目次

  1. 人形作家としてデビュー
  2. 雑誌「少女の友」で人気イラストレーターに
  3. 自ら女性向け雑誌を創刊

人形作家としてデビュー

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中原淳一は、1913年香川県に生まれます。少年時代に親の仕事の都合で上京しまが、早くに父親を亡くしてしまします。母親と二人の姉に囲まれてお人形遊びをするのが好きな、内気な少年だったといいます。1932年、18歳のときに趣味で作ったフランス人形が好事家に認められ、デパートで個展を開くことになりました。

雑誌「少女の友」で人気イラストレーターに

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デパートでの人形展がきっかけで業界の人々と知り合い、雑誌「少女の友」の挿絵や口絵を描くようになりました。中原の絵は雑誌掲載と同時に大評判になり、一躍人気画家になりました。

自ら女性向け雑誌を創刊

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戦後は、女性に夢や希望を与えたいというポリシーの元、自らで女性雑誌「それいゆ」「ひまわり」「ジュニアそれいゆ」を創刊しました。編集長として紙面を創っただけでなく、イラストレーター、インテリアデザイナー、人形作家、ファッションデザイナーとしても活躍しました。

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中原の妻は、元宝塚男役のトップスター葦原邦子。中原が宝塚の雑誌の表紙絵を担当したことがきっかけだといわれています。

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当時日本でも一大旋風を巻き起こした女優「オードリー・ヘップバーン」をイメージした絵も数多く描いています。

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中原の絵に描かれる女性たちの魅力は、大きな瞳の焦点がちょっとだけずれていて、どこを見ているのかわからない点だといわれています。漫画家の池田理代子も中原の絵に影響を受けたとインタビューで答えています。

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中原淳一は昭和30年代に入ると、脳溢血や心臓発作などの大病を患うようになり、雑誌も廃刊しました。療養と何度かの仕事復帰を得た後、1983年永眠します。70歳でした。

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中原淳一 ART BOX 装いコレクション 単行本(ソフトカバー) – 2013/7/25

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おしゃれの絵本―中原淳一ファッションブック 大型本 – 2003/2