2012年から2015年に亡くなった芸能人・著名人まとめ

芸能界やスポーツ界、財界などで活躍する芸能人・著名人の訃報が流れると、世間では大きな衝撃が生まれて、その人物の特集記事やコーナーが組まれることが多く有る。本記事では「2012年」から「2015年」の間になくなった芸能人・著名人の情報を、その方の生前の活躍ぶりと共にまとめて紹介する。

2015年4月

萩原流行

出典: www.diamondblog.jp

萩原流行

俳優。本名は萩原光男さん。
4月22日午後6時過ぎ、東京・杉並区の青梅街道でバイク事故を起こし、午後7時半ごろに心房破裂のため都内の病院で死去。62歳。
クセのあるキャラで名脇役として活躍。最近はうつを患い、俳優活動をセーブしていた。最近2年半で3度の事故を起こしていた。複数の車両が事故に絡んでいた可能性があり、警視庁は関係者から事情を聞くなどして詳しい状況を調べている。

愛川欽也

愛川欽也

「キンキン」の愛称で親しまれ、テレビの司会や俳優として幅広く活躍したタレント。
4月15日、肺がんのため東京都内の自宅で死去。80歳。
愛川さんは、東京都の出身で、劇団の俳優座を経て昭和42年から始まったラジオの深夜番組に出演し、ディスクジョッキーとして人気者に。昭和53年に、テレビ番組で共演したタレントのうつみ宮土理さんと結婚し「キンキン」「ケロンパ」の愛称のおしどり夫婦として知られた。
2015年には、20年にわたって司会を務めた民放の人気情報番組「出没!アド街ック天国」を1000回記念を最後に降板。

羽柴秀吉

出典: kanchigai.biz

羽柴秀吉

「羽柴秀吉」の名前で各地の選挙に立候補した建設会社社長。本名は三上誠三氏。
4月11日、肝硬変で死去。65歳。
三上氏は出身地の青森県旧金木町の町長選や東京都知事選、衆院選などに立候補。07年の北海道夕張市長選では次点になり話題を集めた。

山岸一雄

山岸一雄

ラーメンを別の器に入った汁につける「つけ麺」の元祖とされる東京・池袋の人気ラーメン店「東池袋大勝軒」創業者。
4月1日、東京都内の病院で死去。80歳。
昭和36年に東池袋大勝軒を東京・東池袋に開業。ラーメンの麺を日本そばのように別の器に入った汁に付けて食べる「つけ麺」を考案し、全国の店が追随した。のれん分けを受けた店が全国で50店以上開店している。

2015年3月

小川真司

小川真司

声優で俳優。
3月7日、 器質化肺炎のため死去。74歳。
東京都出身。米俳優のマイケル・ダグラスやロバート・デ・ニーロの吹替えを担当したほか、 「水戸黄門」「大岡越前」などに出演。2015年5月23日に公開される女優・八千草薫と俳優・仲代達矢の主演映画「ゆずり葉の頃」にも出演。

2015年2月

シーナ

シーナ

ロック歌手で、本名鮎川悦子。
2月14日、子宮頸(けい)がんで死去、61歳。
北九州市出身。ギタリストで夫の鮎川誠さんとロックバンド「シーナ&ロケッツ」を結成し、ボーカルを担当。78年に「涙のハイウェイ」でデビューし、翌年発売の「ユー・メイ・ドリーム」がヒットした。

栄久庵憲司

出典: www.japanecho.net

栄久庵憲司

キッコーマンしょうゆ瓶、秋田新幹線「こまち」や多くの企業のロゴマークなど工業デザインの草分けとして知られるデザイナー。
2月8日、洞不全症候群のため東京都内の病院で死去。85歳。
東京都出身。
1961年に製品化され、ロングセラーとなるキッコーマンの卓上しょうゆ瓶をデザインし、高い評価を得た。初代の秋田新幹線こまちやJR成田エクスプレス、ヤマハ発動機のオートバイなどのデザインのほか、コスモ石油やミニストップなど企業のロゴマークも数多く手掛け、ビジネスにデザインの概念を定着させた。

日沼頼夫

出典: www.kyoto-u.ac.jp

日沼頼夫

日本人に多い血液のがん「成人T細胞白血病(ATL)」の原因ウイルスを発見し、人間のがんとウイルスの関係の研究に大きな貢献をした京都大名誉教授。
2月4日、肝臓がんで死去。90歳。
秋田県出身。東北大医学部卒。東北大と熊本大の教授を経て、80年に京都大ウイルス研究所教授となった直後、ATL患者の培養細胞から病気の原因ウイルスを見つけることに成功した。

2015年1月

リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー

出典: societas.blog.jp

リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー

統一ドイツの初代大統領で、ナチス・ドイツの過去と正面から向き合うことを説いた元ドイツ大統領。
1月31日、死去。94歳。
独シュツットガルト生まれ。英仏独の大学で法学、歴史学を学び、38年から45年まで従軍。54年、保守のキリスト教民主同盟(CDU)に入り、69年から連邦議会議員。西ドイツ時代の1984年から94年まで大統領を務めた。

河野多惠子

出典: news.yahoo.co.jp

河野多惠子

「蟹(かに)」「不意の声」など、人間の内面や性愛を鋭敏な感覚で描き続けた作家で文化勲章受章者。
1月29日、呼吸不全のため死去。88歳。
大阪市出身。大阪府女子専門学校(現大阪府立大)卒。作家・丹羽文雄主宰の雑誌「文学者」同人となり創作を始め、1962年に「幼児狩り」で新潮社同人雑誌賞を受賞しデビュー。63年「蟹」で芥川賞、67年「最後の時」で女流文学賞を受け、過激な性や人間の内面を追究する作風で文壇での地位を築いた。

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