あん(映画)

あん(映画)のレビュー・評価・感想

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あん(映画)
10

自分ではどうにもできない理由で、あきらめた事はありますか?

映画『あん』は、ドリアン助川さんの原作を、河瀨直美監督が、映画化した作品です。
出演者は、故・樹木希林さん、永瀬正敏さん、内田伽羅さん、水野美紀さん、浅田美代子さん、故・市原悦子さん他。
徳江役の樹木さんの演技と、中学生・ワカナ役のその孫の内田さんの共演、河瀨監督作品ならではの、季節感たっぷりの映像美など、注目の点はいくつもあります。

ですが、まずは、何も考えず、初めの場面から、最後の場面での、永瀬正敏さん演じる千太郎の一言まで、
秦基博さんの主題歌『水彩の月』が流れ終わるまで、ただ『あん』を観ることをおすすめします。

『あん』の主要人物は三人です。
どら焼き店「どら春」の雇われ店長・千太郎。
ある日、「どら春」に現れる客・徳江。「どら春」の常連の中学生・ワカナ。
三人とも、人に言わない事情をそれぞれ抱えていました。
ある日、「どら春」に徳江が訪れてから、三人は関わりを深め、店も繁盛していきます。
三人のやりとりは、観る者の心をあたためてくれる、見どころの一つです。

それでも、店に危機がやってきます。思わぬことから、店の客足が減っていきます。
そこでの見どころは、危機を呼ぶきっかけの一人、「どら春」のオーナー役・浅田美代子さんの演技です。
本当にふらりと立ち寄ったような、そのふるまいに注目してください。
「善意」を持った、普通の人がそこにいます。

危機を経て、『あん』の物語の終わりには、桜が咲く時季を迎えます。
初めからこの映画を観た人には、そこでのワカナの歩みや千太郎の言葉に、感じることがきっとあるでしょう。

『あん』は、観る者の心の深いところに、いろんなものを残す映画です。
ぜひ一度、観てみてください。
そして、どら焼きを見かけたら、ひとつ食べながらでも、この映画を思い出して、何度でも、観てください。

あん(映画)
9

役者陣が素晴らしい

この映画は、芸達者な役者陣か揃えられたことに尽きると思う。樹木希林は言わすもがな。永瀬正敏の、言葉は尽くさなくても、表情で語る感じ。情けなくて時々イライラするけど、優しい小心者は、心に響く。そして浅田美代子。嫌な女。下世話な話し方、下品な雰囲気、いやな目つき。だけど、俗っぽさが妙なリアリティーを生み出していて、自分の中にもこの女みたいなところあるなって、気付かされてしまう。差別とか、色眼鏡とか、ほんと人間の汚い面を見せられて、辛くなるけれど、だからこそそれに向き合って、考えないといけないんだって、思わせてくれる作品。樹木希林の存在が、どーんとこの話の底辺に横たわっているから、最後までしっかりと観ることができるのかな。
本当に、非のうちどころのない映画だと個人的には思うが、「あん」っていうタイトルだけが、少しばかり違和感感じるのは私だけだろうか?毎日練り続ける魅惑のあんこもだけど、めちゃくちゃ美味しそうな皮も、主役にならないのか?いっそのこと、タイトルがどら焼きだったら良かったのにな。
それはさておき、こんな作品を鑑賞してしまうと、樹木希林という女優さんの損失は日本映画界にとってダメージ大きすぎると改めて感じる。

あん(映画)
9

樹木希林さんのすべてが輝いてました

毎日ちょっとやる気なくどら焼きを焼いている「どら春」の店主・千太郎と、そこに「バイト募集」の貼り紙を見て声を掛けてきた老女・徳江のお話です。
最初はどう見ても高齢の徳江を断る千太郎なんですが、徳江の作ったあんこの美味しさにびっくりして、
2人は一緒に働くことになるんです。
樹木希林さん演じる徳江はハンセン病患者なんですね、なので手が少し歪な形をしていて不自由なんです。
千太郎はその事に触れず、毎日丁寧にあんこを作る徳江の姿に少しずつ安らぎを感じていきます。
そして徳江のあんこのおかげで店のどら焼きは完売するまでに売れるようになっていくんですが、それと同時に徳江がハンセン病患者である事が噂され始めるんです。
人間ってこういう事には敏感というか、それからどら焼きは売れなくなっていき、徳江は千太郎に気を遣ってかひっそりお店を辞めてしまいます。
ずっとずっと隔離施設で育ってきた徳江にとって、世間とかかわれる事がどんなに楽しかったでしょうか。
季節の移ろいを肌で感じ、すべての存在を愛おしく愛でる姿や語りかける仕草に、徳江が毎日を大切に生きてるのが伝わってきます。
前科のある千太郎にとっても、徳江との出会いは生きるという本当の意味を教えられるものだったと思います。
徳江の死後、千太郎はテープに吹き込まれた徳江の最後の言葉に涙します。
そして今までやる気なく作っていたどら焼きを、最高の笑顔で売る千太郎の姿が凄く良かったです。

あん(映画)
10

生きるって辛い

不本意な不自由さを味わう人々の人生模様が「どら焼き」を通して描かれています。樹木希林さんが演じる徳江さんは、温かくてチャーミングな人でした。演技とは思えないほど自然で、人生を積み重ねてきた人間にしか出せない深みがありました。どら春を去る時のなんとも言えない表情が忘れられません。
徳江さんはいつも、食べ物や植物、風などに話しかけ、耳を澄ましています。様々な声が聞こえてくるそうです。気づかずに過ごしてしまっているけれど、気づかないほど当たり前になっている日々の生活の中に感動やメッセージがあるのかもしれないと感じました。「私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくても、私たちには生きる意味があるのよ。」これが、徳江さんがこれまでの壮絶な人生を経て、未来ある者たちに伝えようとした「生きる意味」なのです。
私も徳江さんを見習いたい。この世をよく見て、よく聞いて、生きる意味を全うしたいと思いました。カゴから放したカナリヤのように、ハンセン病患者が閉ざされた世界から解放され、差別なき世の中になることを心から祈ります。本当に見て良かったと思える作品に出会えて、幸せです。

あん(映画)
10

悲しさの中に湧き上がるすがすがしい感動

どら焼き屋の雇われ店長、常連の女子中学生、どら焼き屋で働くことになった老女の三人の心の触れ合いとそれに伴う心境の変化が、美しい日本の四季の映像とともに描かれる。
過去の傷を引きずりながら、生きがいもなく淡々と毎日を過ごしていたどら焼きや「どら春」の雇われ店長千太郎は、懇願されて一緒に働くことになった老女・徳江との対話やその生き方に触れて、少しずつ人間らしさを取り戻していく。また、家には居場所のない女子中学生のワカナは、どら焼きやが安心できる場所になっているようで常連客になっているが、彼女もまた、徳江と触れ合うことで生きる希望をもらう。
徳江の作るあんこが美味しいと評判になり、どら焼き屋が繁盛してきた矢先に、徳江がハンセン病患者であるという噂によって客足は途絶えてしまう。徳江はどら焼き屋を辞めて去っていく。心無い噂で傷ついたんじゃないかと心配した千太郎とワカナは徳江を訪ねてハンセン病患者の集落のようになっている場所へ行くが、逆に励まされる。その後再度二人が訪れた時にはもう徳江は帰らぬ人になっていた。世間のハンセン病患者に対する冷たい視線は変わらないが、この二人の中には確かに患者に対するあたたかく強い想いが芽生えているのだった。