豊富でない作物の中から生まれた!!日本独自の食文化まとめ

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遥か昔、日本でまだ食物輸入も盛んでなく今のようにゆたかな食物が取れなかった頃。そんな中でも水草や虫、木の実、砂糖の疑似品など、様々工夫を凝らして賄い飯を作っていました。今回はそんな古き良き日本の食生活についてつづった『日本・食の歴史地図』(生活人新書,吉川誠次・大堀恭良著)より一部抜粋、紹介します。(敬称略)

越後のひしの実 (新潟県)

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米どころであっても税金として納めていたころ、水草は非常にありがたい栄養源の一つだったそうです。そんな水草の一種・ひしの実は、塩で茹でて一家団欒の食卓に並べられていました。その雰囲気は現在の夏の風物詩・枝豆に近いものがあります。

土佐のかしきり(高知県)

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ドングリの実を粉に引き、型に流し込んで固めた豆腐のような食材。これに味噌、ニンニク、ゆずを混ぜたタレをかけたものは、酒のさかなとして高知の人々に今もなお愛されています。

恵那のへぼ飯(岐阜県)

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山間部で魚がめった手に入らないこの地の貴重なタンパク源でもありました。

「へぼ」とはクロスズメバチのこと。この蜂の幼虫を巣から一匹ずつピンセットでつまみ出し、それを醤油や砂糖や酒で煮て、炊き立てのご飯にかけたのがいわゆる「へぼ飯」になります。

安房・讃岐の和三盆糖(香川県)

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日本で砂糖を生成するのはなかなか至難の業。江戸時代初期は長崎藩の輸入づてに高い舶来の砂糖を江戸の将軍に献上する菓子に使うのがデフォルトだったとか。
そんな中、倹約と財政立て直しで知られる8代将軍吉宗は温暖な地、阿波や讃岐でトウキビを栽培することを考案し、和三盆糖が生まれました。今では観光の名物菓子としての役割を果たしています。

まとめ

土地が貧しくても、身近な場所で栄養源はアリ。今は散策途中でぼんやり生えているように見えるものも、昔は食材だったのだなと思うと感慨深いものでした。

参考文献

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