怪獣8号

怪獣8号

『怪獣8号』とは、『少年ジャンプ+』で2020年より連載している松本直也による漫画作品。シン・ゴジラやパシフィック・リム等の怪獣を自然災害に暗喩した作品の系譜にある。怪獣の発生する世界で、怪獣から国を守る防衛隊に入る事が叶わずに怪獣の死体清掃の仕事を続ける主人公・カフカが、もう一度防衛隊を目指そうと決意するも、謎の小型怪獣に体内へ侵入され、人知を超えた怪獣の力を手にする。「怪獣8号」と呼ばれるようになってしまったカフカがその力と怪獣の知識を駆使して、怪獣に立ち向かっていくバトル漫画である。

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怪獣8号
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おっさん、夢を見る。

ここは怪獣大国日本。
世界でも指折りの怪獣発生率を誇るこの国を守るのは、怪獣と唯一戦うことができる防衛隊員たちです。
そして「日々野カフカ(32歳)」は、防衛隊員に憧れたかつての少年であり、現在は夢破れたおっさんです。
腹はちょっとぽっちゃりめ。中年ですもの、そんなものじゃあないかしら。
防衛隊員に憧れたものの、試験に落ち、入隊の年齢制限をとうにこえて32才。
今は倒された後の怪獣の体を解体して掃除する仕事をしています。
冴えないおっさんで、冴えない日常。
そんな彼のもとに入った新しいアルバイトの青年「市川レノ」は、かつての自分と同じ様に防衛隊員を目指しています。
彼は尋ねます。「なんで諦めたんだ」と。
カフカは答えます。「年を食えばわかるようになるさ」と。
レノは「わからない」と言いました。「諦めないからわからない、わかりたくもない」と、冴えない人生を拒絶するように。
カフカはなにも言えません。諦めた夢破れた男には、何も。
冴えない男が、そこに一人、いるだけ。

それでも日常は続いていくから、カフカはレノと一緒に今日の仕事を進めます。
怪獣の腸の解体は臭くてきつくて、レノはすっかり参っていて。
カフカは笑いながらも、当たり前のようにレノに鼻栓と、ゼリー飲料を手渡しました。
冴えなくても、カフカは善良な男だから。

カフカの仕事をこなす姿に、思うところでもあったのか。
その日の夕暮れ、レノはカフカに、「引き上げられますよ」と言いました。
防衛隊員の年齢制限は、引き上げられると。「どうでも良いですけど」と、照れくささを隠すように。
「ありがとうな」と。
冴えない顔に、ほんの少しの柔らかさを添えて笑ったカフカに、「そんなんじゃない」と言おうとしたレノを、カフカは突き飛ばしました。
彼の背後に、まだ戦おうとしている生き残りの怪獣が見えたから。
カフカはレノに「逃げろ」と。叫びました。「防衛隊員になるんだろう」と。

悔しげな顔で走っていくレノの顔を見送って、ちっぽけな冴えない男カフカは、自分よりずっとずっと大きな怪獣に向き合います。どうにもならないとわかりながら、そのちっぽけな背中で向き合いました。

それで?そうして、彼はどうなったんだって?
そこは、どうぞその目で確かめてくださいませ。
このお話は、愚直で、丁寧で、誠実で、凡庸で、美しいお話です。
主人公の冴えなさと、それでも此処ぞというところで踏ん張る強さ。
あまり若くもなくて、でも夢を諦めきれるほど老いてもいなくて。
そんなカフカがあがく姿は、胸を打ちます。
日常の一コマ一コマに行き届く丁寧な描写。
普通の物語がスポットライトを当てない場所に、話をズームアップしてみせる、作者の眼差しの優しさと新鮮さ。
そして何より、真ん中に一本通った、まっすぐな、カフカの善良さ。
「漫画なんて、読み飽きた」とか、「もう子供じゃあないのに」とか、そう思う貴方。
貴方が私と同じ様に、この本を取ってくれることを願っています。
カフカという、冴えなくて格好いいヒーローが、私の心に与えてくれた喜びを、貴方も感じてくれたら嬉しいです。