いつからこうなった…涙なくして語れない坂口杏里の壮絶人生まとめ

女優・坂口良子を母に持つ元タレントの坂口杏里。彼女の人生は決して順風満帆ではなく、むしろ波乱に満ち満ちたものでした。2013年に最愛の母が他界してからはさらに歯車が狂い、逮捕や借金、そしてセクシー女優への転向など、壮絶な道を歩んでいます。一体なぜそうなってしまったのでしょうか。この記事で、そんな坂口杏里の人生を振り返ってみました。

1991年(平成3年)3月3日、東京都に生まれる

母は女優の坂口良子、実父は元不動産会社役員、2歳上の兄がいる。

3歳の頃に両親が離婚

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前夫と坂口良子

坂口良子の前夫は、「地上げの神様」と称された不動産業者だったが、バブルの崩壊で転落。知らぬ間に彼女は連帯保証人にされていたという。その額はなんと40億円。
1994年、離婚を決意。坂口さんは夫の連帯保証人になっていたため、幼い長男と杏里を育てながら、借金の返済を迫られることになった。

2008年、17歳の頃に芸能界デビュー

デビューしたての頃は母との共演も多かった

「踊る!さんま御殿」のおバカGOでグランプリをとったこともあるほど、杏里はおバカタレントとして人気を集めた。

母・坂口良子に献身的に支えられてきた

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テレビ関係者は「すでに借金もなくなった坂口良子は、娘の坂口杏里(22)を売り込むためにバラエティ番組で共演していた。杏里だけでは売れないことを理解していて、少しでも力になろうと、自分の運転で仕事場に来ていました。現場では、周囲に愚痴をこぼすことは一切なく、周りを明るい雰囲気にしてくれましたね」と話している。

2012年(杏里21歳)、母・坂口良子が再婚

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女優・坂口良子とプロゴルファー・尾崎健夫は15年の交際を経て結婚。娘・杏里の成人を待っての結婚だった。2人は尾崎の生まれ故郷でもある徳島県の役場に婚姻届を提出し、挙式などを行った。

「交際発覚当時7才だった杏里ちゃんは、母親の恋心が全く理解できなかったんです。家に来た尾崎さんに“嫌いだ!”とゴミ箱を投げつけたこともあったそうですよ。それでも良子さんは“母親よりも、仕事や女としての恋を選んだ”という、自分に対する負い目のほうが強くなって、娘を強くたしなめることができず、悩んでいました」という話である。

母・坂口良子が大腸ガンで死去

2013年3月27日、坂口良子(享年57歳)が、横行結腸ガンと併発した肺炎により亡くなる。

夫の尾崎健夫とは昨年8月に再婚したばかりで、献身的な看病も届かず、わずか7カ月の夫婦生活で悲しい別れを告げた。

最期まで杏里を心配し続けていた母

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2011年の秋にガンが発覚したが、坂口良子は闘病中もドラマやバラエティー番組に出演し、周囲に悟られないよう振る舞っていた。
「何より子供たちのために仕事を続けたい気持ちが強かったのでしょう。坂口は19年前の離婚後、無我夢中で働き、育児ができなかった。それをとても後悔しており、『子供たちに罪滅ぼしをしたい』とよく口にしていた。それでタレントで娘の杏里のために、バラエティーなど女優には畑違いの番組にも積極的に出演したのです」とのこと。

母が残してくれた仕事と遺産

坂口が母娘でイメージキャラクターを務めていた化粧品会社の幹部は、「亡くなる5日前、坂口さんは尾崎さんと一緒に契約の更新に来られました。体調が悪そうで、エスカレーターを降りると車椅子で帰られた。報道で亡くなられたと知って驚きました」と述懐。娘に仕事を残そうと、無理を押して契約を更新したのだ。

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