『THE YELLOW MONKEY』解説まとめ【経歴・人物(メンバー)・アルバム・代表曲など】

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90年代半ばからスマッシュヒットを飛ばし、人気絶頂の2001年に活動休止、後に解散したロックバンド、「THE YELLOW MONKEY」。
2016年、ファン待望の再結成を行い、全国20か所をツアーで回った。
再結成後にはシングル『砂の塔』をリリースし、2016年年末の紅白歌合戦に初出場が決まった。

THE YELLOW MONKEYのプロフィール

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THE YELLOW MONKEYは1988年結成のロックバンド。
2004年に解散したが、2016年に再結成。
シングルリリース、ライブ活動を精力的に行っている。

結成からデビュー

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1988年に結成し、当初は吉井がベースを担当していた。
ベーシスト廣瀬の加入、前ヴォーカルの脱退で、吉井はギター・ヴォーカルへと役割を変える。
また、すでにメジャーデビューしていたドラムの菊地英二が加入。
さらには、英二の実兄・英昭がギターとして加入し、1989年に現メンバーが揃った。

1991年にはインディーズレーベルENGINEから『Bunched Birth』をリリースした。

メジャーデビュー

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1992年、日本コロンビアと契約を結び、1stシングル『Romantist Taste』でメジャーデビューを果たした。
バンドとしては2作目で、メジャーファーストアルバム『THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE』をリリースしたが、オリコンチャート圏外という散々な結果だった。

1994年、コンセプトアルバム『jaguar hard pain』をリリース。
オリコンチャートは28位と今一つだったが、ライブの観客動員は軒並み上昇し、翌年に武道館公演を行うことも決まった。

路線変更からのブレイク

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「10万枚で終わるか、オリコン1位を目指すか」とディレクターに問われたメンバーは、「オリコン1位を目指す」と答えた。
これにより、オリコンを意識した楽曲作りを始めた。

1995年2月、メジャー4枚目のアルバム『smile』はオリコンチャート初登場4位を記録した。
同年11月には、メジャー5枚目のアルバム『FOUR SEASONS』をリリースし、バンド初のオリコンチャート初登場1位を獲得した。
その後のシングル、アルバムともにオリコン上位の常連となり、人気を不動のものとした。

活動休止、そして解散

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8枚目のメジャーアルバム『8』のレコーディングあたりから、多忙さからメンバー間に距離ができる。
そして、2001年、初の東京ドーム公演である「メカラ ウロコ・8」終了後、バンドは活動を休止した。

メンバーはそれぞれソロ活動を行っていたが、2004年、東京ドームで開催された「THE EXHIBITION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラウロコ・15」の最終日に、バンドの代表曲『JAM』を演奏し解散した。

再結成

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2016年申年、THE YELLOW MONKEYの新公式サイトで突如カウントダウンが表示された。
カウントダウン当時の1月8日、再結成と全国ツアーが発表された。
同年10月には再結成後初のシングル『砂の塔』をリリース。
12月には紅白歌合戦に初出場。

メンバー紹介

吉井和哉

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ヴォーカル担当。愛称はロビン(LOVIN)。
多くの楽曲で作詞作曲を行っている。
元妻とは三女一男をもうけており、2015年に結婚した眞鍋かをりとの間にも子供が生まれている。

菊地英昭

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