マックスフィールド・パリッシュは、1870年フィラデルフィア生まれ。少年期は
アメリカ人に「アメリカ・ルネッサンス」(1875~1917)と言われた時代だった。
画家で版画家でもあった父のスティーブン・パリッシュに幼い頃から影響を受け、両親との
ヨーロッパ旅行滞在中に由緒ある美術館で多くの作家の作品を鑑賞したり、写生をする機
会を与えられたが、この頃にはすでに偉大な画家としての萌しが見られた。

彼の本名はフレデリックだが、ミドルネームをペンネームに
用いて父方の祖母の旧姓のマックスフィールド・パリッシュを
使うようになった。(ja.wikipedia.org/wiki/)出典


1892年に入学したペンシルヴェニア芸術学院は写実主義で、特にデッサン力を重視する
傾向があったため、彼のデッサン力も自然と磨かれていった。

Ecstasy large

彼の「パリッシュ・ブルー」を感じられる作品のひとつ「エクスタシー」

挿絵画家として商業分野で活動を始めたのは1896年の頃であるが、類まれな画力と
ベル・エポックの影響による作風は、折から吹き始めたアメリカの産業発展の風に押されて
勢いを増し、評判を呼んだ。



彼の作品には人物や風景を描いているものが多く、その写実性は
もとより、絵に使われた青い色は、濃淡が美しくハレーション効果があると
言われ絶賛された。

Parrish

空、山、水面の全てが全部違う青で彩られている。

この頃は印刷技術の進歩のため本や雑誌の刊行数が圧倒的に多く、挿絵を描く役割である
イラストレーターが、印刷業界で非常に重要な存在として位置づけられるようになった。
後に「アメリカのイラストレーションの黄金時代」と呼ばれることになったが、
マックスフィールドはその筆頭だろう。彼はハリウッドスター並みの人気を得ることが
出来、作品の多くが複製され商品化された。

カレンダーやポスターは、当時のアメリカの家庭の四軒に一軒の家で飾るほど販売数が
多く、多くの人々の目を楽しませる作品であったことに間違いはない。

1916年にルイ・コンフォート・ティファニーと共同で制作した巨大な
モザイク画「花の庭」が有名である。
(http://www.jandl.co.jp/mp/profile.html参考)

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「アリババと40人の盗賊」より

マックスフィールドは、子供向けの挿画も沢山手掛けている。
青を使った絵の他にも、温かみのある色調が魅力的だ。

壁画では「フィレンツェの祭典」が有名。
94歳で亡くなった。

出典: ART.PRO.TOK2.COM

彼の作品の魅力は画家たちの誰もが羨む「パリッシュ・ブルー」を
生んだ事だが、各媒体によって変幻自在な所だ。
これからも素晴らしい画家として記憶に残ることだとう。

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ユーモアと風刺が効いている作品の一つ