目次

  1. 投機で成功した成金だった
  2. 写真で世界を平和にすることを決意
  3. 世界中にカメラマンを派遣
  4. 色鮮やかな民族衣装
  5. アルベール・カーンと日本
  6. 破産、そして晩年のカーン
  7. アルベール・カーン美術館

投機で成功した成金だった

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アルベール・カーンは、1860年にドイツ・フランス国境に近い
アルザス地方に生まれました。実家は貧しいユダヤ系の家畜問屋でした。
1870年、敗戦でアルザス地方がドイツに併合されることが
決まると、一家はその地を離れました。
16歳になったカーンは、パリで銀行員として働きながら
勉学を続けました。1889年から1893年にかけて、主に
南アフリカの金鉱とダイアモンド鉱への投機で莫大な
財産を築いたカーンは、のちに自らの銀行を設立しました。

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しかし19世紀末、ヨーロッパに反ユダヤ主義の空気が漂うと、
第一線を退きます。パリ郊外のブローニュに広大な
庭と邸宅を構えると、そこを地球全体をモチーフにした庭園に
作り変えてゆきます。

写真で世界を平和にすることを決意

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カーンは世界平和を願っていました。それは、迫害される側の
ユダヤ系の家に生まれたことと関連しているのかもしれません。
カーンは「人と人との争いを失くすためには、まずお互いの
文化や思想の違いを知る必要がある。異文化を知ってもらう
ためには、ダイレクトに伝えやすい写真を見てもらう
方法がいい」と考えました。
そこで、私費でカメラマンを雇い世界中に派遣しました。
時に自らも海外に遠征して撮影された映像は、実に
72000点にも及びました。

※写真はモンゴルで撮影された現地の女性

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撮影された写真は、当時まだ珍しいカラー写真で
オートクローム法という写真技法が使われていました。
色鮮やかですが、どこかレトロな独特の風合いが
あります。

※写真はインドネシア領ベトナムで撮影された京劇の役者

初めて商業的成功を収めることになったカラー写真技法は
1904年にフランスのルミエール兄弟により発明された
「オートクローム法」と呼ばれるものです。
RGB(オレンジ、緑、紫青)3色に着色したでんぷんを
白黒写真用の乾板の上に塗って3原色のフィルターの役目をさせ
カラー写真を実現しました。これは1907年から市販され
本格的なカラー写真として使われました。

出典: WEBCACHE.GOOGLEUSERCONTENT.COM

世界中にカメラマンを派遣

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カーンは1898年に「世界一周」という名前の今でいう
奨学金制度を作り、貧しい学生たちを外国へ留学させて
異文化交流を図りました。そして1910年から1913年に
かけて「地球史資料館」を設立。そこに、撮影された
映像や資料を集めました。

※写真はギリシャの農民たち

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世界中に派遣されたカメラマンの中には、当時まだ
珍しかった女性の写真家もいました。
カーンは被写体を選ぶ際、有名人やお金持ちではなく
なるべく女性や子供に焦点をあてて撮るようにし、お抱え
カメラマンにもそのように指示していました。

※アイルランドで撮影された民族衣装を着た14歳の少女

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戦争の様子を撮る時も、悲惨な死体ではなく
戦地で懸命に生きている兵士たちの日常風景を
数多く撮影しています。

※第1次世界大戦、フランスの兵士

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銃と少女
第一次世界大戦、フランス軍に従軍した
カメラマンが撮影した写真です。

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中には痛ましい写真も・・・
モンゴルで撮影された晒し刑にされた女性の囚人。
刑罰が過酷なことから考えて、殺人などの重罪犯
なのではないかと推測されています。

色鮮やかな民族衣装

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スウェーデンの女性たち

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セルビアで撮影

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モンテネグロで。民族衣装の男性

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中国で撮影された女性

アルベール・カーンと日本

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アルベール・カーンは日本びいきとしても知られていました。
自分の銀行を設立した時に、ヨーロッパ市場向けの日本国債の
発行を勧めました。彼は、日本の経済発展を信じた一人でした。

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1920年代の東京で撮影された姉妹。
カーンは合計で3度も訪日しています。

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カーンは日本の大隈重信とも交流し、皇室とも縁がありました。
写真は北白川宮成久王夫妻。

破産、そして晩年のカーン

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順調に思えたカーンの事業ですが、1929年の世界恐慌により
経済状況が悪化。1936年には、なんと破産してしまいます。
私財は差し押さえられ、写真や映像のコレクションも全て
フランスのセーヌ県に買い取られてしまいました。しかし、
これは後世の私たちにとっては皮肉にもラッキーな出来事でした。
なぜなら、そのおかげで貴重な映像類が散逸せずに、今日まで
残ることになったからです。

※写真はベトナムで撮影された女性