サザンオールスターズ(Southern All Stars)の徹底解説まとめ

サザンオールスターズ(Southern All Stars)は、日本を代表するポップスバンドである。一般的には「サザン」と略して呼ばれている。
大学生の頃、音楽好きの仲間が集まった”音楽サークル”から生まれた「サザン」は、今では日本音楽界を代表するバンド。誰もが一度は耳にしたことのあるヒット曲を連発する、世代を超えた人気グループである。

概要

青山学院大学の学生達による“音楽サークル”がきっかけで、1974年頃から活動が始まった「サザンオールスターズ」。
1978年「勝手にシンドバッド」で本格的にデビュー。その後「いとしのエリー」「チャコの海岸物語」「涙のキッス」「愛の言霊 〜Spiritual Message‎」「TSUNAMI」など数々のヒット曲を世に送り出している、オリコンチャートの常連バンドである。
独特の世界観とかつてない強烈なサウンド、個性的なボーカルで人気を誇る「サザン」は、デビュー40年経った今でも老若男女、親子でファンをも抱える日本の音楽界をリードするバンドだ。

メンバー

桑田佳祐(ボーカル)

1956年2月26日神奈川県茅ヶ崎市生まれ。
「サザン」のリーダーで、多くの楽曲の作詞・作曲・ボーカル・ギターを担当している。妻は同じバンドメンバーである原由子。ファンからは“ケイちゃん”や“すけちゃん”などの愛称で呼ばれている。
しゃがれた声が特徴の桑田は、バンド活動と共に「桑田佳祐」としてソロ活動も行っているが、ソロライブやツアーでは「サザン」の楽曲が歌われることはあまりなく、バンドとソロとの舞台を桑田なりに区別している。
2010年に初期の食道癌を患っていることが発覚。治療に専念するため一時音楽活動を休止していたこともあるが、それ以降も以前と変わらぬ活躍ぶりである。
容姿が俳優の「長門裕之」に似ていることをネタにいろいろな人のものまねや、芸人のような笑わせ上手とも言うべき、コメディアン要素を持つボーカリストである。

原由子(キーボード)

1956年12月11日神奈川県横浜市生まれ。
キーボードを担当している原は、“原坊(ハラボー)”と呼ばれ、「サザン」のお母さん的な存在である。原は青山学院大学入学後、桑田佳祐が所属していた音楽サークルに参加して以来、現在に至る。
在学中から交際していた桑田佳祐と1982年に結婚。音楽仲間でもあり、妻である原は公私ともに献身的に桑田を支え、桑田もまた原のピアノテクニックには一目置いている。
桑田と同様ソロ活動も行ってあり、サザンではあまり見せない“女性らしさ”が好評で、女性シンガーソングライターとしても活躍している。

ちなみに11枚目のシングル『シャ・ラ・ラ』は、桑田佳祐と原由子の初めてのデュエット曲である。桑田が原以外のメンバーとデュエットした曲はこの曲以外存在せず、貴重な“おしどり夫婦曲”である。

関口和之(ベース)

1955年12月21日新潟県阿賀野市生まれ。
“ムクちゃん”と呼ばれている関口は、「サザン」では主にベースを担当しているが、小説家、漫画家、エッセイスト、俳優、ウクレリアンなどマルチな才能の持ち主でもある。1974年に桑田とバンドを結成して以来、今の関係が続いている。
口ひげと帽子がトレードマークの関口は、ウクレレとテディベアを取り揃えたショップ『のほほんベアーズ(現・ポエポエ)』を営み、ウクレレやフラダンスなどの教室も兼ねている。運が良ければ店頭で会えるかも知れない。

松田弘(ドラムス)

1956年4月4日宮崎県宮崎市生まれ。
メンバーからは“ヒロシ”や“ヒロシくん”などと呼ばれ、「サザン」ではリズムの中核を担う、なくてはならないドラマーである。
ライブでは素晴らしいバチさばきのドラムソロで、いつも会場を盛り上げている。そのドラムテクニックは高く評価されており、福山雅治のライブツアーに参加してり、多数の音楽番組のバンドメンバーとしても出演している。
ドラムス担当の松田だが、澄んだハイトーンボイスが魅力的で「松田の子守唄」や「夏の日のドラマ」など、ボーカルとして何曲か参加している。

野沢秀行(パーカッション)

1954年10月19日東京都生まれ。
最年長メンバーの野沢は、毛深いところから“毛ガニ”と呼ばれ、桑田のソロシングル「波乗りジョニー」のPVにまさしく『毛ガニ』として出演するなど、コミカルなムードメーカーである。
バンドの中ではあまり目立たないパーカッション担当の野沢だが、桑田は「毛ガニがいなかったらサザンはとっくに解散している」と語るほど、その腕前と人間性に絶対的な信頼を抱いている。

元メンバー

大森隆志

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