パサジェルカ

パサジェルカのレビュー・評価・感想

New Review
パサジェルカ
8

アウシュヴィッツ強制収容所の一端を映像化した、アンジェイ・ムンク監督の遺作『パサジェルカ』

『パサジェルカ』は1963年公開のポーランド映画で、監督はアンジェイ・ムンク、ヴィトルト・レシエビッチで、強制収容所アウシュヴィッツとラベンスブリュックに収容された経験のあるゾフィア・ポスミッツの体験に基づく脚本を素材にしました。この映画は未完の作品です。その理由は監督が交通事故で亡くなったからなのですが、ナチスドイツの絶滅収容所の恐ろしく冷徹な真実と、通常人が拷問者に変わっていく過程を描いた作品としては見事に仕上がっています。
ドイツ人女性リザは大西洋を横断する客船の中で、死んでしまったと思っていた女性(アウシュヴィッツ収容所の元・囚人)に遭遇する。リザは彼女の過去を全く知らない米国人の夫ウォルターにアウシュビッツのこと、また自身が親衛隊の看守であったことは全く明かしていません。リザは自分の姿勢を正当化していますが、徐々に明らかになる真実は彼女が思い描いているものとは隔たっていました。リザは、政治的な犯罪ゆえに逮捕されたポーランド女マルタがいかに彼女を拒絶したかを映画の中でモノローグで語り続けます。作品では、大西洋横断の旅という贅沢な静けさとアウシュヴィッツの場面のフラッシュバックが対照を形成しています。アウシュヴィッツの情景では迫害者が自己正当化するナレーションが重なります。収容所ではすべての作業が死の産業の精確さで遂行され、拷問された囚人たちの全裸の死体や焼却炉から立ち上る黒煙は、全く感情を欠いたシーンです。
この映画が人間の記憶を巡る偉大な作品に仕上がる以前に監督は1961年に事故死してしまいます。監督ヴィトルト・レシエビッチが未完の箇所をそのまま残しながら映像を入念に編集して作品を完成させました。未完のタッチが見終わった後に不思議な力を観客に及ぼします。