お結び(ゲーム)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『お結び』とは2020年4月25日に公開された日下部一製作によるフリーゲーム。ジャンルはマルチエンディング型和風ホラーゲームで操作キャラクターの選択によって5種の結末が用意されている。主人公・日向子には、幼い頃近所の森で迷子になった時、自分が落としたお弁当を届けに来てくれた不思議な存在におむすびを分け与えた記憶があった。時が流れ高校生になった日向子は、車に轢き逃げされて迷い込んだ天国と地獄のはざまの世界・辺獄で、一茶と名乗る不思議な男と出会い、彼の力を借りて現世へ帰る為の冒険を繰り広げる。

『お結び』の概要

『お結び』とは2020年4月25日に配布開始した日下部一製作のフリーホラーゲーム。対応機種はIE以外のブラウザ、推奨環境はChrome、Firefox、Safari(iOS版)。アプリ版・ブラウザ版・ダウンロード版でプレイスタイルが選べる。なおスマホ版は難易度が低く設定されており、より初心者向けの内容となっている。
ジャンルは探索と逃げをメインとした和風ホラーだが、出会い頭に襲ってくるいわゆる初見殺しの敵から、進路に設置されてる壺や石塔などの障害物を躱しながらや逃げきるなど、一回のプレイではクリアできない難所も多く盛り込まれ死にゲー要素がより重視されている。巨大ながしゃどくろと化した花魁や鬼子母神がモチーフの子沢山の神、その他異形の天女や妖怪などの人外の存在が敵、あるいは味方として登場する。
天界に住む天人の死因を示す小の五哀や、土地やそこに住む人々を澱ませる不浄な気を意味する穢れが物語の根幹に関わっていることからわかるとおり仏教や神道発祥のネタが多く含まれ、製作者の宗教および民俗学への造詣の深さが窺える。
マルチエンディング方式で、操作キャラクターの日向子の選択によって異なる結末が5種用意されている。
なおEND1『結』とEND5『結』は同名だが、これは輪(めぐる)の土地が事の発端であり、最初と最後が輪になって結ばれる製作者の憎い演出である。

ネットゲームクリエイター応援サイト『ゲームマガジン』主催の第二回ゲームマガジン新人大賞にて、審査員満場一致でフリーゲーム部門の大賞を獲得し話題を呼んだ。
ゲームマガジン新人大賞は2年連続で大賞の該当作なしが続いており、本年度も該当作がなければフリーゲーム部門の廃止を検討していたところ、非常にクオリティの高い本作が登場した。

主人公・日向子は、幼い頃近所の森で迷子になって泣いていたところ、ふわふわと浮遊する謎の存在に落としたお弁当を届けてもらい、お礼におむすびを分け与えた事があった。時が流れて高校生になった日向子は、大らかで優しいぽっちゃり少女に成長していたが、ある日猛スピードで走る車に轢き逃げされ、俗世と幽世の中間にあり、数多くの物の怪が徘徊する世界・辺獄に迷い込む。
突如として見知らぬ世界に飛ばされ混乱する日向子だが、自らが住む町に産土神として古くから祭られている時神・一茶と出会い、彼の助けを借りて現世へ帰る為の大冒険を繰り広げる。しかし一茶は日向子にも言えない秘密を抱え、ある目的から天界への立ち入りを企てていた。

『お結び』のあらすじ・ストーリー

俗世編

夜、暗い森の中に朽ちた祠があり、その傍らに身体が透けた存在が佇んでいる。脇道に倒れていた看板には時魂神(ときのたまのかみ)、通称時神の説明があり、それはこの輪(めぐる)町が祭る産土神らしいが、祠の寂れ具合を見るに信仰は廃れて久しかった。酷いひもじさと怠さを抱えて徘徊していたとある男は、途中で弁当を拾い、ひとりぼっちで泣いている迷子の女の子へ届ける。どうやら一緒に来た祖母とはぐれてしまったらしい。彼がさしだす弁当をひなと名乗る女の子は礼を言って受け取り、空腹の彼におむすびを分けてあげる。祖母の手作りおむすびは自分の好物なのだと笑顔で語るひな。ひなはさらに彼がボロボロなのに気付き、一緒に来れば看病してあげると伝える。次の瞬間彼の姿は消え、入れ代わりに祖母がひなをむかえにくる。「怖くて泣いてるだけじゃ何も解決しない」と窘められひなはぐずるが、祖母は彼女の無事に心底安堵し、これも時神様のご利益だと有り難がる。祖母の話によると時神は安全や豊饒を司る神だったらしい。

ゲーム冒頭、自室で目覚めた日向子は朝ごはんに期待を膨らませる。

時は流れて、自分のことをひなと呼んでいた日向子は高校生になった。彼女はぽっちゃりした体型が示すとおり食べることが大好きで、また料理をするのも得意だった。中でもおむすびは幼い頃に祖母が作ってくれた思い出の料理で、部屋の本棚にはおむすび辞典が並んでいた。
辞典には様々な具を入れたおむすびの写真が掲載され、おむすびの名前の由来にも言及されている。古来の日本においておむすびの「び」には魂の意味があり、おむすびは魂をこめた特別な食べ物とされていた。さらにおむすびには良い縁を結ぶ、おにぎりは鬼斬り、即ち禍を退けると言い伝えられていた。
死んだおばあちゃんの写真に朝の挨拶をして一階へ下りると、父親はリビングのソファーで新聞を読み、母親は台所で朝食の支度をしていた。日向子はわくわくしながら朝ごはんの献立を聞くが、早く出ないと遅刻だと母親に急かされ、お弁当のおむすびを持たされる。大好物のおむすびに喜ぶ日向子だが、ふとテレビを見ると自分が住む輪町で、女子小学生が轢き逃げされる事件が起きたとニュースが流れる。被害者の死亡に胸を痛めたものの、これ以上ぐずぐずしていたら本当に遅刻してしまうと日向子は家を飛び出す。
日向子は途中で森の祠に寄り道をするのが日課だった。そこは幼い頃よく遊んだ場所で、まだ祖母が存命な頃に日向子は一回迷子になったのだが、時神のお導きで無事祖母と出会えたのだった。以来日向子は時神に感謝し、どんなに遅れそうでも必ず祠に詣でてから登校するのが日課となった。子供の頃の記憶はボンヤリしてるが、森で迷った時に助けてくれた何者かの記憶は日向子の中にちゃんと根付いていた。
祠へのお参りを済ませた日向子は、通学路を急ぐ中、飼い猫の墓にお参りする同級生を見かける。彼が飼っていた黒猫はこの近くではねられて死んだらしい。「毎日顔を見せにきてくれて、猫もきっと喜んでる」と同級生を慰める日向子。彼と別れて学校へ向かうが、運動音痴の日向子ではどう頑張ってもHRに間に合いそうにない。
そんなことを考えながら歩いていた日向子に、クラクションを激しく鳴らし、猛スピードで車が突っ込んでくる。日向子はそのまま車に轢かれてしまった。
次に目を開けると日向子は自分の部屋に戻されていた。自分は確かに車に轢かれたはずと怪しむ日向子。しかもまだ朝のはずなのに、窓の外は赤い夕焼けに染まっていた。一階へ下りて両親をさがすが2人の姿は見当たらず、付けっぱなしのテレビは点滅を繰り返し、不気味な砂嵐を走らせる。
異変を感じて外へ出た日向子の前に、一匹の黒猫が現れる。首輪にはクロと書かれており、それは同級生の死んだ飼い猫と同じ名前だった。突然走り出したクロを追いかけ、まっすぐ続く道を歩む日向子。日向子が導かれたのはクロの墓がある広場だった。死んだ猫がいるということは、自分も死んでしまったのではないかと不安になった日向子は、一体何が起きたのか答えの出ない問いに立ち竦む。
クロと別れた日向子は藁にも縋る思いで森の祠を訪れる。迷子の自分を救ってくれた時神なら良い知恵を授けてくれるかもしれないと期待したのだ。
しかし森では何も起こらず、途方に暮れた日向子は行くあてもなく町を徘徊する。
見知らぬ河川敷にさまよい出た日向子は、輪町にこんな川があっただろうかと疑問を抱く。河川敷には小さい女の子が蹲り、ひたすら石を積み上げていた。女の子の話を聞くと、自分は両親より先に死んだ親不孝者だから罰を受けていると言うが、せっかく積み上げても完成間近になると怖い人が来て崩してしまうとべそをかく。
親より先に死んだ子供が石を積む賽の河原の話を知っていた日向子はドキリとするも、ひとりぼっちで泣く可哀想な女の子を放っておけず、手伝いを申し出る。女の子は早苗と名乗ったが、それは日向子が今朝見たニュースで報じられていた、轢き逃げの被害者と同じ名前だった。
日向子は早苗の為にてっぺんにぴったりの小石を拾ってくる。川に突き出た桟橋には人が並び、彼岸へ渡る舟を待っていた。河川敷には石の塔が点在し、早苗のような子供が他にもいることを裏付ける。日向子が小石を渡すと早苗は喜び、「これでママとパパにバイバイできる」と消えていく。
最後に「ありがとう」と告げた早苗に「どういたしまして」と返して見送った日向子だが、そこへ早苗を監督していた鬼の獄卒が現れ、「二ガ……サナイ……」と襲ってくる。直後に獄卒の姿はかき消え、黒い足跡だけの存在となって日向子を追いかけ始める。桟橋に到着した船からは人々が手招きしているが、何故か日向子自身は舟に乗れず、河川敷を逃げ回るしかない。あたりはさらに日が落ちて暗くなり、獄卒は再び実体化する。どんどんあの世に近付いて行くような光景に危機感を抱く日向子。どうにか獄卒から逃げきると、暗闇に包まれた砂利道の片側に蝋燭が灯る場所に出る。
他に行き先もないので砂利道を歩みだすが、日向子が通過すると何故か蝋燭の火が消えていく。蝋燭の仄明かりに導かれてさらに進むと、「辺獄」と書かれた石の鳥居に行き当たる。辺獄とは地獄と天国の狭間、彼岸にも此岸にも属さぬ場所であり、どちらにも行けない亡者が彷徨する世界だった。無限に続くかの如く連なる鳥居を通り抜けるうちに、我知らず日向子の身体はどんどん透けていく。
最後の鳥居を通り抜けた日向子は束の間の夢を見る。夢の中で日向子は粗末な着物の村娘となり、時神の祠におむすびを供えていた。不思議なことにその娘は1人で楽しそうに祠に話しかけており、「時神様のおかげで今年も豊作です」と報告していた。

辺獄編

見知らぬ和室で目覚めて不安に襲われる日向子。

目を覚ました時、日向子は見知らぬ和室にいた。傍らには森にある、時神の祠とよく似た祠が存在する。ひょっとしてさっきの川は三途の川だったのではないかとぞっとする日向子だが、辺獄の意味まではわからず困惑する。日向子は元の世界に帰る為に、まずは手がかりを得ようと周囲を調べだす。

辺獄の障子の向こうには無数の手と赤い目が蠢いていた。

襖を開けて廊下に出た日向子は、片側に並ぶ障子に、無数に蠢く手の影が映っているのにぎょっとする。しかも地の底から響くような怨嗟の声が聞こえ、障子越しの影の中に何百対もの赤い眼光が輝く。さらに先に進むと突然周囲が静かになり、障子の影が消える。その代わり床板を軋ませこちらに近付いてくる、何者かの足音が響く。
日向子が逃げ込んだ小部屋には数個の壺と箪笥、屏風があった。理由はわからないが、あの足音の主はよくない者に違いないと胸騒ぎがした日向子は壺に隠れようとするが、太っているせいで入れず窮地に陥る。なんとか一番大きな壺に潜りこんだ日向子を追いかけ、赤い肉塊に手足が生えた化物がやってきて部屋中を嗅ぎ回るものの、彼女の姿が見当たらず仕方なく次の間へ去っていく。
もし捕まっていたらどうなったか青褪めた日向子は、狭い廊下で化物とでくわせば命取りと悟り、抜き足差し足でそろそろ進む。点在する廊下の窪みに隠れて、どうにか化物をやりすごした日向子が次に辿り着いたのは、箪笥と布団、それにまた祠がある和室だった。

日向子が辺獄で出会った風変わりな男は一茶と名乗る。

襖を閉ざして安心した日向子だったが、またしても床板を軋ませる足音が響き、「来ないでよ!」とパニックをきたす。だが予想に反し、襖を開けて入ってきたのは和装の優男だった。笠を目深にかぶっているせいで素顔は見えないが、その物腰はなよやかで、一見性別も判然としない。しかし喉仏もあり、大柄な体躯から男性だと当たりを付ける。外見は普通の人間のように思えるが、恐ろしい体験をしたショックが冷めやらぬ日向子は、敵か味方も定かではない男の出現に混乱し、「助けておばあちゃん!」と祖母を呼ぶ。
その時、腹の虫が鳴く。「私じゃないよ」と慌てて否定する日向子に対し、「今のはアタシだ、ここ最近食べてなかったからねェ」とあっけらかんと認める男。のんびりした雰囲気やとぼけた口ぶりは、到底悪人には見えない。お人好しな日向子は、空腹を訴える男にお弁当のおむすびを恵む。男は一茶と名乗り、日向子に礼を言っておむすびを受け取る。日向子が名前を名乗れば勝手に「おひな」と愛称を付け、辺獄の説明をしてくれる。男の説明によれば、日向子がここへ来るまでに通り抜けた白い鳥居は俗世と幽世を区別する結界であり、あれを潜ってしまったら現世へ帰るのは難しいらしい。
それを聞いた日向子はすっかり落ち込むが、ここで会ったのも何かの縁だからと、一茶が道案内を申し出る。彼もまた俗世に用があるようだ。
互いに紹介を終えた日向子と一茶だが、日向子に向き合った一茶はぎょっとし、彼女が身体に溜め込んだ穢れを指摘する。なんでも日向子の体内には普通の人間なら耐えられないほどの穢れが溜まっており、それは辺獄で活動する妖怪と比べてもなお多いそうだ。全く身に覚えがない日向子は答える言葉を持たず困惑するが、気を取り直した一茶に休憩を促され、彼の言葉に有り難く甘えることにする。素性はさっぱりわからねど親切な彼に対し、「優しい人なのかも」と考えを改めた日向子はひと眠りする。
日向子はまたしても夢を見る。夢の中では着物を着た村娘が、祠にむかって喋っている。日向子には目視できないが、村娘には時神の姿が見えているようだ。その娘は時神に赤い紐飾りをもらって喜んでいた。時神は自身に名前がないのを嘆き、そんな彼に同情した村娘は、「次来るときまでに名前を考えておきます」と明るく約束する。
寝ぼけた日向子は起こしてくれた一茶を父親と間違えて恥をかく。そんな日向子を微笑ましく見守る一茶だが、辺獄に長居は禁物、ゆっくりしすぎるのはまずいとやんわり窘める。一茶はこの部屋や辺獄の要所にある祠に触れれば時の記録ができる、仮に死んでも祠を拝んだ時点まで巻き戻せるのが自分の能力だと日向子に教える。そんな一茶が時を司る時神と被った日向子は、自分が住む輪町の有り難い神様の話を教えるが、彼の反応はなんだかそっけない。実際に日向子が祠に触れると、それまで負っていた怪我が綺麗に消えた。
英気を養った日向子は、屋敷内の探索に出発する。襖を開けると玉砂利を敷いた中庭を囲み、延々廊下が続いていた。書庫に迷い込むと大量の巻物が棚に収蔵されている。文字が古くて読みにくいと音を上げた日向子に代わり、一茶が内容を読み上げる。「天国見聞録」には俗世に最も近い死語の世界として辺獄が記載され、人ではない者、即ち物の怪や餓鬼が住むと書かれていた。また天国でも地獄でもない混沌とした穢れが満ちている為、長く留まれば穢れに侵され、神であろうと人であろうと自我を失って物の怪に堕ちるとされているそうだ。
二冊目は「天人類書」で、天人とは天界に住む不老長寿の存在であり、人より優れたものとされてきたが、常に煩悩を纏っている為解脱もできないと注釈が加えられていた。天人が死を迎える前兆を小の五衰といい、美しく楽しい声が出せない、身体の輝きが失われる、沐浴した時に水が流れ落ちにくい、目に付くものに執着する、物事に飽きて瞬きの回数が増えることが挙げられていた。しかし善行を積めば助かるのだそうだ。
最後の書物は「穢れについて」と題され、穢れとは忌まわしく不浄な気をさし、これに触れると神でさえ神通力を失い、土地に溜まれば禍が頻発する。穢れは自然に存在するものであるが、辛い体験や哀しい物事に触れて気力が衰えた際の気枯れ(けがれ)が転じたとする説もあった。
さらに書斎の探索を続ける日向子をほったらかして、片隅から発掘した春画に見入る一茶。書斎を調べ終えて別の部屋に行くと、畳式の中央にぼっとん便所が掘られている。その中から「人ノ子食ベタイ食ベタイ」と不気味な声が湧き、慌てて逃げ出す日向子と一茶。次の部屋の扉には南京錠がかかっており、2人は鍵を探す事になる。
別の和室に行くと、ひとりでに動く青い着物の日本人形が床の間に飾られており、机上に「ありんこと神様」と題された和綴じの冊子があった。床の間の人形は退屈していたようで、その本を読んでくれと日向子にねだる。その本には働き者の蟻と、そんな蟻を気にかけて雨の日に傘をさしかけてやる神様の物語が収録されていた。蟻たちは優しい神様が大好きだった。ある日大雨が降ったが、蟻たちは今度も神様が助けてくれると楽観していた。しかし神様はこの時に限って何故か何もせず、蟻たちは溺れて死んでしまった。日向子が読み聞かせると日本人形は満足して感謝を述べる。
別室には赤い着物の日本人形がいて、遊んでほしいと日向子にせがむ。さらに日向子をさして「太っていておいしそう」と言い、自分が勝負に勝ったらひとかじりさせてほしいと頼む。赤い着物の人形が持ちかけた遊びとは丁半の壺振りだった。赤い着物の人形が壺にサイコロを入れて振るから、偶数なら丁、奇数なら半、どちらかを言い当てるのだ。無事勝利した日向子はべっこう飴を入手する。
廊下に出るとどこからか襖が開く音が響く。音のした方向へ進んだ日向子と一茶を待ち受けていたのは、南京錠がかかった部屋とは別に、先程調べた時は開かなかった部屋だ。
「エニシの綱は命綱 縁がなけりゃ一人きり 此岸にゃ決して帰れない」
部屋に入ってすぐの立て札には、そのような謎の文章が書かれている。突き当たりで鍵を発見した日向子が引き返すと、立て板の文面が「止まるな止まるな 朱色のエニシ 狙うは糸 一度絡めば帰れない」と変わっていた。長い廊下には白い人形が並び、「止マルナ」「止マルナ」と連呼する。しかも行く手からは高速の矢が飛んでくる。途中の窪みに避難して矢を回避、どうにか廊下を突っ切った日向子は入手した鍵を用いて南京錠を開ける。南京錠に閉ざされた部屋には祠があり、日向子は満面の笑顔で祠にタッチする。「こうしておけば死んでも生き返れるから安心」と無邪気にはしゃぐ日向子を「えらいえらい」と褒める一茶。日向子はひとりぼっちなら心細いが、一茶が一緒だから心強いと打ち明ける。そんな彼女に対し一茶は険しい面持ちになり、「祠に触れれば生き返れるが、やり直しがきくのは今のおひなじゃない」と釘をさす。今の日向子が死に、過去に戻ってやり直したとしても、そこにいるのは今の日向子じゃない。過去をやり直して生き残った、別の時間軸の日向子にすぎない。祠に触れる都度記憶ごとリセットされるなら、既に100回死を体験し、それを覚えていないだけの可能性もある。そう聞かされた日向子は恐ろしい想像に青褪める。しかしすぐ笑顔を取り戻し、「こんな鈍くさい自分がここまで来れたなんておかしいと思った、一茶さんがいなかったら辿り着けなかった」と改めて感謝を伝える。もし今の自分が失敗しても、過去へ戻れば別の時間軸の自分にやり直しをさせてあげられる。そう前向きにとらえる日向子に、一茶は何かを言いかけるが、同時に床板を軋ます足音が聞こえる。
話は後回し、ゆっくりしている暇はないと2人は足音が聞こえた方とは反対の襖を開ける。
次の部屋は十字に廊下が繋がっているが、柄違いの襖を開けても元の部屋に戻されるくり返しだ。どうやら廊下が入り組んで迷路になっているらしい。何回か行き来を繰り返し、遂に正解の襖から脱出する。一茶と日向子が次に来た部屋の正面には、清廉な蓮が咲いた、黒塗りの立派な襖があった。そこへ2人を追いかけ、肉塊の物の怪が這いずってくる。

赤い肉塊の物の怪から大慌てで逃げる日向子と一茶。

襖を開けると錦鯉が泳ぐだだっ広い池に一本の長い橋が架かっており、日向子と一茶は物の怪の巨体が橋を踏み抜くのを躱し、急いで渡っていく。しかし橋の前方が踏み抜かれ、絶体絶命の窮地に陥る。
そこへ妙なる笛の音が響き、突如として物の怪が姿を消す。代わりに降臨したのは羽衣を優美にたなびかせ、渦巻く雲に乗った人物。後光を背負った天女のようなその人物こそ、先程本で読んだ天人だった。天人は「よくここまで辿り着いた」と日向子を労い、天へ導こうとする。だが日向子が答える前に一茶が前に出て、「アタシを天に連れていけ」と主張する。しかし天人は一茶の懇願をすげなく断り、「土地殺しの疫病神が」と唾棄する。「この先も決して天へは昇れない、輪の土地で永遠に罪を償い続けろ」と言い渡された一茶は絶望する。
過去に一茶は何かの罪を犯し、その罪の償いとして、輪町での終わらない禊を命じられているのだった。何も知らない日向子は一茶を庇うが、天人の指摘によって、自分が騙されていたことを知る。帰り道を知っているというのは一茶の嘘で、彼は道案内と称し日向子を利用し、天界へ通じる扉を開けさせたのだった。天人は粘る一茶を嘲笑い、一茶が土地を離れているせいで今も輪町に穢れが溜まり、人や土地が腐っていくと追い討ちをかける。一茶は過去の過ちの罰を受け、天へと辿り着けない身体にされており、本来辺獄に滞在するのさえ辛いはずと天人は呟く。

穢に侵されて黒く変わった天人に襲われる日向子と一茶。

長話を打ち切った天人はいよいよ日向子を天へ連れ去ろうとするが、突然その身体が明滅し、次の瞬間闇に染まる。「辺獄の穢れに耐えられなくなったんだ」と一茶は日向子に言い、2人は一緒に逃げ出す。
この天人は小の五衰に侵されており、辺獄に迷い込んだ人の子である日向子を天へと導けば御釈迦様に延命してもらえると思い込んでいた。なんとか天人を巻いて橋を渡りきり、次の間で一息吐く日向子に、一茶は天人の話は全部事実だと認め、騙していたことを謝罪する。深刻に思い詰めた彼の様子に、「天へ行きたい理由を話して」と日向子が乞えば、一茶は「天でどうしても会いたい人の子がいる」と告白する。大事な人との再会を望む一茶に対し、日向子は自分が帰るのを手伝ってくれれば、こっちも一茶を手伝うと持ちかける。「泣いているだけじゃ何も解決しない」と幼い頃から祖母に言い聞かされてきた日向子は、その言葉を心の支えにし、一茶の力を借りて逆境を乗りきる決断をした。一茶に騙されていたのは哀しかったが、彼が日向子の体調を気遣い休息を勧めてくれたこと、優しい言葉をかけてくれたことも一面の真実だと前向きにとらえる。
2人は互いに協力する約束を交わす。天人の言葉で一茶こそ輪町の時神だと知った日向子は、憧れの神様との出会いに舞い上がる。日向子は「時神様」と呼び方を改めるが、「一茶と呼んでほしい」と再三乞われ受け入れる。時神は神として定着した名前で、一茶は彼個人の名前だから後者の方が愛着があるというのが理由だった。
仕切り直して部屋を探索すると、「ありんこと神様 二」を発見する。日向子は表紙を開いて中身を読む。大雨で仲間をたくさん失った蟻だが、神様が大好きだった為に責めることもできず、神様が助けてくれなかった理由を一生懸命考える。蟻たちが出した答えとは、神様は機嫌が悪いから大雨を知らんぷりしたというもので、神様の機嫌をとる為に神様と一番仲良しな蟻を捧げる決定が下されたのだった。
日向子と一茶が奥の襖を開けると、池の中央の小島へ繋がる廊下が伸び、ぼんぼりが灯された離れがむかえる。中からは「ありんす」と語尾に付ける、はんなりと雅なおいらん言葉が聞こえてくる。
日向子が障子を開けると、一直線に板敷の廊下が伸び、左側にぼんぼりを鈴なりにした赤い格子の張見世が続く。それは花街の妓楼の構造に似ており、女好きな一茶はテンションを上げるが、格子の内側から誘いをかける遊女はすべて豪奢な着物を纏った骸骨だった。

豪勢な広間で日向子と一茶を待ち受けていた妓楼の遊女たちの束ね役・深雪。

長居したそうな一茶を引っ張って廊下を駆け抜けた日向子は、何十畳もある豪勢な広間へ転がり出る。
赤い波紋に黒と赤の金魚が描かれた襖の向こうには、艶やかな着物を着、髪を結った巨大な骸骨がどっかり居座り、自分と遊んで勝てば元の場所に帰してやると日向子たちを挑発する。日向子はこの提案を飲み、一茶と共に先へ進む。次の間は針山地獄で、畳ごとに大量の針が浮き沈みしていた。日向子と一茶は針が突き出すタイミングを読み、最初の関門を突破する。次の関門では天井から巨大な藁籠が降りてきて、日向子はこれに閉じ込められる。遊女を籠の鳥に見立て、その境遇になぞらえた罠らしい。
籠に閉じ込められた日向子は、深雪という遊女を叱る何者かの声を聞く。その深雪は何度も遊郭から逃亡を企てては失敗し、先輩の遊女に責められていた。そこへ着物姿の骸骨が3人現れ、日向子を執拗に追い回す。包囲されないように躱しきると籠が上がり、日向子と再会した一茶が胸をなでおろす。日向子も無事に一茶と会えたことを喜ぶが、そんな日向子を見た一茶が唐突に「アタシのためなら何でもしてくれるかい?」と言い出す。脈絡のない言葉に動揺を隠せない日向子だが、持ち前のお人好しな性格から「私にできることならいいよ」と承諾する。
それは一茶の偽者で、本物の一茶は例の張見世が並ぶ廊下へ飛ばされていた。日向子とはぐれて慌てる一茶を、張見世の骸骨たちが「もう出られるえ」と追い立てる。2人が会った巨大な骸骨は深雪といい、ねんねな女をいじめるのが趣味であり、したがって男の一茶には興味がないのだそうだ。一茶が日向子を返してくれと直談判に行くと、深雪は日向子の「無垢な顔が気に入らない」と嘯く。一茶は珍しく声を荒げ日向子を返せと深雪に迫るが、それは自分を信頼し、過ちを許してくれた日向子にまだ恩を返してないというのが理由だった。
次の間に進んだ日向子は、大勢の骸骨遊女に囲まれ、中央の机の前に座らされる。周囲の遊女は深雪の身請けを妬み、男を利用して故郷に帰るのだけが目的なのだろうと罵る。もし本当に愛しているなら小指を落として相手に送り付けろと迫るが、深雪と名指しされているのは一茶であった。偽の一茶はさっきの約束を盾にとり、代わりに小指をくれと日向子にせがむ。

骸骨遊女たちに囲まれた日向子は、一茶が偽者だと看破する。

様子がおかしい一茶に不安を覚えた日向子は、彼が本物かどうか一発で見分ける質問を思い付く。日向子は「私のことが好きなの?」と一茶に尋ね、一茶は「他の女なんか興味ない、アタシは日向子一筋さね」と豪語する。途端に日向子は嘘を見破り、「一茶さんは他の女どころか世界中の女の人に興味ありまくりだもん!」と絶叫する。しかも偽の一茶は日向子をおひなと呼んでいない。
その時、外から「どこだいおひな」という声が聞こえ、日向子は元気よく返事をする。自分をおひなと呼ぶのは一茶ただ1人だ。
同時に日向子は一茶と深雪が対峙する広間に飛ばされる。勝負は日向子の勝ちだった。一茶は「日向子にちょっかいをかけた詫びをしろ」と深雪に迫り、辺獄から天へ行く方法と現世へ帰る鳥居の場所を尋ねる。深雪は辺獄から天へ行く抜け道を教え、日向子に風呂場の鍵を渡す。深雪は己の意地悪に負けなかった日向子に一目おき、人の匂いがキツいから風呂で落とせと指示する。人の匂いは物の怪が寄ってくるもとになるのだ。

風呂で憩う日向子と背を向けて会話する一茶。

日向子は風呂場で湯に浸かり汗を流す。入浴中、日向子は傍らで背を向けて待っている一茶に、天にいる大事な人のことを聞く。一茶の話によると、その人物は気立てがよくて心優しい働き者だったが、普通なら聞こえないはずの神の声が聞こえたせいで周囲から気味悪がられ孤立していたらしい。祠通いをする娘と懇意にしていた一茶は、彼女と話せるのが嬉しくて注意しそびれてたが、もう祠へ来るなと止めていれば村人に忌避されるのを防げたのにと悔やむ。それを聞いた日向子は「私と話せるのが楽しい?」と問い、一茶が肯定すると、「ならそんな哀しいこと言わないで、その子も一茶さんとお喋りするのが楽しくて祠に言ってたんだよ」と励ます。一茶は日向子を「優しい子だねェ」と褒め、2人の絆が強まる。
さらに探索を続けていると、食材が揃った炊事場に迷い込む。ちょうど空腹だったので、日向子は自分と一茶の分のおむすびを作る。日向子のおむすびを食べた一茶は「おいしいじゃないかい」と褒め、日向子は「私の唯一の特技なの」と得意がる。一茶にいちばん好きな具を聞くと小梅だと答え、日向子はまた機会があれば握ってあげようとしっかり覚える。
2階へ進んだ日向子と一茶だが、一茶の顔色は酷く青褪め、身体の不調を訴える。辺獄の穢れが身の内に溜まってきたみたいだ。日向子を心配させまいと空元気を装う一茶。廊下を進むと複数の天人が大広間を横切っている。一茶曰くあれは既に天人ではない、辺獄に長く滞在しすぎて物の怪に堕ちた姿だと指摘する。日向子は屏風の裏や並んだ壺の隙間に逃げ隠れし、徘徊する天人に捕まらないように広間を抜ける。
広間を抜けてホッとする日向子だが、一茶の体調はさらに悪化する。とりあえず近くの小部屋で休ませるが、彼の穢れは限界に達していた。一茶の身を案じる日向子は「ここで休んでいて」と懇願し、1人で探索に赴く。
日向子は隣の小部屋で「ありんこと神様 三」を読む。蟻たちは神様と仲良しの蟻を捕まえるが、暴れるものだから次々脚を噛みちぎっていく。全部の脚をもがれた蟻は死んでしまうが、仲間の蟻たちは「死ねば仏になって会えるから神様も喜ぶ」と考える。
実は雨から守ってくれていたのは神様ではなく蟻たちの村に差し掛かる木の葉だったが、その木の葉は既に枯れてしまい役に立たないことを、蟻たちはとうとうおしまいまで気付かなかった。
次の部屋の襖は固く閉ざされていたが、中から半狂乱で子供をさがす母親の叫びが響く。どうやら子供とはぐれてしまったようだ。今は混乱しているけど子供と会えれば落ち着いて通してくれるのではと考えた日向子は、彼女の子供さがしの手伝いを決意する。さっき通り抜けた広間には壺が沢山並んでいた。ひょっとしたらあの中で隠れんぼしているのではと推理し、日向子は再び広間に戻る。
日向子が睨んだ通り、広間に飾られた壺に金色の赤ん坊が隠れていた。

9asyunnkannsettyakuzai
9asyunnkannsettyakuzai
@9asyunnkannsettyakuzai

目次 - Contents