バグダッド・カフェ

バグダッド・カフェのレビュー・評価・感想

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バグダッド・カフェ
9

心温まるドラマだけではない、とんがったアート作品

1987年製作の映画。アメリカの作品だとばかり思っていたが、実は西ドイツの作品であった。主題歌が有名な「Callimg You」で、随所に流れるこの曲が物悲しく、世界観に吸い込まれる。
冒頭から物語は不穏だ。かっさかさで砂埃がひどく、気温もかなり高そうな場所で中年夫婦は喧嘩をする。妻のヤスミン(他の登場人物はジャスミンと呼んでいるが本人はヤスミンと言っているのでここはドイツ風で書いた)は、トランクひとつ持って夫と別れ、ひたすら歩く。やっとの思いでたどり着いた場所がカフェ兼モーテルの「バクダッド・カフェ」。このカフェにいる人間たちも、様々な困難を抱えていて相当不機嫌だ。
オーナーのブレンダの不機嫌さと言ったらもうありえない。何がそんなに不機嫌なのかと不思議になる。のんびり屋でやさしい夫に暴言を吐き、家から追い出してしまう。激しく後悔するブレンダだったが、そこにドイツ人ヤスミンが現れる。カフェは長い間掃除をしていないらしく、オフィスはごみだらけでぐちゃぐちゃ、埃がテーブルにたまっている状態。カフェではコーヒーメーカーが故障していて動かない。
そんな場所にヤスミンはしばらく滞在することにした。カフェのぼろぼろのトラックに乗っていたポット。そこに入っているコーヒー、モーテルの部屋の中の不思議な光の絵画とフラッシュバックする過去の情景の映像。光と色の交差がアーティスティックで目が離せない。
物語自体に特別なことがあるわけではないのに、どんどん物語の中に吸い込まれてしまいそうになる。ヤスミンはドイツ人だから英語はわかるけれど、達者ではないし、発音が違ったりしているらしい。カフェの清掃をはじめるヤスミン。夫婦お揃いのトランクを車から取り出すのだが、あろうことか夫のを持ってきてしまったことに気付く。その夫の荷物の中に「マジックセット」があったことから、カフェでマジックを見せることを思いつくヤスミン。大型トラックの運転手たちがどんどんやってくるようになる。しかし、滞在ビザが切れてしまいドイツへ戻ることに。
冒頭あまりにも不機嫌だったブレンダがだんだんと明るくなって、ラスト満面の笑顔を見せるのがすばらしい。アメリカの砂漠の田舎暮らし、偏見や差別がさりげなく織り込まれており見応えがある、今まで観なかったのが残念でならない。今時のスピード感あふれる展開ではないが、なにかほっとさせる秀作。すべての人にお勧めしたい作品である。