ベスト・キッド2(The Karate Kid Part II)のネタバレ解説・考察まとめ

『ベスト・キッド2』とは、1986年公開のアメリカ映画。高校生のダニエルが日系人・ミヤギから学んだ空手を通して成長していく大ヒット作『ベスト・キッド』シリーズの第2弾。監督は前作にひき続きジョン・G・アヴィルドセン。今回はミヤギの故郷、沖縄に舞台を移し、ミヤギに復讐を目論むかつてのライバル・サトウとの因縁の対立に巻き込まれるダニエルの新たな試練を描く。

「人を許す心を持たない者は、死ぬより辛い人生を送らなければならない。」”For person with no forgiveness in heart...living even worse punishment than death.”

少年カラテ選手権大会終了後、コブラ会師範のジョン・クリースは会場を後にするミヤギとダニエルを凄い形相で睨み付け、そのまま駐車場にいる門下生たちの所へ行くと、決勝で敗れたジョニーを痛めつけようとした。その様子を見ていたミヤギが止めに入ると、怒り心頭のクリースはミヤギに殴り掛かって来た。ミヤギは冷静にクリースの鉄拳をかわして彼を押え込み、顔面に空手チョップをお見舞いしようとする。恐怖に慄いたクリースに、ミヤギは空手チョップを寸前で止め、彼の鼻をつまむ。するとクリースは戦意喪失し、そのまま倒れ込んだ。「なぜ倒さなかったの?」と問うダニエルに、ミヤギが答えた言葉。

このシーンは、前作のラストシーンとして撮影されたもので、このセリフは前作におけるミヤギの決め台詞になったであろう重要なセリフであり、それが本作冒頭での空手の達人・ミヤギをアピールする見事な登場シーンとなっている。

「感情で戦をしてはいけない。例え自分が正しくても負ける。」"Never put passion before principle. Evenif win, you lose."

沖縄に帰郷するミヤギが荷造りをしている間、ダニエルはミヤギに45年前のことをいろいろと質問する。かつてミヤギはユキエという女性に恋をし、彼女は親が決めたミヤギの親友であり父の弟子でもあった男・サトウと婚約させられた。「親の決めた結婚なんて意味はない。ユキエはわしのものだ」と村人たちの前で宣言したミヤギにメンツを潰されたサトウは、名誉挽回のためミヤギに決闘を申し込んだ。だがミヤギは決闘をせずに沖縄を出たという。ダニエルに、決闘をしなかった訳を聞かれたミヤギが彼に答えた言葉。

ミヤギは前作でダニエルに、「暴力では何も解決しない。カラテは防御のみ。」と散々教えて来た。本作のこのミヤギのセリフも相通じる部分があり、それは45年前のミヤギの行動から掴んだものなのかもしれない。ミヤギ空手の教えの原点とも言える教えの言葉で名セリフでもある。

ダニエルとクミコの美しいキスシーン

ミヤギがサトウとの決闘を承諾した日の夕方、ダニエルは廃工場に行ってみると、中の座敷に美しい着物を着たクミコがお茶の道具を前にして座っていた。ダニエルは彼女の前の座布団に座り、「ここ、僕の席?」と尋ねると、クミコは頷き、お茶を点ててダニエルに出す。ダニエルがそれを飲み終えると、自然に二人は唇を合わせた。

ダニエルはアメリカに帰る予定だったが、ミヤギとサトウの決闘のため延期となってしまった。一緒にアメリカに行こうと誘われたクミコはまだ返事をしていなかったのだが、このキスはクミコの返事なのだろう。南国の景色を背景にしたオリエンタルな雰囲気での美しいラブシーンであり名シーンとなった。

「これは試合じゃない。真剣勝負だ」"This not tournament. this for real."

盆踊りが城跡で盛大に行われた。ミヤギもユキエもクミコもダニエルも、そしてサトウも、村人みんなが楽しく踊った。そしてクミコの一人演舞が始まると、その美しさに誰もが見とれていた。その時クミコの背後から突然チョーゼンが現れ、クミコにナイフを突きつけたのだ。サトウやミヤギの説得にも耳を貸さない彼は、メンツを潰されたと訴え、ダニエルに決闘を挑んだ。クミコを助けるため挑戦を受けようとチョーゼンに向かおうとするダニエルにミヤギが掛けた言葉。

本作にはダニエルが試合をするシーンは無い。本来なら試合のシーンでクライマックスとなるのだが、恩師のサトウにも見放され完全な一匹狼と化してしまったチョーゼンではもはや試合ではない。このセリフでダニエルを対決に送り出してはいるが、そこにはミヤギの45年間の熱い想いも込められているのだろう。ミヤギのこの名セリフと同時に圧巻のクライマックスシーンとなった。

『ベスト・キッド2』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

沖縄ロケは行われなかった

第2作となる本作の舞台は、ミヤギの故郷「オキナワ」である。だが、諸事情により日本の沖縄県でのロケーションは一切行われなかった。
沖縄に見立てたロケーションの大半はフィリピンで、一部アメリカ国内でも撮影されている。因みに、那覇の街とされるシーンでの撮影は、ロサンゼルスのリトル・トーキョーと推測されている。

車はすべて左側通行

本作中に使用された車は、クミコが乗るホンダ・S800以外は、撮影当時の日本車であり、その一部は日本から右ハンドル仕様車を並行輸入している(ホンダ・シティ、マツダ・ニューポーターキャブ、いすゞ・117クーペ、日産・ブルーバードのタクシー)。また現地仕様の左ハンドル車もすべて日本と同じ左側通行で走らせて撮影している。(トヨタ・スプリンタートレノ、ホンダ・アコード等)。
沖縄県では1972年の沖縄返還後、1978年に対面交通の変更が行われており、それまでは車両が右側通行だったが、日本国内と同じく左側通行へと改められた。

日本の時代考証にはかなりのズレがある

アメリカ映画にありがちな日本の時代考証のズレについて、本作でもアメリカから見た沖縄(日本)ということもあり例外ではない。

街中で流れている流行音楽がロカビリーであることから、人々の生活水準や様式は1950年代と推測される。だが、自動車や家電の一部には1980年代撮影当時の最新モデルがあった。また、使用されている紙幣はほとんどはドル紙幣だが、サトウの子分が野菜を買い叩くシーンで一瞬、撮影当時の夏目漱石の千円札が見られた。街中のシーンによく貼られている田中邦衛がイメージモデルのリアルゴールドの広告チラシも1980年代のものである。

舞台となるミヤギの故郷、トミ村が米軍基地(嘉手納基地とされている)の中に存在しているが、実際にはありえない。また、村の土地・権利を全てサトウが握り、栽培された作物や野菜を不当に安い値段で買い上げているシーンがあるが、日本(沖縄を含む)では普通、農協が介在するはずである。

他にも、台風時の避難先が大戦中に掘られた防空壕だったり、高い塔に上って子供(少女)が避難を促す半鐘を叩いたり、村の祭りで村人全員がでんでん太鼓を持っていたりと、不自然な点が多い。

冒頭のシーンの裏話

本作の冒頭、前作のダイジェストがフラッシュバックで構成され、メインタイトル後、ダニエルのシャワールームのシーンから、コブラ会のクリースとミヤギが絡むシーンまでは、実は前作のラストシーンになる予定でその当時に撮影されていた。だが製作側の判断で、ラストはミヤギの笑顔で終わる方がいいということになり、丸々カットされてしまったそうである。従って続編という意味において2作目である本作の冒頭に使用したとされる。コブラ会のクリース以下門下生のメンバーが、冒頭のシーンだけの登場であるというのも頷ける。

『ベスト・キッド2』の主題歌・挿入歌

主題歌:Peter Cetera『Glory of Love』

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