目次

  1. 目次
  2. 経歴
  3. 大阪NSC時代
  4. 喰始そしてWAHAHA本舗との出会い
  5. [ノンフィクション スタンダップ・コメディ]というスタンス
  6. 活動紹介<メディア出演>
  7. 活動紹介<ライブ>
  8. 活動紹介<学習会・講演会>
  9. テレビで見れないネタはDVDで見るべし
  10. 連載-文字で読むノンフィクション
  11. 名言ここにあり
  12. 初見 視聴者の反応
  13. ファンの声
  14. おまけ「アナグラム」
  15. 関連サイト-最新の情報をチェック-
  16. いかがでしたでしょうか?

ネタが長い。テレビ向きではない。…でも面白い!
数々の業界関係者からそう言われ続けて十数年。
その芸風は、今までテレビで見たことの無い“体験ノンフィクション漫談”!

出典: PRW.KYODONEWS.JP

目次

・経歴
・大阪NSC時代
・喰始そしてWAHAHA本舗との出会い
・[ノンフィクション スタンダップ・コメディ]というスタンス
・活動紹介
・DVD・著書紹介
・名言
・視聴者の反応
・ファンの声
・おまけ「アナグラム」
・関連サイト
・まとめ

経歴

1969年9月29日生まれ、京都府京都市出身のピン芸人。
学歴のない父と同じ苦労をさせまいと塾通いの幼少期を過ごしたため友達と遊んだ記憶がほとんどない。中高一貫の進学校に入学するも勉強について行けず落ちこぼれ、そんな家族に酒を飲み暴れた父と母の壮絶なエピソードを友達が笑ってくれた事でお笑いの道へ進む。
1988年5月大阪NSC7期生として入学、元相方は雨上がり決死隊の蛍原徹。オール巨人の二番弟子として修業。3度コンビを結成し、「I少年D」結成時は第25回「NHK上方漫才コンテスト」優秀賞を受賞した。解散後1999年フリーとなり上京。2001年喰始と出会い「ノンフィクションスタンダップコメディアン」の芸風となり、2003年WAHAHA商店に参加。
焼津親善大使に就任していたが本人が知らない間に解任。メディアへの露出は少ないが、講演会や全国200本以上のライブをし、すでに日本8週を達成。そのライブ会場等で土下座を繰り返しながら、風呂なし共同トイレの第二やよい壮で不幸をエンジョイする生活を送っていたのだが、婚約を発表し風呂・トイレ付きの部屋に嫁と暮らしている。

大阪NSC時代

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1989年6月~1990年8月までオール巨人の第二弟子をしていた。オール巨人は弟子を取る時に履歴書と心構え等を書いた書面を提出させて、全て保管しているという。修業中は失敗して何度も坊主になり、2回破門を言い渡されているが、トラブルで借金の肩代わりをしてくれたのは師匠であった。こちらは2011年、コラアゲンはいごうまんシアターセブンこけら落し公演後の打ち上げにて撮影された貴重な写真。

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大阪NSC時代にコンビを組んでいた、雨上がり決死隊の蛍原徹。TVでかつて組んでいたコンビの話になると毎回揉めるのが当時のコンビ名。コラアゲンはいごうまん「ホワイト&ホワイト」蛍原「メンズホワイト」両者の主張は楽しく続くのであった。

喰始そしてWAHAHA本舗との出会い

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「君に面白いことを考える才能はない」
舞台演出家でありWAHAHA本舗主宰の喰始に断定された。ある日「リカちゃん人形に向かってしゃべれ」と言われる。とりあえずやってみたコラアゲンはいごうまんに「小手先の笑いには何も未来が無い。1回でも良いから面白くなくてもしゃべりたくてたまらないことをしゃべってみろ。」とアドバイスを頂いたのがきっかけだった。
それから度々出される200超ものミッションを遂行していった。「マズイのに行列が出来るラーメン屋」「ヤクザ事務所に弟子入り」「インドでイケナイ葉っぱを取材」など生易しいものは何一つ無かった。
そんな過酷な体験後に訪れた相田みつを美術館で感銘を受けたコラアゲンはいごうまんが、喰始に話すと「来たねー!来たねー!人間が見えた、面白い!」と死ぬほど笑ったという。”笑いを狙うとスキが生まれる。笑いを捨てろ”ここから喰始との心の距離が近づいた。

WAHAHA本舗・梅ちゃんこと梅垣義明さんからは「中国山間部出身の身分の低い顔」と呼ばれていたり、ポカスカジャン・大久保ノブオさんからコラアゲンはいごうまんに捧げた歌「なあ売れない芸人」が歌われたりと、愛されキャラが見て取れる。

[ノンフィクション スタンダップ・コメディ]というスタンス

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体験ノンフィクション漫談家
『ノンフィクションスタンダップ・コメディ』が彼のスタイル。スタンダップ・コメディとは、劇場やBarなどで1人でステージに立ち、観客に向けてまくし立てて話す欧米特有のスタイル。そのスタイルで全米コメディツアーを成し遂げたRIO KOIKE(小池良介)さんや、世界大会でチャンピオンに輝いた、吉本興業所属のぜんじろうさんが有名。

活動紹介<メディア出演>

[テレビ]
▼ザ・ノンフィクション 年収100万円芸人物語
▼銭形金太郎
▼たけしの誰でもピカソ
▼やりすぎコージー
▼草野☆キッド
▼笑点
▼ダウンタウンDX
▼有田チルドレン
[ラジオ]
▼兵藤大樹のほわ~っとエエ感じ ゲスト出演
[Vシネマ]
▼なにわ極楽会館
[CM]
小学館 ビックコミックオリジナル 裸犬編

[人志松本のすべらない話]2010年聖夜スペシャル【ヌーディスト】【矢沢永吉】
観客席に居た柴田理恵・久本雅美からも「この中で唯一テレビに出ていない人だから頑張って欲しい。終わったら焼肉!」と応援のコメントが寄せられていた。

後に紹介するツアー初日のライブ会場宅「鈴木さん」の奥様・順子さんが『すべらない話』出演を振り返って言ってくれた言葉

「メンバーの中でコラアゲンは誰より知名度なかったけど 自分の事のように感動して見てた人の数は誰より多かったと思うよ これからも頑張って」

出典: BLOG.LIVEDOOR.JP

すべらない話に出させて頂いて、僕もすごく嬉しかったんですけど、何よりも嬉しかったのは今まで関わってきた方がすごく喜んでくれたんですよ
そういう方がいれば、万が一僕が売れても芸の根幹はブレないだろうなと思います。なぜ、テレビに出たほうがいいのか明確に自分で理解していればテレビにのまれないと思います。喰さんからも言われました。売れたいって思ってテレビに出るのと、誰かを笑わせたいと思ってテレビに出るのは全然違うと

出典: NEWS.MYNAVI.JP

ヤクザ事務所に弟子入りいた時に、後輩に抜かれ悩みを相談したコラアゲンはいごうまんがヤクザ組長代行に言われた言葉が生きている。
「お前は芸人としての信念がブレ始めている。何で芸人をやってる?お客様を喜ばせるためだろう?信念のためには命を張らんといかん。ヤクザは職業じゃなく信念を貫く生き様のこと。それが本物の芸人じゃないのか!」

2008~2010年までテレビ東京で放送されたバラエティ番組の人気企画「やりすぎ都市伝説」に出演。【本当にあったSM入門試験】【裏アメリカLAギャングの実態】【昭和25年の算数の教科書がなぜか泣けてくる】【美唄駐屯地の秘密作戦】

今晩「やりすぎコージー」出してもらうんやけどさすが僕ですわ

番組ホームページ見たら僕だけ名前もれてた

既に先々週出てしかも全く同じメンバーやのに普通に僕だけもれるてもはや神の領域

そんな冴えない僕ですが今日は今からオーディションに行ってきます

みなさん
午後も頑張りましょう

出典: BLOG.LIVEDOOR.JP

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2005~2077年にテレビ朝日で放送された、草野仁と浅草キッドの深夜バラエティ番組「草野キッド」にテレビ出演。