戦争は女の顔をしていないとは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『戦争は女の顔をしていない』とはスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによるノンフィクション小説、またこれを原作とした漫画。第2次世界大戦の独ソ戦争に参加した従軍女性のインタビューをまとめたものである。原作は1985年発行され、2015年にノーベル文学賞を受賞。その原作を元に小梅けいとが作画を担当した漫画が、2019年から電子コミック配信サイト『ComicWalker』にて連載を開始した。

『戦争は女の顔をしていない』の概要

『戦争は女の顔をしていない』とはスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによるノンフィクション小説である。アレクシエーヴィチのデビュー作であり、1985年に出版されて2015年にノーベル文学賞を受賞した。雑誌記者であったアレクシエーヴィチが1978年から500人を超える女性従軍経験者などから第2次世界大戦での独ソ戦についてインタビューした内容となっている。しかし、本は完成したにも関わらず内容が生々しく悲惨であること、共産党による指導的リーダーシップが描かれていないことなどの政治的な問題で2年間出版することが許されなかった。ゴルバチョフ政権時に行われた多方面改革のペレストロイカ後にようやく出版できたものの、当時のベラルーシの大統領に祖国を中傷する内容を書いたものを外国で出版したとして非難を浴びて、原作小説は長らくベラルーシでは出版禁止となっていた。しかし、出版禁止という圧力を受けながらも、沢山の人々に読まれたことで、1980年代終わりまでに200万部を売り上げた。

漫画版は小梅けいとが作画を、速水螺旋人が監修を務め、電子コミック配信サイトの『ComicWalker』にて2019年4月より連載が開始された。また、公式Twitterでも一部公開されている。2020年1月にコミック1巻が発売された。『機動戦士ガンダム』シリーズで著名な富野由悠季が帯に推薦文を寄稿した。コミック発売を記念して、漫画版2話と7話のシーンを使ったプロモーションビデオが作成されてYouTubeにて公開されている。

原作の著者アレクシエーヴィチがジャーナリストとして作中に登場。ストーリーはインタビュー形式で展開し、狙撃兵や衛生指導員、パルチザンなど様々な立場で戦争に参加した女性従軍経験者が戦争で感じたことが描かれている。一つの話に複数人の話が出てくることもあれば、一人の話を複数話に渡って描いているものもある。

『戦争は女の顔をしていない』のあらすじ・ストーリー

2人の狙撃兵へのインタビュー

ジャーナリストのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、かつて狙撃兵としてソ連軍に従軍していた2人の女性、クラヴヂヤ・グリゴリエヴナ・クローヒナ上級軍曹とマリヤ・イワーノヴナ・モローゾワ(イワーヌシュキナ)兵長にインタビューをするために、ミンスク市の町はずれにある戦後すぐに建てられた3階建ての建物に訪れた。軽い挨拶を済ませると、アレクシエーヴィチはクラヴヂヤとマリヤにインタビューを開始する。クラヴヂヤは狙撃兵として初めてドイツ兵を射殺したときはショックのあまり泣いてしまったものの、ドイツ兵によって焼き殺された自国の捕虜、負傷者たちの遺体を見てからはドイツ兵への哀れみを感じることは無くなったと語る。そのクラヴヂヤの姿にマリヤが寒気を覚えているのがアレクシエーヴィチにはわかった。どれだけの時間が経とうと、戦争のことを思い出すだけで心が戦争中の状態に戻ってしまうのだ。
マリヤたちの所属する隊の進軍は早かったために補給が間に合わず、満足な食事を摂ることもできない状態が続いた。前線へ向かおうとするマリア達の前に、1頭の仔馬が現れた。傍にいた男性兵士は仔馬を食料と見なし、マリアに仔馬を殺せと怒鳴った。言われたとおりに仔馬を射殺したマリアだったが、戦前の生き物が大好きだった自分がすっかり変わってしまったことに気付き、ショックを受ける。その夜、料理番によって仔馬のスープが運ばれてきたが、マリヤの仲間の女の子たちは、入っている肉が非情な手段で殺された仔馬であることを知っていたために手を付けなかった。女の子たちの気持ちを悟ったマリヤは目に涙を溜めて土豪を飛び出した。仲間の女の子たちが口々に慰めの言葉をマリヤにかけて、最終的に仔馬のスープを仲間の女の子たちと食べた。そのことが忘れられないとマリヤは語る。従軍時には男性兵士と同じような格好をしてきたマリヤにとって、戦争後に女性らしい服装や暮らしに戻らなければいけないことは苦痛であった。4年も続いた戦争での凄惨な体験は、マリアに「思い出せるのは血の色である」と語らせるほど、彼女の心を蝕んでいた。

続いて、語り始めたのはクラヴヂヤであった。クラヴヂヤは夜になると仲間の女の子たちと戦後にしたいこと、結婚についての話に花を咲かせた。しかし、それを聞いた男性大尉は従軍経験女性などと誰も結婚はしないだろうと笑われてしまう。女性としての当たり前の幸せを否定するこの言葉は酷く女の子たちを傷つけた。戦争が終わると、クラヴヂヤは故郷へと戻った。クラヴヂヤの家の近くには炭鉱があり、そこから発破音が響くと、クラヴヂヤは戦争を思い出してパニックを起こすことが続いた。精神内科がなかったこの時代、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えたクラヴヂヤを支えたのは母であった。戦争中、砲撃の音を聞くたびに「死にたくない」と怯えていたクラヴヂヤ。余りにも多くの死を目にしてきたために、死に対しての恐怖が身に沁みついていたのだ。一通りを語り終えるとクラヴヂヤは「生きて帰っても心はいつまでも病んでる」「身体が痛む方がいい」「心の痛みはとても辛いの」と拳を握り、震えながら語る。取材を終えたアレクシエーヴィチが2人に別れを告げると、マリヤはアレクシエーヴィチを抱きしめて涙を流して「ごめんよ」と言った。

人間は戦争よりずっと大きい

生まれた国が戦勝国であったことから、戦争を経験していない子供たちにとっては、戦争は人気の読み物や遊びの一種であった。幼い頃のアレクシエーヴィチは戦争が嫌いだったが、戦争が書かれた物語に触れるうちに、戦争がどういうものなのかを解き明かしたい気持ちが芽生えていった。そして、幼い頃から本が大好きであったアレクシエーヴィッチは戦争について書かれた本も読むようになっていった。戦争を体験していないアレクシエーヴィチにとって、本に書かれている戦争のリアリティに怯えながらも、戦争というものに惹かれていたのだ。本を読むだけでなく、自分が現実の戦争を体験していたのならば、戦争という底なし沼のような世界に身を投じただろうかとアレクシエーヴィチは考える。アレクシエーヴィチの生まれた村は、男のいない女ばかりの村であった。戦争を語る女たちはみな泣いていた。アレクシエーヴィチの記憶に深く刻まれている戦争中のことは村の畑には2日間の戦いの末に築き上げられたソ連軍とドイツ軍の死体の山があったことである。雨が降るとまるで死体が泣いているようであったこと、死体たちを片付けるのに1か月もかかったという、祖母から聞いた話が忘れられずにいた。いたるところで耳にする、悲惨な戦争の話をその人の中だけで終わらせないようにアレクシエーヴィチは自身の耳で聞いたことをどうやって形に残して他者に伝えればいいのかを長いこと模索していた。しかし、ある時「わたしは炎の村から来た」という、戦争を体験した人たちの声が集まってできている作品を読んだことで答えが見つかった。アレクシエーヴィチは「わたしは炎の村から来た」と同じように、自身の耳で聞いた現実の声を形にすることで、戦争というものを風化させずに他者に伝えることを決意する。そして、アレクシエーヴィチは数多の従軍女性へにインタビューを開始する。従軍女性の家へ赴いたりなどして、実際の戦争の話を聞いたアレクシエーヴィチは戦争中の人間の非情ともとれる行動、感情、他者への愛情などが戦争の大きさを越える、そういったエピソードこそが記憶の残るのだと悟る。昔に読んだアレクシエーヴィチ好きなドストエフスキーの本の一節「1人の人間の中で人間の部分はどれだけあるのか?その部分をどうやって守るのだろうか?」の問いに対して答えるように、戦争だけではなく人が生きることとは、死ぬこととはどういことなのかを書かねばならないと感じるようになった。書き上げた原稿が数多の出版社から出版を拒否されても諦めず、戦争とは何か、また人の生死について伝えようと、アレクシエーヴィチは奮闘する。

パルチザンの女性のインタビュー

アレクシエーヴィッチはドイツの侵入に対して抵抗運動をしていた元パルチザンの女性であるアントニーナ・アレクセーエヴナ・コンドラショウの元へ訪れてインタビューを開始した。アントニーナの住んでいた村は、侵入してきたドイツ兵によって占拠された。そして、ドイツ兵は捕まえた村の女性たちを「地雷よけ」として最前列を歩かせたり、子供を井戸に放り込んだり、若者をノコギリでバラバラにしたりと、残虐の限りを尽くしていた。アントニーナは井戸に落ちていく子供の声は、人間とは思えない叫び声なのだとアレクシエーヴィチに語る。そして、それらの行為を見たアントニーナの心は敵を残虐な方法で殺してやりたいという気持ちでいっぱいになり、パルチザンに入隊して憎きドイツ兵と戦った。しかし、1943年のときにドイツ兵に囚われていた母親が銃殺されたという話がアントニーナの元に届く。慌てて母が殺された場所へ駆けつけたが、遺体は対戦車防衛構に埋められた後だった。アントニーナは村の女たちと協力して地面を掘り、母親の遺体を見つけると、土塗れの遺体を瓶に入れた水できれいにしてあげた。戦争が終わっても、アントニーナはその時使った瓶を持ち続けている。時間が経ってもアントニーナの心の傷が癒えることはなく、窓の外で若者の喋り声を聞くだけで、井戸に落とされた子供の声を思い出してしまう状態であった。アントニーナは目の前で話を聞くアレクシエーヴィチに「人間の体が燃えているときの臭いなんて知らないでしょう?」と問う。答えることのできないアレクシエーヴィチに、アントニーナは「なんだか不安になる、甘みのある臭い」であると続けた。終戦から何年経とうとも、年を重ねるほどに辛さも増していく。年老いたアントニーナは、死後の世界で母親に会えることに期待をしながら、死後の本を読んでいるとアレクシエーヴィチに語った。

『戦争は女の顔をしていない』の登場人物・キャラクター

主人公

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

ベラルーシの作家。ジャーナリストをしている女性。本作の主人公にして、著者。戦争の影響で女性しかいない村で育ち、女性たちからは戦争の話ばかりを聞いていた。そして、自身の祖母から聞いた戦争中の村の畑の惨状を忘れることができず、他者にその凄惨さを伝えるために戦争経験者の生の声を本にすることを決めた。そして、500人以上の第2次世界大戦に従軍した女性たちにインタビューをして、本としてまとめて出版した。従軍女性たちの話を聞き、その凄惨さに涙を流すなど、人の気持ちを理解することのできる女性である。

従軍女性

ワレンチーナ・クジミニチナ・ブラチコワ・ボルシチェフスカヤ

従軍洗濯部隊政治部長代理を務めた女性。戦争が始まった頃は孤児院に勤めていたが、後に戦線に志願した。そして、スターリングラード近郊の野戦病院に赴任。その後、クールスクでは野戦病院から戦場の洗濯部隊政治部長代理を任命されて、志願して雇われた数多の女の子たちの指導を担当する。
規律を重んじる生真面目な性格をしている。自身の部隊の女の子たちを大事にしており、汚い洗濯女だと男性兵士から誹りを受けて悔しがる女の子たちのために一肌脱ぐなど面倒見がとても良い。そのため、部隊の女の子たちからは母や姉のように慕われていた。戦争中に自身の部隊の女の子たちがドイツ兵を2人捕まえたにも関わらず、戦争中は評価されなかったことに怒って上層に訴えたが、代表者2名までを表彰しないと言われてしまう。それでも、多くの女の子たちが表彰されて勲章を受け取れるように上層に申し立てをするなど強い一面も持つ。女の子たちを家に帰らせる時には、ドイツ駐屯地で手に入れたミシンをプレゼントした。

ワーリャ

ワレンチーナの率いる洗濯部隊に所属していた可愛らしい見た目の女の子。ワレンチーナが本部へ行くため部隊を離れていた間に他の部隊の大尉と関係を持ち、妊娠してしまう。その後、洗濯部隊を除隊した。

エフローシニヤ・グリゴリエヴナ・ブレウス

軍医を務めていた女性。ドイツ軍を追撃するためにドイツ領に来た際に、ドイツ人女性が戦争など無いかのような振る舞いでコーヒーを飲んでいる姿に、自国とのあまりの差に憤りを感じていた。捕虜のドイツ兵に食事を分け与えたりするなど優しい一面を持つ。また、他の兵士もドイツ兵に食事を分けている姿を見て、他者を思いやる自軍兵士の気持ちに愛を感じていた。夫と共に出征していたが、東プロイセンを進軍している際に攻撃を受けて夫を亡くしてしまう。戦争中は亡骸は亡くなったその場での合同埋葬になるが、夫の亡骸を自国のベラルーシに連れて帰ることを決める。亡骸を持ち帰ることは異例であり、上官に頼み込んでどうにか自国へ夫を連れ帰ることに成功する。戦争中であっても夫への恋心など愛を忘れない人であった。

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