禅と骨 Zen and Bones

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禅と骨 Zen and Bones
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時代に翻弄されたハーフお爺ちゃん禅僧の魂の記録

横浜で生まれ育ったその青年は、次兄を連れアメリカへ帰国したのち音沙汰の無くなった父を探しに、横浜港から氷川丸に乗った。それが母との今生の別れとなるとは知らずに。
戦争とさすらいの血に翻弄された日米ハーフ禅僧の、破天荒な人生を描くドキュメンタリー映画、「禅と骨(Zen and Bones)」。茶花や陶芸を嗜み、日本語の本を英訳、映画「動天」では宣教師を演じ、千玄室や水上勉と親しく交流した、坊さんというより飄々とした風流人、京都天龍寺禅僧ヘンリ・ミトワ(Henry Mittwer)の晩年に密着した作品。この坊さんが童謡「赤い靴」を映画化したいと素っ頓狂な夢を抱いた事により、家族や友人を巻き込みながらも、坊さんの数奇な人生そのものがクローズアップされる事となった。
渡米後ミトワ青年はサチコと出会うも、太平洋戦争勃発。日系人強制収容所に共に抑留される。日本へ送還されたいが為に米軍に志願するも、いつしか家族も増えアメリカに留まり、日本に単身帰国したのは21年後。禅に傾倒し京都妙心寺へ身を寄せる。
LAに残ったサチコはピアノを教え生計を立て、その後娘達が教育の為に日本に呼び寄せられ、最終的に一家は天龍寺内に居を構える。裏千家に出入りし陶芸や生け花も始め、ミトワ青年はやがて僧侶の道へ。時は経ち、京都に変わり者のお爺ちゃん僧侶がいると聞きつけた、「ヨコハマメリー」を完成させたばかりの中村監督と出会った。

赤い靴はいてた女の子
異人さんにつれられて行っちゃった
横浜の埠頭から船に乗って
異人さんにつれられて行っちゃった
(作詞: 野口雨情、作曲: 本居長世)

映画「赤い靴」は実写版、アニメ版、様々な試みがなされたものの、予算の関係や方向性の錯綜でうやむやに。月に一度上洛し、交流の続いていた中村監督のカメラは、感情をあらわにし、禅の道というよりgoing my wayな気分屋爺さんの日々をつぶさにとらえる。多感な時期に言葉もよく分からぬ日本に連れてこられた事が、ある意味未だにトラウマとなっている次女との激しいいさかい、居合わせた長男長女も含め、日本語と英語のちゃんぽんなやり取りとなってゆくカオス的シーンが、観ているこちらの心にグサリと突き刺さる。

若き頃の再現ドラマ内でミトワ青年を演じる、奇しくも同様にドイツ系アメリカ人の父親を持つ(けれど長兄を演じたチャド・マレーンが仰天したほど英語が話せなかったらしい)ウエンツ瑛士の熱演も光る。「刑事さん、私には分かりません。私は日本で生まれた日本人です。」…バラエティ番組の時とも違う、素の状態の自分を出せたという。
他には元芸者の姐御的な母親として余貴美子が出演、そしてエンドロール時にかかる曲は横山剣歌う「骨まで愛して」。
ミトワは赤い靴の女の子に何を託したかったのだろう。そしてヒトは何処からやって来て何処へ流れてゆくのだろう…そんな事を改めて考えさせられもし、幕が閉じるまでYokohamaが通奏低音のようにゆるゆると根底に流れている作品である。