目次

  1. 童子切安綱(どうじぎり やすつな)
  2. 鬼丸国綱(おにまる くにつな)
  3. 三日月宗近(みかづき むねちか)
  4. 数珠丸恒次(じゅずまる つねつぐ)
  5. 大典太光世(おおでんた みつよ)
  6. まとめ

童子切安綱(どうじぎり やすつな)

平安時代に活躍した武将である源頼光が、伝説の酒呑童子という妖怪をを斬ったといわれる刀です。この刀の切れ味は、江戸時代に津山藩の江戸藩邸で試し切りが行われた時に、重ねた罪人の死体6体を一気に真っ二つにしたうえ、土台となっている土壇に食い込んでやっと留まったということです。

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鬼丸国綱(おにまる くにつな)

「この太刀は、鎌倉時代の北条時政が、夜な夜な小鬼が現れるという悪夢に悩まされていた時期に、夢枕に一人の老人が時政所有の太刀であると現れ、「私は守り神だから鬼を退治しようと思う。鬼を退治したければ、刀が汚れているから清めて刀のさびを拭きなさい」と告げた。実際に刀は錆びていたので、清めて枕もとの抜き身のまま立て掛けた。すると小鬼が現れたときに、その太刀が急に倒れ、小鬼の首をはねたという。その後小鬼はあらわれなかった」という話が伝わっています。

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三日月宗近(みかづき むねちか)

平安時代の刀工である三条宗近作の太刀。松永久秀が、三好三人衆とともに、足利幕府13代将軍である足利義輝を弑殺(しいさつ)した永禄の変で、足利義輝が攻め入る刺客に対して臆せずに、手持ちの刀をすべて畳に差して待ち構えていた時にあった刀剣です。その後、豊臣秀吉や徳川秀忠などの手に渡ったといわれています。

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数珠丸恒次(じゅずまる つねつぐ)

鎌倉時代に身延山に庵を結んで山に分け入る日蓮に守り神として一振りの太刀が贈られた。その太刀の柄に数珠を巻きつけ切り抜くことなく、登山用の杖として愛用していたとこのこと。これがのちに数珠丸といわれるようになったといいます。江戸時代以降、どこにいったか不明でしたが、大正時代にとある華族の競売で偶然発見されたともいいます。

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大典太光世(おおでんた みつよ)

戦国時代に前田利家が子供の病に悩んでいた時に、豊臣秀吉に頼んで借り受け、この大典太を子供の枕元においてみたところ、病気が快復。そして返したところ、また子供が病になり、その後3回も借りたので、秀吉は利家に譲ることにしたという言い伝えが残っています。諸説ありますが、前田家ととは縁が深い太刀だったようです。

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まとめ

天下に名をとどろかす名刀には、数々の言い伝えと時の権力者をも虜にした魅力があります。

刀剣は武器でもありますが、武士の身を守るものとして、そしてそれは、時によっては神がかり的なものでもあり、神が宿るものでもあったのもです。
現在は美術品でありますが、それ以上に私達を魅了するものが現在でも受け継がれてきているものです。

<参考文献>
物語で読む 日本の刀剣 150 (イースト新書Q 出版)