トーマの心臓(萩尾望都)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『トーマの心臓』とは、萩尾望都により1974年から『週刊少女コミック』にて全33回連載された、ドイツのギムナジウムを舞台に少年たちの迷いやふれ合いを描いた少女漫画である。閉鎖的なギムナジウムの中で迷い愛を知る少年たちが繊細描かれており、根強い人気を誇る少女漫画の不朽の名作である。その冬最後の雪の日、ひとりの少年が死んだ。主人公・ユーリの元には一通の短い遺書が届く。儚く美しい少年達の信仰、愛、友情を描く。

トーマの遺書

「ユリスモールへ さいごに これがぼくの愛 これがぼくの心臓の音 きみにはわかっているはず」
遺書の全文。短いが謎めいていて印象的な文章である。

トーマの恋文

ぼくは ほぼ半年のあいだずっと考え続けていた
ぼくの生と死と それからひとりの友人について
ぼくは成熟しただけの子どもだ ということはじゅうぶんわかっているし
だから この少年の時としての愛が
*性もなく正体もわからないなにか透明なものへ向かって
投げだされるのだということも知っている

これは単純なカケなぞじゃない
それから ぼくが彼を愛したことが問題なのじゃない
彼がぼくを愛さねばならないのだ
どうしても

今 彼は死んでいるも同然だ
そして彼を生かすために
ぼくはぼくのからだが打ちくずれるのなんか なんとも思わない

人は二度死ぬという まずは自己の死 そしてのち 友人に忘れられることの死

それなら永遠に
ぼくは二度目の死はないのだ(彼は死んでもぼくを忘れまい)
そうして
ぼくはずっと生きている
彼の目の上に

作品の冒頭、トーマの死が描かれたあとに登場する詩だが、のちにトーマの恋文であることがわかった。
図書館の『ルネッサンスとヒューマニズム』という難解な本に、繊細な字で書かれ挟まっていた。
冒頭では上記の通りだが、作中で恋文として書かれたものは*に差異があった
*なにか透明なものへ向かって(性もなく正体もわからない)

印象的で美しい詩である。

エーリク「ぼく片羽きみにあげる 」

トーマが自分を愛していたことを知りながら、何もできなかったユーリが「ぼくには翼がない」と嘆くと、エーリクは「もしぼくに翼があるんならぼくの翼じゃだめ? ぼく片羽きみにあげる… 両羽だっていい。きみにあげる。ぼくはいらない。そうして翼さえあったらきみは…トーマのところへ…」と、ユーリに語りかける。
無償の愛に気づいたユーリがトーマの遺書の意味を理解するきっかけとなるシーンで、トーマがユーリに死と引き換えに自分の翼をくれたのだと気づく。

『トーマの心臓』の裏話・トリビア・小ネタ/エピソード・逸話

本作に影響を与えた作品

フランス映画『悲しみの天使』を見た作者は、寄宿舎の少年たちがの物語を描きたいと思い筆をとった。映画は不幸になって終わったので、救いのある話にしたそうだ。ヘルマンヘッセを読みドイツへの憧れを抱いており、ドイツを舞台にした。
作者自身の「ひたすらいい子でありたかった」という少女時代を主人公に重ね、完璧を目指す善人の成長を描きたかった、とも言っている。

苦戦した人気投票

本作は連載開始当初は人気投票で最下位を記録し、打ち切りの危機にあった。同時期に描いていた『ポーの一族』シリーズは人気があり、代わりに連載をさせる案もあったほどだった。本作の連載が終わったら『ポーの一族』を描く約束をして連載を続けたが、徐々に人気投票の順位をあげ33回の連載をやりきった。

萩尾望都の影響

独特の画面構成。コマがなく流れるような線で読む順番がわかる。

少女漫画は女児向けの作品が多く、お姫様と王子様の恋物語が主流であった。1970年初頭に「24年組」と呼ばれた彼女らの登場によって少女漫画に革命が起こった。
萩尾望都・竹宮惠子・大島弓子・山岸凉子・青池保子・木原敏江・山田ミネコなど昭和24年前後に生まれた女性作家が名を連ねる。彼女らは文学を好み、それまでにない作品を残した。
情緒的で知性を感じさせる表現、複雑なコマ割りと繊細な画面構成、過激な性表現、男性漫画が独占していたSFへの挑戦など、新たな読者層を開拓した。
きっかけとなったのは、本作の作者でもある萩尾望都と竹宮惠子が共同生活していた「大泉サロン」(練馬区南大泉)に集まった漫画家たちである。作風は様々だが、少年を主人公にした作品が多く残され、現在のボーイズラブの起源となっている作品も多い。
萩尾望都は24年組の代表作家であることはもとより、『残酷な神が支配する』で第1回手塚治虫文化賞受賞、少女漫画家では初となる紫綬褒章を受賞、文化功労者に選出を果たし、少女漫画に地位を築いた先駆者である。

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@hiroyasukun3

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