偽りなき者(Jagten、The Hunt)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『偽りなき者』とは、トマス・ヴィンターベア監督によるヒューマンドラマ映画。
舞台はデンマークの小さな村。少女が何気なくついた嘘で、変態の烙印を押され村で孤立してしまった男が、自身の尊厳を守るため集団ヒステリーと戦う様を描く。2012年のデンマーク映画。日本公開は2013年3月。

『偽りなき者』の概要

『偽りなき者』とは、「セレブレーション」「光のほうへ」のトマス・ビンターベア監督によるデンマーク映画である。トマス・ビンターベア監督は「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー監督らと共に、1995年にデンマークの映画運動「ドグマ95」を始めたことでも知られている。「ドグマ95」とは、カメラは手持ちで撮影をすること、セットの中で撮影するのではなく、ロケーション撮影を主とすることなど、10個の撮影上のルール(純潔の誓い)を守る運動のことである。
主演は「007 カジノ・ロワイヤル」の悪役で世界的な認知度を上げたデンマーク出身の俳優マッツ・ミケルセン。本作では冤罪により突如不当な窮地に陥いった男の信念の闘いを熱演し、高い評価を得る。アカデミー賞外国語映画賞にノミネート、カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映され、カンヌ映画祭ではマッツ・ミケルセンの男優賞を含む3部門を受賞している。
「愛情に溢れた静かで幸せそうな生活は、ほんのわずかな”恐れ”によってすべてが闇と化してしまう」「過剰な事態は人間の中の”恐れ”が引き起こしていく」とトマス・ビンターベア監督は本作のインタビューで語っているが、映画では人々の日常に生まれた恐れが、誰も疑うことなくあっという間に真実として広まり、主人公を追い詰めていく集団ヒステリーが見事に描かれており、あらゆる社会生活で起こりうる他人ごとではない恐怖、として作品の評価を高める要因となった。
幼稚園の教師として勤務する主人公ルーカスは、友人の娘であるクララからのプレゼントを拒んでしまう。そのことに腹を立てたクララは、ルーカスが自分に性的虐待をしたという虚言を幼稚園の園長にしてしまう。クララに悪気はなかったが、その噂は閉鎖的な田舎町中に広まり、ルーカスは町人たちから変質者として壮絶ないじめを受ける。必死に自分の潔白を訴え、周囲の人々と関係を修復することができたかと思ったが、自分を変質者として扱う世間を完全に変えることはできないとルーカスは肌で知るのであった。

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『偽りなき者』のあらすじ・ストーリー

11月。デンマークにある小さな村。妻と離婚し息子と離れ、失業から幼稚園の教師という再就職先を見つけたルーカスは、寂しさを感じつつも愛犬のファニーや、趣味である狩猟の仲間達、親切な幼稚園の同僚達、そして自分を慕ってくれる幼稚園の児童達に囲まれて楽しく穏やかに暮らしている。
週末を控えたある日、ルーカスがいつものように幼稚園に出勤していると、狩猟仲間で親友であるテオの娘クララが、どちらがクララを幼稚園に連れて行くかで夫婦喧嘩中の両親から逃れ、外でぼんやりと待っている。ルーカスはテオと話して、自分がクララを幼稚園に連れて行くことにする。クララは、なぜか地面にある線を踏んで歩いてはいけないというルールを自分に課す、想像力豊かで風変りな女の子で、一人でいることが多く、これまでもルーカスは一人でいる時を見かけては度々優しく声を掛けてあげていた。優しいルーカスのことが大好きなクララは、幼稚園に着くとルーカスにハートの形をした玩具の贈り物をあげて、どさくさに紛れてルーカスの口にキスをする。ルーカスは、こういう贈り物は同年代の男の子にすること、口にキスはしてはいけないことを優しくクララに諭すが、拒絶されたと思ったクララは拗ねてしまう。その日の夜、クララは両親が自分を迎えに来るまでの時間に、幼稚園の園長であるグレテに、今日幼稚園内でルーカスに男性器を見せられ、自分がルーカスにあげようとして拒まれたハート形の玩具を渡されたと嘘をつく。クララはその数日前に、兄とその友人にふざけてポルノ写真の男性器を見せられており、嫌悪感でトラウマのように記憶に残っていたことをルーカスへの当てつけに持ち出したのだ。
一方ルーカスはこの週末、離れて暮らす息子を引き取ることが決まり、狩猟仲間達との狩りを楽しみ、自分に好意を寄せてくれていた同僚の女性であるナディヤとも結ばれ、幸せな週末を過ごしていた。

週明け。ルーカスは幼稚園に出勤するとグレテに呼び出され、クララの名前を伏せた上で、ルーカスに男性器を見せられたと言っている園児がいるという話をされ、絶句する。そして、調査のため休暇をとるように言われる。その後、グレテは調査員である知人の男性を呼び、あらためてクララに先週末に話した内容を話させ、ルーカスの話を聞くことなく事実であると一方的に断定すると、保護者会で園内で大人による児童への性的虐待があったと話してしまう。さらにグレテはルーカスの元妻に電話をして、ルーカスが児童に性的虐待を加えたと報告し、息子をルーカスに引き渡すべきではないと忠告したため、ルーカスは息子を引き取ることができなくなってしまう。そのことを知り激怒したルーカスは、幼稚園にいるグレテに激しく詰め寄り口論になると、興奮したグレテがうっかりクララの名前を漏らしたことで、ルーカスはその時初めてクララがこの作り話の発端であることを知る。ルーカスはすぐに身の潔白を晴らすためテオの家に行くが、テオとテオの妻であるアグネス(アンヌ・ルイーセ・ハシング)は全く聞く耳を持たず、二人に激しく罵られる。そのやり取りを見て怯えるクララは、ルーカスが去った後アグネスに自分はルーカスに何もされておらず、わざと言っただけだと打ち明けるが、アグネスはクララにとってあまりに辛い現実だから、実際は起こってないと思い込もうとしていると解釈してテオにも話さず、自分の中で消化してしまう。
息子を取り返そうと焦るルーカスは自宅で元妻に電話をするが、元妻は電話に出てくれない。幼稚園から呼び出しを受けて戻った恋人のナディヤが、自分に疑いの目を向けていると感じ、心にゆとりを無くしたルーカスは自宅からナディヤを追い出す。

12月。仕事もクビになり、友人も離れていき孤立するルーカスの元に、息子のマルクス(ラセ・フォーゲルストラム)が母親に無断で訪ねてくる。狩猟仲間の親友で、唯一自分の身の潔白を信じてくれるブルーン(ラース・ランゼ)も加わり、久しぶりの団欒を楽しむ。マルクスがスーパーに食料品を買い出しに行くと、顔見知りであるスーパーの店長はルーカスの状況を鑑み、父子共々もう二度と来るな、と冷たい態度を取る。落ち込み自宅に戻ると、ルーカスが警察に逮捕され連行されている。話が膨らみ、ルーカスはクララ以外の複数の児童に対する性的虐待の容疑を持たれていたのだ。マルクスはテオの家を訪ね、クララになぜ嘘をつくのかと激しく詰め寄ると、テオの家に集まっていた村人達に家の外に連れ出され殴られる。合鍵を持たないため、家にも帰れず彷徨うマルクスはブルーンの家を訪ねると、ブルーンの家族は暖かく迎えてくれる。翌朝、ルーカスは釈放されマルクスとブルーンが出迎える。ルーカスとマルクスが自宅に戻り他愛もない会話を楽しんでいると、大きな石が窓を突き破り家の中に投げ込まれる。ルーカスが外に出ると、愛犬のファニーの死体が転がっている。マルクスの身の安全を懸念したルーカスは、元妻の住居にマルクスを帰すことにする。

再び独りぼっちになったルーカスは、食料品を買いにスーパーに出かけるが、販売を拒否される。買う権利があるとルーカスが抵抗すると、店員に突然殴られる。ルーカスは挫けず再び権利を主張するが、スーパーにいる他の客はそんなルーカスを冷たい目で見ている。ルーカスは店員にさらにひどい暴行を受け、店の外に放り出される。倒れていたルーカスは立ち上がりスーパーへ戻ると、自分を殴った店員の顔面に頭突きを喰らわせ、店を後にする。血を流して足を引きずりながら店から出てくるルーカスを偶然テオが目撃し、声を掛けようとするがアグネスに止められ、苦し気に顔を背ける。

クリスマスイブ。教会では村人が集まってミサが行われており、そこにボロボロになったルーカスが教会に現れ、皆の注目を浴びながら聖堂の椅子に座る。少し離れた後ろの席に座るテオとアグネスも、動揺して見ている。ルーカスは振り返り、じっとテオを見つめる。真っすぐに自分を見つめるルーカスの目を見つめ返すテオは、自分達は何か大きな過ちを犯しているのではないかと葛藤する。ルーカスの勤めていた幼稚園の児童達が讃美歌を歌うために登場し、そこにはクララやナディヤ、グレテの姿もある。讃美歌が始まり涙を流すルーカスは、テオの元に行き殴りかかる。ルーカスは自分には何もない、もう自分を苦しめるな、とテオに訴えると、周りの村人に教会の外に連れ出される。自宅に戻ったテオは、寝室で横になるクララの元に行き、ルーカスは本当は自分に何もしていないという告白を涙を流しながら聞く。そして、テオはアグネスの制止を振り切り、酒と食料を持ってルーカスの家を訪ねる。
翌年のある日。猟銃の免許を取得したマルクスが、翌日初めての狩りに出ることを祝して盛大なパーティーが催されている。ルーカスに対して憎悪の感情で接していた村人達も大勢集まり笑顔でルーカスと言葉を交わし、ナディヤもルーカスに寄り添うように隣に座っている。とても賑やかで楽しいパーティーの最中、ふとルーカスがクララを見ると彼女は線のたくさん入った床を渡ることができずに立ち往生している。ルーカスは一瞬複雑な表情を見せるが、笑顔でクララを抱きかかえ線の入ってない床があるところまで運んであげる。クララも笑顔でルーカスにお礼を言う。翌朝、ルーカスはマルクスや村人達と狩りに出る。初めての狩りにはしゃぐマルクスと別れ、ルーカスが一人で獲物を待ち構えていると、突然狙撃される。間一髪で逃れたルーカスが狙撃手がいる方向に目をやると、逆光で顔は見えず、狙撃手は走り去っていく。ルーカスは、自分に向けられた憎悪は終わっていないことを知る。

『偽りなき者』の登場人物・キャラクター

ルーカス(演:マッツ・ミケルセン)

幼稚園の教師。離婚歴があり、元妻や息子とは離れ一人で暮らしていて、ファニーという犬を飼っている。42歳。
狩猟が趣味で、狩りをした後は狩猟仲間と山小屋で酒を飲む、というのが定番のようだ。
元妻に引き取られた息子を溺愛しており、一緒に暮らしたいという想いを元妻に訴え続けてようやく実現にこぎつけるが、児童虐待の疑いを持たれたことで取りやめになる。
穏やかで優し気な雰囲気から友人や同僚達との関係も良好で、幼稚園の児童達からも好かれ、映画の序盤には幼稚園内で児童達とよく一緒に遊んでいる。しかし、児童に対する性的虐待の疑いを持たれたことで幼稚園の教師の職を失い、村中の人間に嫌われて孤立することになる。

テオ(演:トマス・ボー・ラーセン)

ルーカスの親友で狩猟仲間。妻はアグネス。娘はクララ。
児童虐待事件の発端であるクララの父であるが、ルーカスの幼馴染の親友でもあるため、ルーカスは自分が無実であると一番信じて欲しい相手であるはずだが、ルーカスが身の潔白を訴えた時には全く耳を貸さず、激しく罵倒する。そのため、終盤クリスマスイブの教会で、追い詰められたルーカスは怒りと暴力という形で、自分の想いをテオにぶつけることになる。だが、教会でのルーカスの様子やクララの告白を聞き、ルーカスの無実を最初に確信する人物でもある。

クララ(演:アニカ・ヴィタコプ)

テオとアグネスの娘であり、ルーカスが務める幼稚園に通っている。ルーカスの飼い犬であるファニーが大好き。
少し変わった女の子で一人でいることが多く、親友テオの娘でもあるため、ルーカスは時々テオの家と幼稚園までの道中を家まで送ったり、幼稚園まで連れて行ったりしてあげていた。そのルーカスの優しさに幼い恋心を抱いたことが、やがてルーカスが村中の人々から理不尽な迫害を受ける原因となる嘘へと繋がる。
思い込みの激しい性格で、なぜか道や床など地面にある線を踏んではいけないと思い込んでおり、また、実際は全くの嘘であるはずのルーカスによる性的虐待を、大人から言われ続けて嘘と真実が混同してしまう場面も見られる。

マルクス(演:ラセ・フォーゲルストラム)

ルーカスの息子であり、現在はルーカスの別れた元妻である母親と同居している。マルクスの名付け親はルーカスの友人ブルーンである。
ルーカスと同様狩猟をしたいと思っており、狩猟の免許が取れる年齢になるの待っている。
父親のルーカスを愛しており、ルーカスとの同居を望んでいるが、母親の同意が得られずやむなく母親と暮らしている。ルーカスの長い説得の末、ようやくルーカスとの同居を母親が認めるが、グレテが母親にルーカスの児童虐待疑惑を話したため、取り止めになってしまう。その後、ルーカスの現状を心配し、家を無断で抜け出してルーカスの元へ駆けつけると、ルーカスと同じく村人達から冷たい扱いを受けることになる。
女の子が苦手で恋人はいない。

グレテ(演:スーセ・ウォルド)

ルーカスが勤務する幼稚園の園長。子供は嘘をつかないと盲信している。
性に対して過剰に潔癖で嫌悪感を抱いている面があり、クララに性的虐待時の様子を聞き出している最中に思わず吐いてしまう。思慮深さに欠ける人物で、その性に対する潔癖さや、子供は嘘をつかないと盲信する姿勢から、性的虐待疑惑に関して教師であるルーカスの言い分を全く聞こうともせずに事実であると断定し、幼稚園の保護者会やルーカスの元妻に話したことにより、ルーカスが酷い迫害を受けるきっかけを作る。

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