聲の形

聲の形のレビュー・評価・感想

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聲の形
9

人って色々だなって思う

最近聲の形っていうアニメをテレビで放送された時に録画しました。最近と言っても一昨年くらい?だったかな。15回以上録画を見て、何度も何度も涙しました。
いじめの話で、簡単にいうと、いじめた人は自分がいつかはいじめられる側になるという話です。
主人公の石田しょうやが転校してきた西宮硝子にいじめをはじめます。聴覚障害の西宮はそれでも、しょうやと仲良くなろうと必死に訴えます。でもしょうやにはつたわりません。西宮のいじめを原因に今度はしょうやがいじめの対象になります。そして西宮はその間に転校になります。5年後2人が高校生になって再会します。将也はいじめで孤立し、心を閉ざしていたが、西宮との再会で少しずつ変わり始めます。自分でした事を深く反省し、反省しても取り返しのできないことをしたとを自覚しており、なかなか前に進めない話です。でもそのとんでもないことをしてしまった反省している姿がとても泣けます。西宮もまた、死にたいと思っていた自分を頑張って変えていきます。
とにかくとても感動する話です。小学生、中学生には是非みて欲しいと思うストーリーでした。先生方にもいいかもしれません。とても勉強になる話だと思います。

聲の形
10

被害者と加害者と傍観者

残酷な話ではあるけれど、とても教育的なアニメだと感じました。
現代社会でもいじめ問題は尽きないと思います。そんないじめに関わる話でもあるのですが、私は聴覚に障害がありいじめを受けた西宮硝子と、いじめの主犯格となった石田将也のどちらでもなく、そのいじめ現場に一緒にいたり、見ていた傍観者に対して疑問を抱きました。
私自身がもしこの話のような場面に遭遇したらどうしただろうか、と考えさせられました。ですが、絶対にいじめを止めるべきであったし、石田将也だけをいじめの主犯格にして良かったのだろうかと思いました。これはいじめの被害者、加害者、傍観者云々の話ではないし、一人一人の心の声を聞いてあげることが出来たならと思いました。
話の中に手話で会話をするシーンが多々出てくることもあり、自分も手話を覚えてみたいと思ったのと同時に、耳が聞こえることの大切さに改めて気づかされました。
被害者の家族、加害者の家族が関わるシーンは泣かされます。それぞれに思うことがあって、でもその思いを伝えることは難しい。それは相手が聴覚障害であるからでもなく、人間ってどことなく不器用なのだなと思いました。ラストシーンは心の中が温かくなりました。

聲の形
10

コミュニケーションとは

石田将也は小学6年生。クラスのガキ大将で好き勝手やっていたが、ある日転校してきた少女(西宮 硝子)の存在が彼の人生を一転させる。花凛な見た目の少女は聴覚障害者だった。
簡単なコミュニケーションも一筋縄ではいかない彼女の存在はクラスから浮いていき、将也は彼女をいじめるようになる。彼のいじめは度を過ぎており、次第にクラスから非難の眼で見られるようになり、今度は将也がクラス全体からいじめにあってしまう。
時は移り、将也は高校生。彼は小学生時代に硝子の補聴器を紛失させた慰謝料を返済し、飛び降り自殺を試みていた。
彼は硝子とどのように再開するのか、そして負ったトラウマを克服することができるのか。
高校生になってから再開した石田将也と西宮硝子は徐々に打ち解けていきながら、かつての友人との関係を再度見直していくことになっていく。そして小学校時代の友人たちと自主制作映画を撮ることになるが、人との距離感がつかめない将也の過去に対する後ろめたさが爆発して、友人たちを遠ざけるような言葉を言ってしまう。将也の性格形成に影響をあたえたのは自分に責任があると感じた硝子は、花火の日に大きな決断をしてしまう。

聲の形
7

コミュニケーション能力が高いってどういうこと

小学校時代のイジメに関しては、傍観人が何故か加害者意識を持っていないところとか、とてもリアルに描かれています。耳が聞こえない人とのコミュニケーションがなぜイジメに発展してしまったか。会話が出来ないということではなくて、いつもお世話しなくちゃいけなくて大変、とか、合唱コンクールで歌って欲しくない、とか、でもはっきり言うのを我慢しているうちに鬱憤がたまって、という部分は美化しないで切り込んで書かれているのは、今までの障害者を扱った作品では珍しいと思います。聞こえない女の子が可愛すぎない、といった部分も良かったです。

最後まで読んで思うのは、やっぱり小学校の先生の性格の悪さですね。一にも二にも、あそこまでいじめが発展してしまったのは先生のせいでしかないですよね。小学生にそこまで大人として行動しろ、というのは粗方無理な話です。

書いてコミュニケーションを取れるけど、面倒くさくてやだ、という気持ちは素直で子供らしいと思いました。植野さんは、暴力さえ振るわなければ、結構重要なメッセージを発している気がするんです。素直にストレートに、対等に、硝子ちゃんに向き合っていたのは彼女だけではないでしょうか。果たして思ったことを本音で伝える事がいいことなのかどうか、その辺にポイントがあった気がします。

聲の形
9

あまり人には話すことのできない心の葛藤が上手く表現されている作品です

今思えば小学生、中学生、高校生のころに「あの子に酷いことをしてしまっていたな」「あの子に酷いことをされて心が傷ついたな」ということはありませんか?今現在、誰かを傷つけてはいませんか?この作品はそういった想いがある人達に見てもらいたい作品です。
相手のことは考えずに、自分が楽しければ良いとか、友達が欲しいから皆で一緒になって他人の悪口を言ったりなど、特に深く考えもなしに行動していた人がほとんどではないかと私は思います。しかし、大人になるにつれて色々なことを経験し、昔のことを思い返してみると「なんで昔はあんなことしてたのだろう」と後悔や反省をしてしまいますよね。私もそうでした。幼いころから人付き合いが苦手で、虐められることもあったし、それでも友達が欲しくて一緒になって悪口を言って仲間に加わろうとしたり。自分が虐められるだけでなくて、自分が虐める側にもなってしまっていたのです。誰かを傷つけたかったわけではないけれど、傷付けられた側のことを考えると胸が苦しくなります。当然ですよね。私も虐められた経験があり、同じ苦しみが理解できるのですから。
この作品はそういった心情が上手に表現されていて、涙なしでは読むことができない作品です。
余談ですが、ヒロインの硝子(しょうこ)が時折見せる無理やり作った笑顔は「自分も嫌なことがあっても同じように無理やり笑顔作ってたなー」と勝手に共感して勝手にグッときてしまいました。