目次

  1. 概要
  2. メンバー
  3. イアン・カーティス (Ian Curtis)
  4. バーナード・アルブレヒト (Bernard Albrecht)
  5. ピーター・フック (Peter Hook)
  6. スティーヴン・モリス (Stephen Morris)
  7. オリジナルアルバム
  8. 「Unknown Pleasures」
  9. 「Closer」
  10. 代表曲
  11. Shadowplay
  12. She's Lost Control
  13. Atrocity Exhibition
  14. Transmission
  15. Atmosphere
  16. Love Will Tear Us Apart

概要

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幼馴染であったバーナード・アルブレヒトとピーター・フックは1976年6月にマンチェスターで行われたセックス・ピストルズのライブを見に行った。
ライブに衝撃を受けた2人は自分たちでもバンドを結成することに決め、バーナードはギター、ピーターはベースを担当することにした。その後、彼らの事を以前から知っていたイアン・カーティスがボーカル募集の張り紙を見て彼らに連絡を取り、オーディション無しで加入した。ドラマー探しには難航したが、最終的にイアンと同じ学校に通っていたスティーヴン・モリスがドラマーとして加入しメンバーが固まった。

当初彼らと同じイギリス出身のバンド、バズコックスのマネージャーの命令によりバンド名をスティフ・キトゥンズ(Stiff Kittens)にされていたが、すぐさまデヴィッド・ボウイの1977年のアルバム「LOW」収録曲から取ったワルシャワ(Warsaw)と変更した。
しかしながら、同じ名前を使用しているバンドがいる事が分かったため、バーナードの発案、そしてバンド内での相談により、1978年から「ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)」と名乗るようになった。このバンド名は第二次大戦中のナチス・ドイツの強制収容所に設けられた慰安所に由来する。

1978年バンドは地元のインディーズレーベル、ファクトリー・レコードのオーナーであり、地元の音楽シーンの顔役であったトニー・ウィルソンが司会を務めるテレビ番組に出演することになった。バンドは地元から少しづつ知名度をあげていき、その後ファクトリーとレコード契約を締結することに成功した。1979年1月にはイアンがイギリスの音楽誌ニューミュージックエクスプレスの表紙を飾る。

1979年4月から1stアルバムの「アンノウン・プレジャーズ」の録音を開始する。パンク・ロックの影響を引きずっていた彼らの演奏は荒削りで雑なものであったが、プロデューサーを担当したマーティン・ハネットによりサウンドに効果的な変化が加えられ、緊張感がはりつめる空気と暗く重い感情を同時に表すサウンドが作り上げられた。インディーチャートでは首位を獲得するなど、一定の成功をおさめた。
アルバム発売した後、バズコックスの全英ツアーにサポートとして帯同することとなり、メンバーはそれまで続けていた定職を辞め、バンド活動に専念することが出来るようになった。同年11月には、アルバム未収録シングル、「トランスミッション」をリリースした。

1980年に入るとバンドは1月にヨーロッパツアーを行い、2月には全英ツアーを行った。イアンは過密なスケジュールによってツアーの後半には2度に渡って、てんかんによる痙攣を起こした。3月からは2枚目のアルバム「クローサー」の制作を開始するためスタジオに入った。
アルバム制作による睡眠不足は更にイアンの精神状態を悪くしていき、てんかんを抑えることが出来なくなっていった。
同年4月に追い込まれたイアンは抗てんかん薬を過剰摂取し、自殺を図った。一命は取り止めたがものの、休むことなく翌日もライブを行ったため更に容態が悪くなった。

5月にはバンド初のアメリカツアーを行うことになった。イアンはこの頃、妻であるデボラとの関係も悪くなってこともあり、精神的にますます追い詰められていた。そして、アメリカツアー出発の前日に自宅で首を吊り自殺をした。
遺作であるシングル「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」、2枚目のアルバム「クローサー」はイアンの死後リリースされ、賞賛を持って受け入れられたが、ボーカルを失ったバンドは全てのツアーをキャンセルし、活動を停止した。

ジョイ・ディヴィジョンのメンバー間では以前から、一人でもメンバーが欠けた場合、同じ名前でバンド活動は行わないという取り決めをしていた。残されたメンバー達は最終的に「ニュー・オーダー」というバンド名に改め、活動を続けていくことにした。

メンバー

イアン・カーティス (Ian Curtis)

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ボーカルと作詞を担当した。
バンドがヨーロッパツアーを終え、アメリカツアー目前に自宅で首をつって自殺をした。23歳没。
腹の底から出されるようなバリトンボイスが特徴的である。

バーナード・アルブレヒト (Bernard Albrecht)

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主にギターを担当していた。
現在はバーナード・サムナーと名乗っていることが多い。
ジョイ・ディヴィジョン解散後のバンド、ニュー・オーダーではボーカルと作詞も担当している。

ピーター・フック (Peter Hook)

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ベース担当。フッキー(Hooky)と呼ばれることがある。
ベースを低い位置に構え、ギターのような高音域のメロディを奏でる独特のスタイルで有名。

スティーヴン・モリス (Stephen Morris)

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ドラム担当でジョイ・ディヴィジョンでは最年少メンバーだった。
「機械的」とも評される硬く手数の多いドラミングが特徴的である。

オリジナルアルバム

「Unknown Pleasures」

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01. Disorder
02. Day of the Lords
03. Candidate
04. Insight
05. New Dawn Fades
06. She's Lost Control
07. Shadowplay
08. Wilderness
09. Interzone
10. I Remember Nothing

1979年にリリースされたデビューアルバム。
インディーチャートではそこそのの売り上げを見せたものの、メジャーではなかなかヒットに結びつかず、イアンの死後になってようやく全英チャートインを果たした。
ジャケットには初めて発見されたパルサー(可視光線などを発生させる天体)の波形が使用されている。

「Closer」

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01. Atrocity Exhibition
02. Isolation
03. Passover
04. Colony
05. A Means to an End
06. Heart and Soul
07. Twenty Four Hours
08. The Eternal
09. Decades

1980年リリースの2枚目にして最後のアルバム。
ポストパンクを代表する1枚で、アメリカの音楽メディアであるピッチフォークは2002年に行った80年代のアルバムランキングで本作を10位にしている。

代表曲