尾崎豊

尾崎豊のレビュー・評価・感想

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尾崎豊
8

色あせない大人への反抗「尾崎豊」

大人とはなにか、愛とは何か。生涯問い続け、歌い続けた歌手がいます。彼の名前は尾崎豊。

代表曲と言えば、「盗んだバイクで走り出す」で有名な「十五の夜」やカラオケで上位にランクインし続ける「I LOVE YOU」など。
しっかり聞いたことはないけど、どこか聞き覚えがある曲としていつの時代も若者の耳に入ってくるのではないでしょうか。

彼は1992年、26歳という若さでこの世を去りました。彼が残した多くの曲は今でも「大人とはなにか」を問い続けています。

デビュー曲は先にも上げた「15の夜」です。
「誰にも縛られたくないと逃げ込んだこの夜に、自由になれた気がした15の夜」。サビのフレーズです。逃げ出した先で自由になったのではなく、結局は自由になれた気がした。諦めでもなく妥協でもない、ただ受け入れなくてはいけない支配への微かな抵抗を若干16歳で歌い上げる尾崎豊の才能には脱帽せざるを得ません。

セカンドアルバム「回帰線」には代表曲の一つ「卒業」が収録されています。「卒業して一体なにが分かるというのか。思い出の他になにが残るというのか」力強く叫ばれるこの歌詞は指導というベールを被りながら支配空間として鎮座する学校への欺瞞と不満を吐き出す尾崎の気持ちが綴られています。

10代という若さで少年や少女の言葉にできない気持ちの代弁者となった尾崎。彼の歌う曲は愛と大人への抵抗に満ちていました。
しかし、20代を迎えた尾崎は転機を迎えます。子供が生まれ、10代の代弁者であった自分が確実に歳を取っていく中で生まれた葛藤。その集大成が5thアルバム「誕生」です。
晩年の作品に入る「誕生」は今までのレジスタンス的な歌詞は一切なく、孤独と寂しさと愛に満ちています。「誕生」という曲の最後に尾崎はこう語り掛けます。
「新しく生まれてくる者よ。お前は間違っていない。誰も一人にはなりたくないんだ。それが人生だ、分かるか」
仲間、家出、反抗、不満、魂のまま叫び続けた尾崎は最後、呟くように新しい生命に語り掛ける。
これは大人になることの諦めのため息なのか。人生を悟った最後の遺言だったのか。果たしてそれは定かではない。

26歳で急死した尾崎は大人だったのか。きっと彼も分かっていない。そもそも大人とは何か。普遍的な答えは見つからないが、尾崎豊は自分の中でその答えを見つけるヒントになると思います。

尾崎豊
10

本人も知らない尾崎豊の心理

高校3年生でデビューする尾崎豊。中学生の頃からギターやピアノで作者作曲をしていました。特徴的な誰とも重ならない歌詞です。歌詞というより、切ない思いを綴った手紙のようです。中学生というまだ子供のような時期に作られた楽曲は衝撃を与える。心の中の更に奥深くにある思いを誰も表現できないような言葉で発信する。街の隅に転がっているようなゴミにすら、言葉をかけてしまうような歌詞です。
またそのような繊細な表現をしたかと思うと、社会に対して恐ろしい反発心を訴えるのです。この両極端な楽曲は一曲聴いただけでは理解できず「尾崎豊」というミュージシャンを間違えて捉えてしまいます。ヒットした曲のみメディアで取り上げられるため、繊細よりも反社会的な行動の曲が印象付けられてしまうのです。これは他のミュージシャンにも共通することです。人の心に入ってくる歌詞はカリスマとまで言われてしまいます。それは、自分では求めていないイメージです。それでも万人受けするわけでもないのです。そのため自分でも、世間の視線やイメージに戸惑う生活を送ることになります。結果、迷路に入ってしまったような曲が徐々に増えてきます。すべての曲を何百回と聴いても尾崎豊という人間を理解することは不可能です。自分を越えてしまったもう一人の「尾崎豊」に自身も理解できなくなるのです。

尾崎豊
8

尾崎豊のデビューライブと音楽性について。

二十歳までに出した3枚のアルバム『十七歳の地図』『回帰線』『壊れた扉から』を聴けば、尾崎豊の音楽性について特別語る必要はなくなると言っても過言ではないと思う。

彼の音楽は18歳のデビューライブの段階ですでに完成されていた。新宿ルイードのライブ映像を何度も観た。楽屋でソワソワしながらスタッフに『あと何分ですか?』とくったくのない笑顔で聞いている尾崎豊はとても感じのいい好青年だった。まるでアイドルのような甘いマスクをしていた。額を汗でビッショリになりながら鏡に向かってファイティングポーズを取る尾崎。試合前のボクサーさながらにシャドウボクシングを繰り返す。そして、ライブが始まった。
『街の風景』『ILOVEYOU』『15の夜』『十七歳の地図』『シェリー』『僕が僕であるために』『ダンスホール』を歌う。ほとんどベスト盤に近い内容だった。曲によって尾崎の表情は豹変した。一番印象的だったのは『15の夜』を歌う前のMC。ごく当たり前のことのように中学時代にみんなで家出をしたエピソードを話す。汚い大人には絶対になりたくない。偽善的な恋愛など受けつけない。尾崎豊は全く楽しんでいない。歌う姿は苦しそうに見える。そんなの本当の音楽じゃない。そういう人々も多くいるだろう。だけど、一番の問題はそうじゃなくて、尾崎の歌を聴いて共感を抱いた人間が自分も含めあまりにも多かったことなのだ。