ちょっと思い出しただけ

『ちょっと思い出しただけ』は、日本の映画作品。前年に開催された第34回東京国際映画祭で観客賞を受賞し、2022年2月11日に公開された。配給会社は東急テアトル。
主演は池松壮亮・伊藤沙莉、監督・脚本は松居大悟。
主題歌はクリープハイプの尾崎世界観が、名作映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』に着想を得て作曲した『ナイトオンザプラネット』。松居は、クリープハイプの本楽曲に触発され、自身初となるオリジナルラブストーリーを制作した。なお、尾崎世界観はミュージシャン役として、本映画内にも出演している。
様々な人々が集う東京の街を舞台に「7月26日」だけを遡りながら描かれるラブストーリー。主人公は、足の怪我でダンサーを諦めた照生(池松壮亮)とタクシードライバーの葉(伊藤沙莉)。2人が別れた後の2021年から物語は始まり、出会った2016年までの時が巻き戻されていく。喧嘩した日、愛し合った日、初めて出会った日...なんでもないようで2度と戻れない愛おしい日々を丁寧に描いた作品。

ちょっと思い出しただけのレビュー・評価・感想

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ちょっと思い出しただけ
10

センチメンタルが爆発する

「家に帰るまでが遠足です」ではないけれど、映画館を出てタクシーが流れる車道を横目に見ながら、夜の街を歩いて帰るまでが本作です。是非レイトショーで見てほしい一作。

あるカップルの特定の1日を切り取って1年ずつ遡って見せていくもの。別れてお互い別々の道を歩き始めているところから、出会ったころまでの数年を描いている。
池松壮亮の甘ったるいしゃべり方と、伊藤沙莉のしゃがれた笑い声がとにかくピタリとはまっていて、センチメンタルを倍増させる。
年を遡るごとに変化していく距離感と、お互いを見るまなざしの温度。
1年ごとに見たら微妙な変化かもしれないが、それを本当に上手に2人が演じてくれているので、感情移入せずにはいられない。別れるにしても、付き合い続けるにしても、恋が始まったころの熱量はどうしても薄れていってしまうから。
その思いを知っている人であれば、ジワジワとせつなさが溢れて泣いてしまうと思う。

本作は、尾崎世界観がジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』に着想を得て書き上げた『ナイトオンザプラネット』という曲に触発されて作られたとのことなので、予習がてら『ナイト・オン・ザ・プラネット』も鑑賞する。
数年ぶりに見返したそれは、思っていた感じとちょっと違って、エンディングで流れた歌詞にまたジワッときてしまう。
「久しぶりに観てみたけどなんか違って それでちょっと思い出しただけ」。

ちょっと思い出しただけ
7

過去になった人を思い出す、ただそれだけ。一瞬だが、永遠のような瞬間。

タクシードライバーとして働く葉(伊藤沙莉)は、トイレに行きたいと言う乗客のために止まった先でかつての恋人・照生を見かける。その瞬間、二人で紡いだ思い出が蘇っていく。タイトルからも想像できるように、この作品は葉が過去の恋人との時間を思い出しただけの物語。時間軸としては現在から過去に遡る形で、二人が別れてしまった後、別れる直前、愛し合っている幸せの日、そして付き合う前と出会った日へと進んでいく。
この作品は、今は一緒にいないけれど過去に一番大事だと感じた人がいた、そんな人に観て欲しい作品。この映画を観終わった後、きっとその人のことを思い出してしまう。そしてそれがもう元には戻ることのできない時間であることに気づく。それが良い思い出なのか悪い思い出なのかはわからないが、本人にとってはかけがえのない思い出だろう。
また、クリープハイプの楽曲を原作とした脚本であるため、クリープハイプファンにもたまらない作品となっている。
過去に交際経験がないという方には共感できない作品だと思われるかもしれないが、決してそんなことはない。この作品で描かれるのは二人の恋愛模様だけではない。タクシードライバーを続ける葉、夢を追いかける輝生、二人の人生の断片を垣間見ることができる。仕事に対する情熱、なんでもない日常など、自分が体験した些細な瞬間と重ねてしまうようなシーンに溢れている作品だ。

ちょっと思い出しただけ
8

キュンとした胸の痛みを追体験できるVR的映画

別れた恋人、疎遠になった友人。彼ら彼女らを思い出すとき、最初にどの場面が出てくるでしょうか。出会いよりも、別れのシーンを最初に思い出す方が多いのではないでしょうか。それだけ別れはその人にとって強い印象を残すのだと思います。この作品は、タクシー運転手の女性が、ふとしたきっかけで、恋人との別れから出会いまでの6年間を、時を遡って思い出していきます。観客はカップルの「ちょっと思い出しただけ」を追体験できるのです。そのため観客は、良くある出会い別れのラブストーリーを観るよりも自分ごとのように感情移入してしまいます。
この映画では、思い出として出てくるシーンは全て「7月26日」です。彼を吹っ切るための合コンも、ケンカ別れしたのも、イチャイチャしていたのも、付き合う前の微妙な時期の描写も、彼の誕生日も、彼との出会いも、7月26日。6年間を遡っていくにあたって、同じ日付に固定することで、二人の関係や環境の変化がわかりやすく提示されます。
この映画はクリープハイプというロックバンドの「ナイト・オン・ザ・プラネット」という曲に触発されてつくられました。またこの楽曲自体は同名のジム・ジャームッシュ監督の映画に影響を受けてつくられています。カルチャーのリスペクト数珠つなぎで新たな作品が出来上がったことには驚きを覚えます。これらを鑑賞前にチェックしておくと、よりいっそう作品を楽しめるでしょう。