湯を沸かすほどの熱い愛

湯を沸かすほどの熱い愛のレビュー・評価・感想

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湯を沸かすほどの熱い愛
10

新作が待ち遠しい監督がまたひとり増えた

原作モノや続編があふれる今、オリジナルでもこれほど胸にガツンとくる映画を作れるのだと証明する力作。奇をてらわず、どっしりとした王道のファミリー・ドラマを描き上げている点、スタッフもキャストも実に肝が据わっている。

“大衆浴場”という絶滅危惧の文化は本作の象徴ともいえよう。多くが「しょうがない」と簡単に諦めてしまうところを、本作のお母ちゃんは絶対に諦めない。自らの死期を悟るや否や、自分の望むことすべてを、がむしゃらなまでに成し遂げようとする。その意地と根性が伝播し、人の心を裸にさせる。そうやって裸になった心と心をしっかりと繋いでいく。ある意味この人は“歩く大衆浴場”だ。

見方によっては死にゆく者のエゴかもしれないが、周囲が「彼女に賭けてみたい」と思うのは、この歌舞伎の人情物から飛び出してきたようなヒロインのなせるわざ。宮沢の熱演、お見事。肌にジンジンくるほどの湯加減が、観る者の心をいつまでも心をポカポカと冷まさせない。
「チチを撮りに」が良かったので、本作も期待はしていたが、予想をはるかに超える大傑作。エピソードを積み上げていくなかで、映像から伝わる感情をコントロールするのが格別にうまい監督だと思う。
宮沢りえの役どころは、夫が家出中、娘は学校でいじめられていて、さらに自分は末期ガンを宣告されてしまうという、まさに踏んだり蹴ったりの女性。ところが、持ち前の強さと明るさと愛情で、家族と出会ったすべての人を変えていく。その慈愛ぶりはまるで聖人のようだが、宮沢が実に人間らしく、魅力たっぷりに演じている。
観賞してから何日もたつのに、思い出すだけで涙腺がゆるみそうになるシーンがいくつもある。彼女が出会った人々を愛であたためたように、映画を観た人の心にもきっと「熱い思い」が残るはず。新作が待ち遠しい監督が、またひとり増えた。

湯を沸かすほどの熱い愛
10

最高に美しい物語り

宮沢りえが主演の映画です。
娘に杉咲花、ダメなお父ちゃんをオダギリジョーと連れ子は、伊東蒼ちゃんです。
主人公・双葉(宮沢りえ)は、パート先で倒れ、余命三ヶ月と宣告されます。潰れた銭湯の浴槽の中で泣くシーンは、双葉の苦悩が伝わり切なくなります。そして、潰れた銭湯を再開すること、蒸発した夫一浩(オダギリジョー)を連れ戻すこと、優しく弱い安澄(杉咲花)を強くすること、安澄をある人に会わせることを決意します。
夫を連れ戻し、一浩は鮎子(伊東蒼)を連れて帰って来ます。鮎子の母親は、鮎子を残し蒸発しています。安澄は、学校でいじめにあっていますが、戦うことを教えます。安澄が「学校に行きたくない」と、布団から出ないのを双葉が無理矢理起こすシーンがあるのですが、宮沢りえと杉咲花の演技が光る、好きな場面です。
好きな場面と言えば、鮎子が迎えにくると言った母親を待つために、アパートまで戻り、雨の中独りでいるところを双葉と安澄が迎えに行くところです。翌朝のしゃぶしゃぶを食べる中、鮎子が「ここにいてもいいですか?」と、泣くシーンは、伊東蒼の演技に泣けます。
母親と娘の物語りです。安澄のと母親の関係、鮎子と母親の関係、双葉と母親の関係、その中でヒマワリのように明るく、銭湯の湯のように熱い双葉が注ぐ愛情と、宮沢りえの鬼気迫る演技が心を奪います。