秒速5センチメートル / 5 Centimeters per Second

秒速5センチメートル / 5 Centimeters per Second

『秒速5センチメートル』とは、2007年に公開された日本のアニメーション映画作品およびそれを原作とした小説・漫画などの派生作品。「君の名は。」(2016年)で有名な新海誠監督の劇場公開長編第3作目。思春期から成人までの男女の心の距離と速度をテーマとした3つの短編の連作。現実の現代日本を舞台に、少年・少女を主人公とした恋模様や葛藤が描かれる。

bctmr9671のレビュー・評価・感想

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秒速5センチメートル / 5 Centimeters per Second
8

『君の名は。』より前の新海誠作品を観た

『秒速5センチメートル』は2007年3月に公開された作品だ。3つの短いストーリーにより構成されている。
1つ目のストーリーでは貴樹という少年が、かつて同級生で仲の良かったが転向してしまった明里に電車を乗り継いで会いに行くストーリーだ。しかし、雪のため電車は思うように進まない。停滞し続ける電車の中で、貴樹は焦燥に苛まれていく。果たして、明里はまだ、待ち合わせ場所にいるのだろうか……。2007年の中学生ということで二人ともスマホはおろか携帯電はさえまだ持っていない。連絡手段は手紙だけだ。今では考えられない関係のあり方が新鮮で、また連絡手段における制約がストーリーづくりにも巧みに生かされている。
2つ目は親の仕事で種子島へ引っ越した貴樹と、貴樹に恋をしている女の子の物語だ。物語はその女の子――花苗――の視点から語られる。貴樹に想いを伝えようとする花苗だが、貴樹がどことなくそういった告白を寄せ付けないような雰囲気を出しているように思えて逡巡する。それでも、貴樹はあくまで花苗に優しく、それが一層花苗の心を切なく揺さぶる。いまだに転校前に住んでいたときの女の子から気持ちが離れていない貴樹の姿を花苗が語るストーリー。優しいけれど、伝えたい思いを塞がれてしまう切なさを描いており心打たれる。
3つ目では就職してから東京で暮らしている貴樹に語り手が戻っている。貴樹の現状が説明された後に、明里の現在に話が切り替わる。未だに過去の想いに囚われている貴樹と、過去を大切な思い出として胸にしまい込み前へ進んでいる明里が対照的に描かれている。しかし、最後のシーンで、貴樹も、前を向いて歩き始めることになる。
物語として最後に主人公が求めたものとすれ違ってしまうが、それを諦めて前に進む本作のラストシーンと『君の名は。』のラストシーンをぜひ見比べてほしい。『君の名は。』が大ヒットした一方で、往年の新海誠ファンの一部が失望を顕にしているのはこの一点に集約されるようにも思われる。