鬼束ちひろ(ゴッチャイ、Chihiro Onitsuka)の徹底解説まとめ

鬼束ちひろは日本の女性シンガーソングライター。
自身の暗い内面を痛いほどまでに描いた個性的な歌詞がファンを魅了し、他にはないその歌詞の世界は独特な世界観を構築している。
所属レコード会社や事務所を移籍になったり活動休止したりするなど、周囲との確執に悩み苦しみながらも、自身の音楽に真剣に向き合う姿はファンの心を強く揺さぶり続けている。

人物

デビューまで

子供のころから音楽が好きな両親の影響で、音楽に興味を持っていた。
特に好きだったのは洋楽で、カーペンターズのベストアルバムを中学生の時に聴いて以降、外国人の女性シンガーソングライターの曲を好んで聴き始めた。
17歳の時に自身初めての楽曲を作り、その後オーディションを受けることになり、そこで初めて作った楽曲を披露し、グランプリを受賞した。
高校3年生のころには学校の不自由な閉塞感や強制する教育に違和感を感じていたこともあり、学校にほとんど行くことはなく、音楽の道に進むことを考えていた。

デビューへ

2000年19歳の時にシングル「シャイン」でデビュー。
2作目のシングルだった「月光」がドラマ「トリック」の主題歌に抜擢され、大きな話題となる。
その後も独特な音楽と世界観を世に発信し続け、ファンを魅了した。

しかし彼女の音楽活動は順風満帆というわけではない。
2003年声帯結節を発症して手術をすることになり、活動休止を余儀なくされた。
その後、活動を再開するものの「いい日旅立ち・西へ」のリリース以降、創作ペースに対する意見の食い違いなどから周囲との亀裂が発生し事務所移籍騒動にまで発展した。
一部では2004年に鬼束の意向を無視する形で「シングルBOX」が発売されたことが、確執のきっかけだとされた。
しかし鬼束本人は「発売に異論はなかった。ただ単に関与しなかっただけ」と否定している。

「Sony Music Artists」と中途で契約終了したことについては「自分のペースでの創作と、アーティスト活動、世の中のペースが一致しない」と、問題やトラブルがあったわけではなく、単に休む時間が欲しかっただけだと本人は語っている。
これらの活動休止中の間には自殺未遂など自傷行為に走ることもあり、体重は36キロまで激減するなどしていたことを告白している。

音楽活動においてだけではなくプライベートでも問題が発生している。
当時同棲中だった男から暴行を受け全治一か月の重傷を負うという事件が起きた。
二人は事件のたった2週間前に知り合ったということもあり、マスコミやネットの書き込みでは鬼束の破天荒な生活にも好奇の目が向けられることになる。

しばらくすると音楽活動やテレビ出演などで公の場に出てくることになり、その時の彼女のあまりの変わりように世間は騒然となった。
そして外見上の変化にとどまらず、有名芸能人に対する殺害予告をツイッター上でつぶやくなど、鬼束の奇行ぶりにネット上のみならず、テレビマスコミ等も大騒ぎになった。
ツイートはすぐに削除されたものの鬼束に対する好奇の目はさらに大きくなっていった。

その後しばらく鬼束ちひろの暗黒時代が続くことになる。

そして鬼束はまたもや世間を驚かせる変身を遂げる。
彼女は突然以前のような清楚な雰囲気になってテレビ出演や音楽活動を始めだした。
ファンは安心したものの、あまりに突然の変化にまたいつか奇行が目立つ鬼束に戻るのではないかと心配の声もある。

活動休止を繰り返す中、衝撃の変化も

前述のように鬼束は事務所やレコード会社、そして男性からの暴行事件など活動休止などのトラブルを何度も起こした。
時の変遷と共に鬼束は精神的な起伏の激しさから衝撃的な変化をして世間を驚かせる。

デビュー時の鬼束ちひろ

デビュー時にも暗い歌を歌ってはいたが、明るい表情で好きな音楽を楽しむ余裕を見せる。

2007年に4年ぶりのテレビ出演

デビュー当時の清楚な雰囲気とは変わりロックテイストに。
しかしそれほど驚きはなく鬼束ちひろも大人になったんだな程度の変化。

暗黒時代2012年の鬼束ちひろ

マリリンマンソンに影響されたかのような驚くべき変身。
鬼束ちひろの暗黒時代。
2010年に起きた同棲男性からの暴行事件が引き金になっていると予想される。

以前の面影は薄れ、もはや誰かわからない。

フリーダムすぎる鬼束ちひろ

痛々しい姿ではあるが曲と詞に関する質問は真面目に答えている。

鬼束ちひろ復活

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