不思議な少年(A Wonder Boy)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

2001年から『週刊モーニング』で不定期連載され、『モーニング・ツー』に2006年から移籍した山下和美の漫画。様々な時代、国、シチュエーションに「少年」が現れ、そこにいる人間たちの営みを見つめ続ける。「人間とは何か」という疑問を投げかけ続けるドラマティック・ストーリー。2014年までで9巻発行されている。

2巻『ソクラテス』にて、少年はソクラテスほどの人物が死刑をそのまま受け入れ、逃亡することもなく死を選択することを不思議に思っていたが、ソラクテスは自分の住んでいる場所の法律には従わなければならないと言い、なおかつ「死後の世界」を楽しみにしていると言う。
少年は「人間は愚かだ」「死後の世界などない」ということを知らしめるために死刑直前のソクラテスを時間旅行させ、彼の過ごした時代よりずっと未来の現代まで連れてくる。
ソクラテスは哲学者ゆえ「誰かと対話する」ということを重要視した人物だが、現代は誰も「対話」を求めていない現実に呆然とする。
そんなソクラテスは、疲れて自殺しようとしているサラリーマンが、その原因となった上司と携帯電話で会話することにより自殺をやめるシーンで、自分の「私は知らないということを知っている」という単語が引用されるのを見て「これで証明されたな2千400年たっても私は生きているということがだ」と少年へ言う。
少年はそんなことはなんの証明にもならない、死後の世界などないと反論するが、ソクラテスは「君の命がもしも永遠ならば 君は永遠に死を知ることができない」と、少年を理論でねじふせてしまう。
少年が「少年」であるがゆえに、どうしても知ることができない「死」というものにたいし、ソクラテスはアテネに戻ると全く恐れることなくそれを受け入れる。
ソクラテスの「知らないと言うことを知っている」という高名なセリフが、「なぜ人間に興味を持つのか?」という少年自身の疑問と重なり、「人間にはまだまだ自分の好奇心を満たしてくれる何かがあるからだ」と少年も読者も納得させてくれるのがこの『ソクラテス』である。

人間は自分の満足のために生きている

人間は、エゴと呼ばれる自分自身の欲望を満たすために生きている。
少年はそれを見ることを楽しみとしているが、その欲望を全く持たない人間もたまにいる。
欲望を持った人間をけしかけて復讐や財をなすのを見るのは簡単だ。
実際少年は何度もそれをやってきている。
が、2巻の最初に収録されている『鉄雄』では、ちょっと趣が変わる。
鉄雄は広島の原爆によって故郷を追われ、北海道へと渡り住む。
そこで子供などには歌を聴かせることはあるものの、決して大舞台などにはあがらない。
少年は彼の歌声を世界中に認めさせようと、舞台の上にあげる。
だが、鉄雄はこの後、その幻想から逃れ一匹の犬が自分の歌を聴いていることに気づき、「まあ ええか なんじゃ ひとが認めてくれるかどうかなんてことはね…」と言う。
その後彼は原爆の後遺症により亡くなるが、少年は涙を流し、「やっとわかった 僕は君の歌を本気で愛していたんだ」と悔しがる。
そこにはエゴばかり見てきた少年の、本当に美しいものを認めて欲しいという「エゴ」が存在していて、それが少年にもわかっている。
少年は人間ではないけれど、このことによりより一層人間に執着する様子が見て取れる。

何千何億の奇跡の元に

3巻『末次家の三人』では、少年は今までと違った干渉の仕方をする。
「なぜあなたは人間なんかに興味があるの?」と冒頭で問いかけられた少年は、「それを捜してみるのも悪くない」と、末次家の長男になりすます。
そこは一般的な日本の核家族で、テレビを見ながらご飯を食べる息子、リストラされた父親、それに気づいている母親、飼い猫がいた。
父親はリストラ以来、会社に行く振りを続けていた。息子が音楽を聴きながら食卓ではなく、別のテーブルで食事をする姿を注意する気にもなれない。
少年は父親に、自分の先祖がどのように暮らしてきたかをその不思議な力で見せる。
父親はその先祖の動向に一喜一憂する。
母親と子供が出ていき、会社に行く振りをする必要もなくなった父親は、毎日をより一層なんの目的もなく過ごすが、買い物の帰り道長男に化けた少年似会う。
そこで先祖の話をもう一度聞くが、その時に少年から「ありとあらゆる選択肢を乗り越えて可能性を選んできた結果、僕たちは食卓を囲んだ」という意味の言葉が告げられる。
ただぼーっと過ごしてきた日常をもう一度見つめ直し、もう一度家族として食卓を囲む可能性について考える父親。
そこで「奇跡」とはとんでもないものではなく、日常こそ「奇跡」なのだと気づいた父親の元にはすでに長男に化けた少年の姿はなく、息子が微笑んでいるだけだった。
何気ない日常の大切さ、数え切れない奇跡の中に私たちが暮らしているということを教えてくれる。
少年の「なぜ人間なんかに惹かれるのか」という疑問の完全な答えとはなっていないが、「毎日の積み重ねが未来の奇跡につながることを知ると、人は強く前向きになれる」という人間であるが故の面白さを提示し、少年もそれを見届ける。

『不思議な少年』の名言・名セリフ

「人間って不思議だ……」

1巻86P『万作と猶治郎』にて登場するセリフ。
万作の弟猶治郎に扮した少年が、「鬼舞家」の財産争いについて万作が「全部なくなってしまえばいい!」と願うとその願いを聞き入れあたり一帯を洪水に飲ませてしまう。
そして万作に「君が願ったのは『全部なくなってしまえばいい』ではなく『全部なくなって僕のものになれ』だ」と突きつける。
この「人間って不思議だ……」というつぶやきはこのシリーズ共通の少年の感想であり、この気持ち故に少年は人間を見つめ続ける。

「僕は君の歌を本気で愛してたんだ」

2巻52P『鉄雄』のラストのセリフ。
鉄雄が原爆の後遺症で死にゆくときに、彼の歌声を評価しなかった彼の周囲と、それを全く不満に思わなかった鉄雄への困惑、そしてなぜ自分がそれを感じたのかを少年は考える。
少年が自分のはっきりとした感情を出し、鉄雄の死を嘆き、鉄雄の周りの「歌の価値がわからない人間」に本気で怒っていることが伝わる。

「これからもたくさん人に出会うといい」

2巻140P『ソクラテス』のラストより。
この「これからもたくさん人と出会うといい」というセリフから始まるソクラテスの一連の少年へのセリフは、処刑されてこれから死ぬソクラテス自身が「自分が永遠の生を持っていたらそうする」という気持ちを押し付けがましくなく少年に託すシーンである。
少年はこのソクラテスの言葉のかけらを抱いてまた人間を観察する日々に戻る。

「いや……死んでも捨てない……」

3巻188P「リチャード・ウィルソン卿とグラハム・ベッカー」より。
この話ではウィルソン卿とグラハム以外の船員が南極の調査中に船を見捨て死亡している。ウィルソン卿は船長であり、グラハムは違法に乗り込んできた不審者で、下働きなどをさせていた。二人きりの遭難生活を余儀なくされているが、ウィルソン卿はグラハムが復讐のため自分の率いる南極調査団の船に乗り込んできたのでは、という妄想にとらわれ、グラハムを殺そうと思っていた。だがグラハムの「捨てないで最後まで取っておくもの」が「強いて言えばウィルソン隊長だべか」というセリフに力が抜け、最後まで取っておくものはグラハムであると気づく。
しかし最後まで取っておくものはひとつしか選べない。
ウィルソン卿は結局妄想の通りにグラハムに復讐されて死亡する。死を直面にして自分を乗り越えようとしたウィルソン卿の残した名言である。

「俺も復讐のために生きる」

4巻191P「ベラとカリバリ」より。
ロム族の唯一の生き残りであるベラが牢獄の中で知識と力をつけ、いよいよ処刑というところにベラ以外は皆殺しにされたはずのロム族の使う「ロム笛」が聞こえてくる。
仲間がまだ生きていると確信したベラは、カリバリに復讐することを決意するシーン。
それを聞き届けた少年はこのあと処刑をめちゃくちゃにし、ベラと共に逃げ出す。

「それが感情さ」

4qchopami_15
4qchopami_15
@4qchopami_15

目次 - Contents