活躍している主人公のスネークが、世界で続発する虐殺を調査するといった内容で書く予定だったという。それを膨らませた結果、『虐殺器官』として独立した作品となった。
なお伊藤計劃は、『メタルギア』のゲームプランナーである小島秀夫の作品のファンであるとのこと。『虐殺器官』の作中に出てくる架空の技術は、『メタルギア』シリーズを含む小島秀夫の様々な作品からサンプリングして作り上げた事も明かされている。その為『虐殺器官』は、小島秀夫のファンである者が読めばわかる小ネタ・用語が散りばめられた作品ともなっている。また『虐殺器官』発表後、伊藤計劃は『メタルギア4』のノベライズを手掛けている。このノベライズは、『虐殺器官』をきっかけに小島秀夫が彼に依頼する事を決めたという逸話が、伊藤計劃・小島秀夫両ファンの間では有名な話となっている。その事を抜きにしても伊藤計劃と小島秀夫は古くからの付き合いがあったとの事で、伊藤計劃が癌となった際に、彼に未発表の『メタルギア』の脚本を見せて励ましたという話も存在している。

アメリカで実写映画化するという話が存在していた

実写映画の監督を担当する人物として報道された、パク・チャヌク監督。

アニメ映画が公開された翌年2016年に、アメリカにて実写映画化する事が発表された。監督を務める人物として発表されたパク・チャヌク監督は、「韓国の鬼才」という肩書で知られている。代表作は、『復讐者に憐れみを』、『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』の3作品。「復讐3部作」というテーマで作られた、映画シリーズとなっている。
しかしこの発表以降、実写映画に関する情報は公開されていない。その為、映画製作が頓挫したのか、それとも継続中なのかも不明な状態となっている。

『虐殺器官』より前の時間軸の話を描いたスピンオフが存在する

『虐殺器官』のスピンオフ作品『The Indifference Engine』が収録された短編集の表紙。

虐殺器官には、スピンオフ作品にあたる短編『The Indifference Engine』が存在する。主人公はクラヴィスではなく、同世界線のアフリカで戦っていた少年兵となっている。戦争の傷跡から精神的な回復ができずにいる少年兵の、生々しく複雑な心情が描かれている。また作中には、ウィリアムズが登場する。その事から、これが『虐殺器官』の本編よりも前の時間軸の物語である事がわかる。『虐殺器官』の世界観をより深く感じられる1作である。

『虐殺器官』の主題歌・挿入歌

主題歌:EGOIST「リローデッド」

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