PIERROT(ピエロ、Dizy-Lizy)の徹底解説まとめ

90年代に長野で結成され、メンバーチェンジを経てバンド名を変更しPIERROTとなった。5人組ロックバンド。史上最速で西武ドームを埋めるなど伝説を残した。2006年解散。多くのアーティストに影響を残した。2014年10月、2夜限りの復活ライブをした。

プロフィール・世界観

世界観

PIERROTというバンドは特異なロックバンドで、メジャーデビュー以降の音源とライブのタイトル、内容が全てひとつの世界として連続していた。
1stアルバムの『FINALE』では天地創造の神、それに踊らせられる「僕」と「君」の姿が如実に表れている。
それら楽曲の歌詞やサウンドワーク、ライブのセットリストなどで謎解きを挑んでいるかのようで、ファンはその緻密な演出に宗教にハマるが如く熱中した。
今ではビジュアルバンド界隈でおなじみになった振り付けも、ピエラー(ファンをこう呼ぶ)は一糸乱れぬマスゲームのようにライブ中踊り続けた。

結成

1994年、長野県で活動していたHIDELOW、キリト、潤のバンドDizy-Lizyが拠点を埼玉の浦和ナルシスに変更。
KOHTA加入後バンド名を「ピエロ」に改める。
アルバム『気狂いピエロ』リリース後HIDELOWが脱退、TAKEOとアイジが加入しキリトがボーカルに転向。現在の形になる。その後バンド名をPIERROTに変更し直した。

メジャーデビュー

1998年9月、シングル「クリア・スカイ」でメジャーデビュー。
4月にはデビュー半年で日本武道館でのワンマンライブを行う。
SUMMER SONICの前身である「BEAUTIFUL MONSTERS TOUR」に参加したが、そこでの発言が物議を醸した。
キリトの発言はそれ以降どんどん際どいものになっていく。
2000年7月、メジャーデビュー後最速で西武ドームを3万人の観客で埋めた。
2005年バンド活動を一時停止し、各メンバーのソロ活動が開始される。
2006年4月、ファンクラブ限定ライブ「EMERGING」を行うが、これが実質ラストライブとなった。

解散後

「この5人でなければPIERROTではない」という信念の元から、キリト、KOHTA、TAKEOは「Angelo」を結成。
アイジは「LM.C」、潤は「Alvino」でそれぞれ活動している。

復活ライブとその後

2014年4月9日、突然特設サイトが出現する。バンド名と日時、「新宿アルタビジョン」としか書かれていないそのサイトを頼りにファンは新宿アルタビジョンで発表を待った。
そこで2014年10月にコンサートを行うことを発表。
8月にはフィルムギグが開催された。
10月24日・25日に「DICTATORS CIRCUS FINAL」開催。キリトはMCで「まだやるとも、終わりだとも言えない」としてこの先の活動は濁した。
2016年にDIR EN GREYとの共同プロジェクトを発表。

メンバー

キリト

ボーカル担当。前身バンドではギターを担当していた。
ほとんどの曲の作詞を手がける。
シングル「ラストレター」ではバイオリンも弾いた。
「やればなんでもできるけど続かない」とは本人の談。
PIERROTの世界観を作り上げた一人。

アイジ

出典: ameblo.jp

ギター。キリトと二人でほとんどの楽曲を手がけている。
コーラスも担当する。
PIERROTに実験的な音を持ってくるのは大体この人で、「Newborn Baby」のラストの音はトイレの流水音を録音したものを当てはめた。

出典: www.drillspin.com

ギター、シンセギター。ポップな曲を書く傾向にある。
コーラスも担当する。
ギタープレイは堅実な方で、バンドではツッコミ担当だった。

KOHTA

出典: the5th-stolenheaven.blogspot.jp

ベース担当。キリトの実弟。
異常なほどの汗かきで、ライブではその汗を「コータ汁」と言ってからかわれる。
寒いダジャレを言うことが多い。

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