目次

  1. Maroon5とは
  2. Maroon5のサウンド
  3. 最後に

Maroon5とは

マルーン5(Maroon 5、マルーンファイヴ)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたバンド。

概要[編集]
1994年から4人組バンド「カーラズ・フラワーズ」(Kara's Flowers)として活動していたが、5人編成になった2001年からバンド名を「マルーン5」(Maroon5)と改名して活動開始。2002年(日本盤は2003年)リリースの、1stアルバム『ソングス・アバウト・ジェーン』(Songs About Jane)はロング・セラーとなり、第47回グラミー賞「最優秀新人賞」など数々の賞を受賞し[1]、一躍有名になった。
2014年にイギリスでダウンロード専用チャート発足10年を記念して発表された「この10年で最もダウンロードされたシングル・トップ100」では、2011年にクリスティーナ・アギレラをフィーチャーしてリリースした「ムーブス・ライク・ジャガー」(Moves Like Jagger feat. Christina Aguilera)が第3位にランクインされている[2]。

メンバー

・アダム・レヴィーン(Adam Levine)
・ジェームス・ヴァレンタイン(James Valentine)
・ジェシー・カーマイケル(Jesse Carmichael)
・ミッキー・マデン(Mickey Madden)
・マット・フリン(Matt Flynn)
・PJ・モートン(PJ Morton)

バンド名[編集]
「マルーン5」というバンド名の由来はトップ・シークレットであり、メンバーは決して口外しない。しかし、現メンバーと元メンバーのライアン以外にも由来を知っている者がいる。その人物とはビリー・ジョエルで、アダムがバンド名の由来をビリーに訊かれた際、断ることが出来ずに話してしまったそうだ。また、ジェイムスも母親に話しているという[4]。

来歴[編集]
1994年 - 1999年:カーラズ・フラワーズ[編集]
1994年、ロサンゼルス(LA)のブレントウッド・スクール(Brentwood School)に通う、アダム・レヴィーン、ジェシー・カーマイケル、ミッキー・マデン、ライアン・デューシックの4人がバンド「カーラズ・フラワーズ」を結成。
1995年9月16日にLAの伝統的なライブハウスに出演[5]。ライブ活動は地元で評判を呼ぶようになり、あるライブでロブ・カヴァロ(Rob Cavallo)と出会う(グリーン・デイのメジャー・デビュー後のアルバムを手掛けたプロデューサー)。彼の後押しもあり、ワーナー・ミュージック・グループのリプリーズ・レコードと契約を交わし、カヴァロのプロデュースでアルバムを制作した。アルバムには元ジェリーフィッシュのロジャー・マニングやベックの父であるデヴィッド・キャンベルも参加していた[5]。1997年7月22日に、1stシングル「ソープ・ディスコ」(Soap Disco)をリリース。アルバム『フォース・ワールド』(The Fourth World)は8月19日にリリースされた[5](日本では10月5日にシングル・アルバム同時発売でデビューした)。その後、リール・ビッグ・フィッシュやゴールドフィンガーとツアーを行った[6]。この頃、アメリカのTVドラマ『ビバリーヒルズ青春白書』劇中に登場するバンドとして出演したこともあった。
しかし、アルバムは商業的成功を収めることができず発売から半年後に廃盤となり[5]、1999年には所属レコード会社を去ってしまった。
1999年 - 2001年:ジェイムス加入、マルーン5誕生[編集]
バンド活動が停滞してしまった彼らは、それぞれ大学へ進学する。ミッキーとライアンはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)へ、アダムとジェシーはニューヨーク州ロング・アイランドにあるファイブ・タウンズ・カレッジ(Five Towns College)へ通う。この期間にリズム・アンド・ブルース(R&B)やソウルミュージックといった音楽にも触れ、ロックとR&B、ソウルを融合させたオリジナル・サウンドを見出すことになった[5]。

その後、アダムとジェシーは大学を中退して西海岸へ戻り、ミッキーやライアンとともに再びバンド活動を再開させる。作成したデモ・テープが、当時ニューヨークを拠点に新たに設立されたレコードレーベルオクトーン・レコード(Octone Records)に注目され、2001年4月に契約を結ぶことに成功する(彼らが契約第1号となった)。その直後、友人であるジェイムス・ヴァレンタインが加入し、ジェシーがキーボードに専念することになりバンド名を「マルーン5」と改名した。ジェイムスはすでに別のバンド「スクエア」(Square)で活動していたが、アダムに誘われてマルーン5加入を決意した。
2001年 - 2005年:『ソングス・アバウト・ジェーン』[編集]
オクトーン・レコードと契約後の2001年後半から、プロデューサーのマット・ウォレス(Matt Wallace)とロサンゼルスでレコーディングを行い[7]、マルーン5としての1stアルバム『ソングス・アバウト・ジェーン』(Songs About Jane)が完成した。
アルバムは2002年6月25日にアメリカでリリースされたが、発売当初はほとんど注目されなかった。しかし、アルバム収録曲「スウィーテスト・グッドバイ」(Sweetest Goodbye)が映画『ラブ・アクチュアリー』サウンドトラックに収録され、バンドとしてはミシェル・ブランチやジョン・メイヤー、マッチボックス・トゥエンティなどの前座を務めるツアー活動を行っていき、次第に話題となっていった。アルバムは、2003年8月16日付Billboard 200での92位から2004年9月4日にはチャート6位まで上昇した[8]。発売から2年以上経てのTOP10入りは音楽セールス集計機関(エーシーニールセン)の集計史上、最も長い時間をかけてTOP10入りをしたアルバムとなった[7]。

ライブの様子(2004年)
日本盤はアメリカでの発売からおよそ1年遅れの2003年7月23日にリリースされ、2004年7月にはボーナス・トラック3曲を追加収録した『ソングス・アバウト・ジェーン スペシャル・エディション』もリリースされた。2004年9月から10月にかけて初来日公演が行われ(ミッキーは以前に観光で日本に来たことがあるとこの来日時に話している)、9月22日には来日記念盤として『1.22.03 Acoustic』がリリースされた。12月からはノエビア「ブルー・アイス」シリーズCMソングに「シー・ウィル・ビィ・ラヴド」が起用され[9]、2005年にはトヨタ自動車「ヴィッツ」CMソングに「サンデイ・モーニング」が起用され、同年7月6日にCDシングル「サンデイ・モーニング」がリリースされた。
このようにロング・ヒットとなった『ソングズ・アバウト・ジェーン』は、トータル・セールス1,000万枚を記録し、バンドは第47回グラミー賞「最優秀新人賞」などを受賞した[1]。
2006年:ライアン脱退[編集]
ドラムス担当のライアンは、野球少年の頃に腕に怪我を負ったことがあったが、2003年後半からツアーが続く生活の中で腕に痛みが生じるようになり、2004年早期にライブ活動から離脱した[10]。彼は検査を受けたが、「医師にも対処できず、手術をするほどのものでもなく、痛みがひくのをひたすら待つしかない」と『マルーン5 ライブ!』(Live – Friday the 13th)収録のインタビュー映像で語っていた。バンドはサポート・ドラマーを雇う形でツアーを続行した。ライアンは演奏はできないもののツアーには同行していた[11]。初来日公演である2004年9月29日の東京公演ではアンコールでステージに登場し、アダムがドラムを演奏する中AC/DCの「地獄のハイウェイ」(Highway to Hell)を熱唱した[12]。また『マルーン5 ライブ!』のDVDには、2005年5月13日のライブのステージ袖で「ハーダー・トゥ・ブリーズ」のコーラスをするライアンの姿が収められている。
しかし、ライアンは2006年9月に脱退を表明し、サポート・ドラマーだったマット・フリン(Matt Flynn)が正規メンバーになった[13]。
2005年 - 2009年:『イット・ウォント・ビー・スーン・ビフォー・ロング』[編集]
ジェイムスが2005年7月に2ndアルバム制作に取り掛かっていることを話した[14]。そんな中、2006年にスライ&ザ・ファミリー・ストーンのトリビュート・アルバム『ディファレント・ストロークス・バイ・ディファレント・フォークス』(Different Strokes By Different Folks)で「エヴリデイ・ピープル」(Everyday People)をカバーした。アルバム制作ではマイク・エリゾンド、マーク“スパイク”ステント(Mark "Spike" Stent)、Mark Endert、エリック・ヴァレンタイン(Eric Valentine)がプロデューサーとして参加しており、アダムは「前作のゆったりしたJazzyなサウンドと対照的なことをやりたかった」と述べている[15]。
2007年3月27日にアルバムからの1stシングル「メイクス・ミー・ワンダー」(Makes Me Wonder)がアメリカでリリースされ、Billboard Hot 100で84位からスタートし、4週目には前週の64位からジャンプアップで1位を獲得し、バンド初の全米No.1獲得シングルとなった[16]。これは、2002年にケリー・クラークソンが「ア・モーメント・ライク・ディス」(A Moment Like This)で打ち立てた52位から1位となる当時の記録を塗り替えた[17](その後、2008年にT.I.の「ホワットエヴァー・ユー・ライク」と[18]、「マイアヒ・ライフ」に更新されている[19])。

ライブの様子(2007年)
アメリカで5月22日(日本盤は5月16日)にリリースされた2ndアルバム『イット・ウォント・ビー・スーン・ビフォー・ロング』(It Won't Be Soon Before Long)は、Billboard 200初登場1位を獲得した(発売1週目の売り上げ43万枚の内、およそ10万2,000件はデジタル・セールスであり、リンキン・パークが『ミニッツ・トゥ・ミッドナイト』で打ち立てた8万4,000件の記録を塗り替え、当時の週間デジタル・セールスの最高記録を作った)。アメリカのiTunes Storeでは2007年の年間ダウンロード・アルバム・チャート1位になっている。アルバム収録曲の中で「グッドナイト・グッドナイト」(Goodnight Goodnight)はアメリカのTVドラマ『CSI:ニューヨーク』第5シーズン第2話「死者の書」(Page Turner)にメンバーが出演し、ドラマの中で披露している。また、「イフ・アイ・ネヴァー・シー・ユア・フェイス・アゲイン」(If I Never See Your Face Again)はリアーナとデュエットしたバージョンもリリースされている。
6月には2度目の日本公演を東京・大阪のZeppで開催し、ライブの合間にはテレビ番組出演やインターネットのYahoo!ライブトークにも出演した[20]。8月からはアルバム収録曲の「ウォント・ゴー・ホーム・ウィズアウト・ユー」(Won't Go Home Without You)がトヨタ自動車「ヴィッツ」CMソングに起用された[21]。11月21日にはCDシングル「ウォント・ゴー・ホーム・ウィズアウト・ユー」がリリースされ、カップリングにはジョン・レノンとオノ・ヨーコによる「ハッピー・クリスマス (戦争は終った)」のカバーが収録されている。
2008年3月に再び日本公演を開催し、日本武道館の追加公演を含む5公演を行った[22]。12月には、リミックス・アルバム『ベスト・リミックス: コール・アンド・レスポンス』(Call And Response: The Remix Album)がリリースされた。
2009年 - 2011年:『ハンズ・オール・オーヴァー』[編集]
2009年頃からスイスで3rdアルバムのレコーディング開始。プロデューサーにはアダムが長年一緒に制作したいと願っていたロバート・ジョン“マット”ラング(Robert John "Mutt" Lange)を迎えた。
2010年6月22日にアルバムからの先行シングル「ミザリー」(Misery)を配信リリース。Billboard Hot 100最高14位にチャートインした[16]。
アルバム発売に先駆けてメンバーはプロモーション活動のために来日し[23]、アルバム『ハンズ・オール・オーヴァー』(Hands All Over)は日本で9月15日(アメリカでは9月21日)にリリースされ、日本独自企画のCDシングル「コンパクト・ベスト マルーン5」も同時リリースされた。シングル収録曲の「ウォント・ゴー・ホーム・ウィズアウト・ユー」はアサヒビール「アサヒスタイルフリー」CMソングに起用された。アルバム収録曲「アウト・オブ・グッバイズ」(Out Of Goodbyes)にはレディ・アンテベラムが参加している。アルバムはオリコンアルバムチャート初登場3位、Billboard 200初登場2位を記録した。また、全国のCDショップ店員の投票で選ばれる「第3回CDショップ大賞」洋楽賞を受賞した[24]。

2011年、東日本大震災で被災された方々へバンドを代表してアダムがメッセージを寄せた[25]。5月には日本公演を開催し、日本武道館の追加公演を含む5公演が行われた。
6月21日、4月に放送開始されたばかりであるオランダ発のタレントオーディション番組『ザ・ヴォイス』アメリカ版で、アダムとクリスティーナ・アギレラが番組審査員として共演。そこでコラボレーション曲「ムーブス・ライク・ジャガー」(Moves Like Jagger feat. Christina Aguilera)が初披露され、直後にリリースされた。シングルはBillboard Hot 100初登場8位を記録し、2007年発表の「メイクス・ミー・ワンダー」以来のチャートTOP10入りとなった。その後、リリースから3ヵ月後の9月にBillboard Hot 100で1位となり[16]、18ヶ国でチャート1位を獲得した[26]。また、『ハンズ・オール・オーヴァー』にボーナス・トラックとして追加収録され、日本ではさらにリミックス・バージョン1曲を加えた『ハンズ・オール・オーヴァー+2』として再発売された(『オーヴァーエクスポーズド』ボーナス・トラックにも収録された)。

2011年 - 2013年:『オーヴァーエクスポーズド』[編集]

2011年から4thアルバムの制作に取り掛かっていたが、2012年3月にキーボードのジェシーが音楽的追求と休暇に時間を費やすため、バンドから一時離脱することを発表した。臨時メンバーとしてツアーミュージシャンのPJ・モートン(PJ Morton)を加えてアルバム制作を続行した。
2012年4月、ウィズ・カリファをフィーチャーしたアルバムからの先行シングル「ペイフォン feat.ウィズ・カリファ」(Payphone feat. Wiz Khalifa)を配信リリース。Billboard Hot 100初登場3位となり、最高2位を記録した[16]。全英シングルチャートでは、バンド初の全英No.1獲得曲となった[27]。また、「ワン・モア・ナイト」(One More Night)がBillboard Hot 100で9週連続1位を獲得した[16][28]。
日本盤が6月20日(アメリカは6月26日)に発売された4thアルバム『オーヴァーエクスポーズド』(Overexposed)は、オリコンアルバムチャート最高5位を記録。Billboard 200、全英アルバムチャートではともに初登場2位を記録した。また、国際レコード・ビデオ製作者連盟(IFPI)が発表した「2012年の世界的ベストセラーアルバム」第10位となり[29]、「iTunes Best of 2012 Pop ベストアルバム」部門も受賞した[30]。10月2日には、日本武道館で一夜限りの日本公演が行われた。
2013年 - :『V(ファイヴ)』[編集]
2013年4月、5枚目となるアルバム制作に取り掛かっていることを発表[31]。
2014年3月から「ウォント・ゴー・ホーム・ウィズアウト・ユー」に続きアサヒビール「アサヒスタイルフリー」CMソングとして「デイライト」(Daylight)が起用された。5月、レコードレーベルをインタースコープ・レコードへ移籍し、5thアルバム『V(ファイヴ)』(V)を9月に発売することを発表した[32]。アルバムではバンド活動から一時離脱していたジェシーが復帰している。6月には先行シングル「マップス」(Maps)を配信リリース。
5thアルバム『V(ファイヴ)』日本盤は9月3日にリリースされ、メンバーはプロモーション活動のため来日した[33]。

出典: JA.WIKIPEDIA.ORG

Maroon5のサウンド

Maroon5と言えばやはり、ロックとR&Bやソウルを混ぜたサウンドにある。
高い声のボーカルが特徴的で、どこかファンキーでソウルフルな楽器隊にも注目だ。
先述されてある通りに、アルバム「Songs about Jane」で一気にスターダムを駆け上った彼らのサウンドは、
世界的にも稀有なものであり、ブラックミュージックと合わせて聞きたい人にはおすすめである。
近年はさまざまなアーティストとのコラボを行っており、
それによって彼らの個性が際立つこととなった。
中でもGym Class HeroesのStero HeartsではボーカルのAdamの存在が非常に目立っている。
彼らのサウンドは個性の塊なのだ。

ゆったりとしたイントロから始まる一曲。
ドラムが心地よく、程よいリズムを作っている。
グルーブ抜群の楽器隊に高い声のボーカルが良く似合う。

日本でもCM曲として起用されるなど、今でも人気の高い曲。
鍵盤の音が気持ちよく、丁度良いリズムが通っているこの曲はダラダラしながら聞いても良いし、
ドライブの時に聞くのもとても良い。
あらゆる場面で聞くことができる一曲である。

まさにMaroon5らしいゆったりとしていながら、どこかファンキーさがある一曲。
こちらもCMで使用された曲であり、ライブでもイントロが流れると盛り上がる。
ポップさもあり、バランスの良い曲と言えるだろう。

Maroon5の代表曲にして名曲であるThis Loveのライブ映像。
カッティングギターがとても良い味を出している。
ツボを押さえたベースとドラムにも注意して聞くと面白い。
ライブ映像でもボーカルのレベルの高さが垣間見れる一曲である。

最後に

このようなバンドを他になかなか見たことがない。
Sly & The Family Stoneとは一味違うし、彼らと比べてもっととっつきやすさがある。
どこまでもソウルフルでR&Bのエッセンスが散りばめられているのだが、
ストレートなロックを感じることもある。
そんな彼らのサウンドはいろいろとアルバムを聞いてみて再確認できる。
一味違うロックを求めている人にはぜひともおすすめしたいバンドである。

先述したGym Class HeroesにボーカルのAdamがフィーチャリングした曲。
このヒップホップ、ラップという音楽に非常に見事にマッチしているのは
彼らのサウンドがブラックミュージックを取り入れているからだろう。
レコードだけではなく、ライブも多く行っており非常に人気の高い一曲である。

9a0b7df667c44b3e81baee1eb16fb07b