燃えよドラゴン / Enter the Dragon

燃えよドラゴン / Enter the Dragon

『燃えよドラゴン』とは、1973年に香港とアメリカの合作により製作されたカンフーアクション映画。 世界各国で大ヒットとなり、カンフー映画ブームをまき起こした。主演は香港の俳優で、武術家でもあるブルース・リー。彼は本作の完成直後に急死し、今作が遺作となった。香港の沖に浮かぶ要塞島で、武術の達人を集めたトーナメントが開かれた。英国政府の要請で秘密諜報員として大会に参加した中国人青年リーは、島で行われている麻薬密売の証拠をつかみ、少林寺拳法を武器に強大な悪と対決する。

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燃えよドラゴン / Enter the Dragon
10

ブルース・リーの遺作にして最高傑作

燃えよドラゴンは香港出身の俳優にして武道家であるブルース・リーの遺作です。映画完成後、主演のブルース・リーは急死しましたが、作品は世界中で大ヒットしました。
ブルース・リーは、映画だけでなく、漫画やアニメやゲーム、総合格闘技までに影響を与えています。ブルース・リーは、1940年に香港に俳優の息子として生まれ、子供のころにすでに子役として映画出演を果たしています。同時にブルースは不良少年で、10代のころは喧嘩ばかりしていました。また詠春拳という中国拳法やボクシングを習い体を鍛えていました。しかしブルースの将来を心配した両親は、アメリカへ留学させて、ブルースはワシントン大学哲学科に入学し哲学を勉強するかたわら、現地でアメリカ人たちに中国拳法を教え始めます。やがてブルースは様々な武道を組み合わせて、ジークンドーを開発し創始者となります。そしてブルースのもうひとつの夢は映画スターとして成功することでしたが、当時ハリウッドでは東洋人がスターになるのは難しく、なかなかチャンスはきませんでした。しかしブルースのジークンドーのデモンストレーションが、TVプロデューサーの目にとまり、TVドラマ「グリーンホーネット」の準主役に抜擢されます。そのことを知った香港のゴールデンハーベスト社のレイモンド・チョウは、「ドラゴン危機一発」の主役にブルースを抜擢します。映画は大ヒットし、ブルースは一挙にスターダムにのし上がります。

その後、ブルースは香港でカンフー映画の主演をしますが、ブルースの評判を知ったハリウッドは香港と合作で、ブルース・リー主演の「燃えよドラゴン」を企画するのです。この映画がそれまでのアクション映画と違うのは、銃などの小道具を使わず、鍛えた肉体だけで敵と戦うという点です。ブルースの鍛え上げた筋肉に素早い拳や手刀、華麗な蹴りなどみたこともないアクションに、観客は熱狂し作品は大ヒットしました。ヌンチャクを使ったアクションや鏡の間での死闘など見所はたくさんあり、音楽も素晴らしく、いつまでたっても作品の輝きは色あせていません。