君の膵臓をたべたい(キミスイ)のネタバレ解説・考察まとめ

『君の膵臓をたべたい』とは、2018年に公開されたアニメーション映画。
住野よる著の2015年の同名小説を原作とした作品であり、2017年には実写映画版が公開されている。スタッフは本作が初監督となる牛嶋新一郎が監督・脚本を担当。制作会社はスタジオヴォルン。
孤高な主人公の少年「僕」と膵臓の病で余命わずかの快活な少女の青春模様や、キャラクターの葛藤・成長が描かれる。劇中の経過時間は約4ヶ月ほどで、独特なタイトルの本当の意味が劇中終盤でようやく明かされる。

桜良が書いた本。春樹と桜良の交流が始まるきっかけとなったもの。

白紙の文庫本に手書きで文章を書きこんだもので、桜良が膵臓の病を患ったとき(春樹と病院で会うより前)から書き始めた日記。本の終わりの方には家族、友人、恭子、春樹へ向けた遺書が書かれている。

その名称を知っているのは桜良以外では春樹と桜良の母のみ。終盤では春樹から恭子へ送られ、恭子も桜良の病や遺書を知ることになる。

日記の内容は8月18日で終わっており、遺書の方もまだ第一稿で桜良は改稿するつもりだったが、突然の死でそれは叶わなかった。

桜の花が春に咲く理由

序盤で桜良が語る、本作のキーワード。

桜の花は、春に咲いて散ってから数ヶ月が経過すると、次の花の芽を付け、花を咲かせる準備を始める。7~8月には「花芽」という小さな芽ができるため、本来ならその時点で咲くことは可能な状態となっている。しかし実際にはそれから花芽のまま眠りにつき、冬の寒い空気にさらされることで徐々に眠りから覚め、気温が高くなり春になった時点で咲く。
つまり、桜は芽の状態で咲くべきときを待っているという意味。

桜良はそんな桜の花の習性がとても好きで、自分の名前にもそれが含まれていることを嬉しく思っていた。
後に「僕」の「春樹 = 春に咲く樹木」という下の名前を知った際に、自身の名前と通じるところがあったため、桜良は驚いていた。

終盤、桜良は春樹により彼女が彼女自身として必要とされていると知ったことにより救われていた。そのときに桜良は、桜の花が春に咲くのを待っているように、春樹に必要とされるのを自分は待っていたのだと感じたと遺書に書かれている。
そして、桜良と出会ったことで本当になりたかった自身を知ることができた春樹もまた、自分は桜良に出会うためにこれまで生きてきたのだと確信している。

「僕」

主人公の志賀春樹のこと。
劇中では終盤まで名前は明らかにされず、桜良にも呼ばれるシーンはない。中盤で名乗るシーンがあるが、音声はない。
原作では名前は呼ばれているらしいが、「【仲良し】くん」、「【地味なクラスメイト】くん」などのように表記され、伏せられている。

Cafe Spring

劇中で登場するカフェ。
店の名前から桜良が気に入り、以降待ち合わせ場所などに使われる。

『君の膵臓をたべたい』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

「君の膵臓を食べたい」

本作のタイトルにして、作品全体を象徴したセリフ。
その本当の意味は「君のような人になりたい」というもの。

劇中で最初に登場するのは春樹のメール送信履歴。
膵臓の病を患っている桜良が、同物同治(肝臓が悪ければレバーなどを食べるという民間療法の一種)を引き合いに出し、膵臓を食べれば病気がよくなるのではないかという意味で春樹にこの言葉を口にする。もちろん冗談であり、本気で実行するつもりはない。その後も桜良と春樹の会話の至るところで「膵臓を食べる」という単語が登場する。つまり、2人の間でしか意味は通じず、2人の関係性を象徴した言葉でもある。

終盤で春樹が、自身が本当は桜良のような人間になりたかったことに気づいた直後、彼女へメールを送る際に「君の爪の垢を煎じて飲みたい」と送ろうとして思いとどまり、修正してこの言葉でメールを送る。後に桜良の遺書にも同じ言葉が書かれていたことが後に判明し、一見 正反対の桜良と春樹がお互いを見ていて、同じことを考えていたことがわかった。

雨の日の傷つけ合いと仲直り

本作のターニングポイントとなるシーン。

雨の日に互いを傷つけ合い、気持ちをぶつけ合うことで和解するまでが描かれる。

桜良の家で2人きりとなり、彼女から誘惑されたかと思い激しく動揺した春樹が、冗談だと知り激昂するシーンは、劇中で初めて春樹が激しい感情を表現したシーンである。
その後、桜良の元・彼氏と争いになり、春樹は気持ちが折れかけるが、桜良は「私達は自分の意志で選択を積み重ねて、今ここにいるんだよ」と訴える。これまでは桜良に引っ張られる形で付き合っていただけだった春樹が、以降ははっきりとした意志をもって彼女と時間を過ごすようになる。

生きること

桜良が入院したときに一回だけ『真実か挑戦』ゲームをした際に、春樹は彼女に「君にとって生きるとはどういうこと?」と質問し、桜良がそれに答える。
死がテーマのひとつとして扱われている本作において、印象に残ると同時に桜良のキャラクターが最大限に表現されている。

桜良にとって生きることは、誰かと心を通わせること。
具体的には、誰かを認める、誰かを好きになる、誰かを嫌いになる、誰かと一緒にいて楽しいといったことを指している。自分1人では自分がいるとはわからない。自分の心があるのは、春樹や恭子や家族のように誰かがいて認めてくれているから。自分の体があるのは彼らが触れてくれるから。そうして作られ、選択を積み重ねてきた自身が今ここに存在していることが、桜良にとっての「生きる」だった。
この言葉の後で、桜良と春樹は抱擁を交わすが、そうやって誰かと体温を感じ合うこともまた「生きる」ことの一つだという。

原作では春樹しかこの言葉を聞いていないが、本作では病室のドアの外で恭子も立ち聞きしている。恭子は桜良の病気について知らされることはなかったため、こういった桜良の想いを彼女の生前に知ることはほとんどできなかったが、この言葉だけは実際に聞くことができた。

春樹は今まで桜良から、自身が知りえなかったことを多く教えられていたが、その最たるものがこの言葉だった。この言葉がきっかけで、春樹は自分が本当はどんな人間になりたかったのか、どんな生き方をしたかったのかを気づかされる。

2人で見た花火

入院した桜良と春樹が打ち上げ花火を見に行くシーン。sumikaの楽曲『秘密』が使用される。

大きな打ち上げ花火が高岡市全体を彩る鮮やかな映像が描写される。
春樹にも秘密にしていたが、この時点で桜良の病状は悪化しており、余命は約半年となっていた。故に、花火が見られるのは恐らくこれが最期だと理解していた。
それが理由で桜良の様子がおかしいことを薄々察していた春樹は「君に生きててほしい。とても」と真っすぐに告げる。後に明らかになるが、このときの春樹の真摯な想いが桜良を救っており、彼女がどれだけ嬉しかったかが語られている。

これらの会話は原作でも描かれるが、原作ではこのシーンは病室となっており、屋外で花火も伴った演出は本作オリジナル。

春樹「桜良が待ってる」

エンドロール後、本作を締めくくるセリフ。

桜良が他界して1年後、彼女の墓参りに来た春樹と恭子は和解して友人となっており、春樹もどこか垢抜けた容姿となっている。
この後2人は桜良の家で彼女の家族と会う約束をしている。桜良の家へ向かおうとする春樹の傍らを、彼女を彷彿とさせる桜の花びらが一瞬通り過ぎて振り返るが、そこには何もない。まるで桜良に早く家へ向かって歩くように急かされたようだった。もう桜良はいないということを改めて気づかされるが、同時に彼女からもらったもののお陰で今の自分がある。春樹は少しだけ寂し気な表情をするが、そろそろ行かなきゃと前へ歩き始める。

春樹の決意を示すように、最後に「桜良が待ってる」と、彼女の名前をはっきりと口にして歩き始める。名前を口にし、自身の中で大切な人として刻み、これからを生きていくことを表現したシーンで映画は幕を閉じる。

このシーンは原作では花びらは登場せず、一瞬桜良の笑い声がして春樹と恭子が振り返るという展開となっている。

『君の膵臓をたべたい』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

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