チョコレートドーナツ(Any Day Now)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

実話から生まれた物語を2012年にトラヴィス・ファイン監督が映画化。数々の観客賞を受賞し、日本でも異例のロングランを記録した感動のヒューマンドラマ。
歌手を夢見るゲイのルディはダウン症のマルコと出会い、麻薬所持で逮捕された母親の代わりにマルコを育ることを決意する。しかし恋人のポールとともに家族になった三人の幸せな時間は、同性愛を犯罪とする当時の社会によって引き裂かれていく。

この映画の時代背景として「自然に反する性行動」を犯罪とする法律「ソドミー法」というものがある。その歴史は紀元前までさかのぼる。アメリカでも合衆国成立初期の時代からこういった概念が存在し、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの総称)たちはこの法律により刑罰を受けていた。
そのため世間の風当たりも強く、激しい差別や偏見、暴力を受けることもあった。そんな虐げられた環境を少しでも変えようと、LGBTたちは訴訟や差別撤廃運動を起こし始める。

1969年6月28日。ニューヨークにあるゲイバー「ストーンウォール・イン」が、警察による踏み込み捜査を受け、LGBTたちは初めて警官に立ち向かい、暴動となった。この「ストーンウォールの反乱」と呼ばれる事件は、LGBTの権利獲得運動を加速させた。
1977年にはアメリカで初めて、ゲイであることを明らかにして立候補したハーヴェイ・ミルクが、選挙で選ばれた公職者となった。しかし翌年、同僚議員のダン・ホワイトによって、ジョージ・マスコーニ市長とともに射殺されてしまう。そしてホワイトにわずか7年という禁固刑が言い渡されるとLGBTたちは激怒。偏見に基づく判決だとして暴動を起こした。

ポールとルディ、そしてマルコが生きていたのは、そんな時代であった。LGBTたちが権利を求める声は過熱していたものの、世間一般の認識ではまだ彼らは犯罪者で、見つけたら通報するのが当たり前であり、罰を受けるのが当たり前であったのだ。
ポールの上司ウィルソンの行動は、現代の感覚からすればなぜそこまでと思うものかもしれないが、当時の一般的な人々の反応や行動を象徴しているといえる。おそらくウィルソンはポールとルディを陥れたかったわけでも、マルコと引き離したかったわけでもなく、一般的感覚と州検察官としての考えに基づき、正しい行いをしているつもりだったのだろう。

見どころ

本作の大きな見どころは、舞台『キャバレー』でトニー賞を始め数々の賞を受賞し、自らもLGBTであることをカミングアウトしているアラン・カミングの素晴らしい演技と歌声だ。
差別や偏見を受けながらもまっすぐに堂々と生きるルディは、アラン・カミングそのものなのかもしれない。彼自身の魂の叫びのような演技は観るものの心を揺さぶり、自分らしく生きるとはどういうことなのか考えさせられる。

そしてやはり舞台で鍛え上げられたその歌声には多くの人が惹きつけられるだろう。音楽にのせて自分の生い立ちをポールに歌って聴かせるシーンはとてもチャーミングであるし、ポールとルディ、そしてマルコの短くも幸せな日々を映し出すシーンで歌われる「Come To Me」は優しく心に染み入ってくる。

そんな中でも圧巻なのが、ラストシーンでルディが歌うボブ・ディランの名曲「I Shall Be Released」だ。歌詞の中に出てくる「Any Day Now(いつの日か)」は本作の原題にもなっている。その言葉のとおり、悲しみや怒り、様々な感情を抱え、それでも胸を張って「いつの日か私たちは解放される」と歌うルディの姿は、今もなおマイノリティへの偏見や差別が続く時代に生きる私たちに、多くのことを教えてくれる。

『チョコレートドーナツ』の名言・名セリフ/名シーン・名場面

『ハッピーエンドね』

家庭局の目から逃れるため、ポールの家に泊まることになったルディとマルコ。ベッドに入ったマルコがルディに「ママは戻ってくる?」と尋ねると、ルディは「いいえ」と答えた。そしてマルコが「一緒にいてもいい?」と聞くと、「わからない」と答える。マルコは少し考えたあと「お話を聞かせてくれる?」とルディに頼む。本がないのでお話を作るというルディにマルコは「ハッピーエンドね」とせがんだ。

ルディは決してマルコに嘘をつかない。それはマルコを一人の人間として尊重していることの表れである。そしてマルコは、自分のことも、自分が置かれている環境もよく理解している。だからこそ正直に「分からない」と言うルディに対し、「お願いだから一緒にいて」などと言うことはない。その代わり、小さな望みとしてハッピーエンドのお話をせがむのだ。お話の主人公が自分だと知ったときのマルコの満面の笑みが、深く心に残るシーンである。

『一人の人生の話だぞ!あんたらが気にも留めない人生だ!』

ポールの上司・ウィルソンの通報によってマルコと引き離されてしまったポールとルディ。すぐにマルコを施設から戻すよう申し立てするが、判事は全く耳を貸そうとしない。「本来なら法廷で関係を偽った件で偽証罪に問うところですよ」という判事に対し、ルディは「一人の人生の話だぞ!あんたらが気にも留めない人生だ!」と怒りをあらわにする。

ルディはただ、何も悪くないのに辛い思いをしているマルコの力になりたいだけだった。それなのに周りの大人は自分がゲイであることばかりを叩き、誰もマルコのことを知ろうともしない。マルコを見てくれ。マルコを知ってくれ。マルコの人生を今あなたは決めようとしているのだ…。そんなルディの叫びが、心に突き刺さる。

『チョコレートドーナツ』のエピソード・逸話

名シナリオに崩れ落ち涙したトラヴィス・ファイン

ジョージ・アーサー・ブルームがこのシナリオを思いついたのは、近所に住むルディというゲイの男性と知り合ったのがきっかけだった。ルディが住むアパートには、薬物依存症の母親と障害をもった息子が暮らしていた。そしてルディは何度かその息子と過ごすことがあったという。その話を聞いたジョージは「ルディがその子を養子にしたらどうなるだろう」と考え、様々な調査の末、このシナリオを書きあげた。

しかしこのシナリオは20年もの間、日の目を見ることはなかった。そんなシナリオを監督のトラヴィス・ファインのもとに持ち込んだのは、音楽監修をやっていたPJブルームだった。彼はジョージの息子だったのだ。シナリオを読んだトラヴィス・ファインは崩れ落ち、涙を流した。そしてすぐにジョージに連絡を取り、シナリオをリライトする許可を得たあと、この物語は完成したのだ。

アイザック・レイヴァというスーパースター

本作でマルコを演じたアイザック・レイヴァは、子どもの頃からディズニーチャンネルが好きで、18歳のとき「俳優になりたい」という夢を持った。母親のジャスティンは悩んだ末、彼の夢を応援することを決意。障害者のための演劇学校を見つけ出した。オーディションでマルコ役が決まると、アイザックは監督の前で「人生の夢がかないました」と言って涙を流したという。

ダウン症を抱えるアイザックにとって、映画撮影の現場は想像以上に大変なものだった。それでも彼はいつも笑顔を絶やさない。クリスマスパーティーのシーンでカメラが故障し撮り直しを余儀なくされたとき、俳優たちがピリピリするなかアイザックは「またクリスマスなの?」と喜んだ。それにつられて俳優たちも笑顔になり「アイザックに初心を思い出させてもらった」と語った。そんなアイザックのことをトラヴィス・ファイン監督は「スーパースター」と呼んでいる。

予告動画

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