新世紀エヴァンゲリオン / Neon Genesis EVANGELION / Evangelion

新世紀エヴァンゲリオン / Neon Genesis EVANGELION / Evangelionのレビュー・評価・感想

レビューを書く
新世紀エヴァンゲリオン / Neon Genesis EVANGELION / Evangelion
10

エヴァンゲリオンが起こした犯罪。

いきなり会ってなかった父親に突然呼び出され、謎のロボット《エヴァンゲリオン》に乗ることになってしまう碇シンジ。架空の近未来都市である第三新東京市に《使途》と呼ばれる敵が攻めてくる。精神が錯乱してしまう状況下でシンジは綾波レイの傷ついた姿を見てエヴァに乗る決意をする。自分自身を好きになる、肯定するなど、一見シンプルに感じる普遍的なテーマが実に鮮明に描かれている。
物語の後半はある意味で自己啓発セミナーを受けているような感覚にも陥る。ゼーレの進める《人類補完計画》とは一体何なのか!?そして、僕たちニンゲンは何のために生きているのか。ここまでこんな根源的な生物のテーマを取り扱ったアニメーションはなかったかもしれない。がしかし、そこまで踏み込んだからこそエヴァはこれほどまでにブームになったのだと思う。実際には現代人はこんな哲学的なテーマが好きなのである。
エヴァには思春期の十四歳の子供たち、チルドレンが乗っている。そもそもエヴァはロボットではない。ニンゲンをかたどって巨大化しただけの、血の通った生物なのである。その凶暴性を装甲に見える拘束具で抑えている。エヴァが倒した使途の肉を貪り喰うシーンはあまりにも強烈だった。

新世紀エヴァンゲリオン / Neon Genesis EVANGELION / Evangelion
10

子供がエヴァに乗る理由

僕がエヴァンゲリオンを初めて観たのは90年代後半になる。かれこれ20年以上も前の話だ。
当時、エヴァはすでに社会現象になっていた。スクープという鳥越俊太郎が司会をしている報道番組でエヴァの特集をしていた。ルーズソックスを履いた女子高生の二人にエヴァを観てもらい感想を聞くというもの。予想に反して女子高生の反応は興味深かったのを今でも覚えている。女子高生の一人は感動して泣いていた。ひきこもっていた僕とは真逆の存在である彼女たちの言葉にとても惹かれるものがあったので、その夜、父の車で隣町のレンタルビデオ店に連れて行ってもらった。あるのは全部借りてきて、僕は朝方までエヴァの世界観に浸った。物語は特殊ではなかった。誰にでも起こりうる話。主人公の碇シンジ(14歳)はある日、父親のゲンドウに呼ばれて、突然エヴァに乗るように命じられる。地球を守るために攻めてきた使途と戦えというのだ。シンジの心境を考えれば、はっきり言ってムチャクチャである。この時点でエヴァは他のガンダムのようなロボットアニメとは大きく違う。シンジをはじめとするチルドレンたちは誰もエヴァに乗る本来の理由について理解していない。様々な葛藤を現在進行形で抱いている。誰かの見えない力によって自分は逃れられないポジティブに追い込まれてしまったのだ。碇シンジの抱いた『逃げちゃダメだ!』という感情は現代人には非常に普遍的なものである。今もなお。おそらくは女子高生の二人もそこに引き込まれたのではないだろうか。