月に吠えらんねえ

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月に吠えらんねえ
8

不安定な詩人たち

コミックスを開いたはずが、長い、長い文字列がページの上を渦巻いている。
『月に吠えらんねえ』(著:清家雪子/講談社)を読みだすと、みっちりと詰まった詩の引用の数々に驚くかもしれない。

物語の主人公は詩人・萩原朔太郎の詩群のイメージを元にした「朔」という少年のような、青年のような幼い顔立ちをした男だ。
(ただし、彼を男であると言い切ることがコミックスの巻数を重ねるごとに難しくなっていくのが、この作品の魅力的な「不安定さ」に繋がっていく!)
朔は近代□街(詩歌句街/しかくがい)と呼ばれる場所に住んでおり、憧れの白さん(イメージの元は北原白秋)や、弟子のミヨシ君(イメージの元は三好達治)と仲良くやっているように、見える。

実在する文豪たちが営んだ関係性をオマージュしたような彼らの暮らしぶりだが、作者である清家氏は明確に「実在の人物 団体とは一切関係ありません」とコミックス1巻1コマ目で強く語っている。
様々な作品につけられることのある「一切関係ありません」の文字が、これほど物語の出だしで主張されるのは珍しい。
それもそのはずで朔は文字通り「言葉」に呑まれる幻覚を見て叫び(あるいは気絶し)、度を越したプレイボーイぶりを見せる白さんが乱痴気騒ぎを度々起こすなど、彼らは過剰な狂気の中にいる。
確かに、彼らの人間性を実在の作家と結び付けるのは無理がある。というよりさすがにお叱りを受ける。
だが、作中に引用される詩歌句は実在する作品に他なく、そのどうしようもない「過剰なデフォルメ」と「実在する作品たち」のアンバランスさに不穏な雰囲気を感じずにはいられない。

その不穏さの正体が掲示され始めるのがコミックス2巻収録の第六話「1945」だ。
1巻で異様な街の住人たちの様子と、その街を去った朔の親友・犀(イメージの元は室生犀星)について触れ、ついに2巻で詩人たちが巻き込まれた「戦争」について、清家氏は描きはじめる。
その筆致は、物語が進むごとに加速し、厳しさを帯び、詩人たちが吠えられなかった、秘められた想いを明かしていく。
不安定な詩人たちが遺した「戦争の詩」こそがこの物語を支えている事は間違いない。
「戦争の詩」を生み出した果てに、彼らが何を考えたのか。
作者はそれを描こうと真正面から向きあっている。