ちるらん(新撰組鎮魂歌 / にぶんの壱)のネタバレ解説・考察まとめ

『ちるらん 新撰組鎮魂歌』とは『月刊コミックゼノン』で連載されている、新選組の土方歳三(ひじかたとしぞう)を主人公とした時代劇漫画。『終末のワルキューレ』を手掛けている梅村真也が原作を、作画は橋本エイジが担当している。2012年から連載が始まり、2022年5月までに33巻が発売されている。2017年には舞台やドラマCD化もされた。スピンオフ作品である『ちるらん にぶんの壱』は梅村・橋本による4コマコメディ漫画で、2017年にアニメ化もされている。

『ちるらん 新撰組鎮魂歌』の概要

『ちるらん 新撰組鎮魂歌』とは『月刊コミックゼノン』で2012年から連載されている、幕末の新撰組を題材とした歴史漫画である。原作を梅村真也、作画を橋本エイジが担当している。梅村は同じ『月刊コミックゼノン』で大人気の『終末のワルキューレ』の原作も手掛けており、『終末のワルキューレ』内にも新撰組の近藤勇と沖田総司が登場している。
連載は2012年から開始、2022年でコミックスは33巻まで発売されている。
2017年には舞台化され、Da-iCEの花村想太が土方を、岩岡徹が沖田を演じて話題となった。同じく2017年にはドラマCDも発売されている。
物語は幕末に実在した新撰組の副長土方歳三(ひじかたとしぞう)を主人公とし、仲間たちの出会いから、土方の最期までを描くものとなっている。後に新撰組局長となる近藤勇(こんどういさみ)が江戸に開いていた道場、試衛館(しえいかん)に入門し、将軍警護のため京に上り新撰組を結成。池田屋事変や禁門の変を経て明治維新を迎え、旧幕府軍として鳥羽伏見の戦いから会津戦争を経て、2022年には五稜郭の戦いが始まろうとしている。
土方歳三を主人公としつつも、新撰組隊士や攘夷志士などの若者を中心とした青春群像漫画とも、また不良たちが喧嘩を繰り広げるヤンキー漫画としても読むことが出来る。また人斬り以蔵と恐れられた岡田以蔵(おかだいぞう)や初代新撰組筆頭局長、芹沢鴨(せりざわかも)といった強敵と激しい戦いを繰り広げるバトル漫画としても人気が高い。
江戸時代末期の歴史を元にし、実在の登場人物は本名で登場しているが、物語は完全なフィクションである。キャラクターデザインもその性格などからデフォルメされており、ピアスに金髪、サングラスやドレッドヘアなど現代的なキャラクターが多く登場する。

『ちるらん 新撰組鎮魂歌』のあらすじ・ストーリー

新撰組隊士
左から藤堂平助(とうどうへいすけ)・近藤勇(こんどういさみ)・井上源三郎(いのうえげんざぶろう)・斎藤一(さいとうはじめ)・原田左之助(はらださのすけ)・永倉新八(ながくらしんぱち)・土方歳三(ひじかたとしぞう)・島田魁(しまだかい)・山南敬助(やまなみけいすけ)・沖田総司(おきたそうじ)

試衛館

明治45年、新聞記者の市川真琴(いちかわまこと)という女性が杉村義衛(すぎむらよしえ)という人物を訪ねて北海道小樽を訪れていた。杉村は新撰組の生き残り、永倉新八(ながくらしんぱち)の変名であった。市川は明治政府に逆らった集団として当時悪者となっていた、新撰組の本当の姿を知りたいと永倉に尋ねる。一旦は断った永倉だったが、市川が新撰組の副長であった土方歳三(ひじかたとしぞう)の孫だと知り、重い口を開くのだった。

1859(安政6)年、江戸。土方歳三は道場破りに明け暮れていた。薬の行商をしていた土方は目についた剣術道場に手あたり次第に乱入し、剣の腕を磨きながら怪我をさせた相手に薬を売りつけるという商売をしていた。
ある日土方は試衛館(しえいかん)という道場を訪れる。試衛館こそ後に新撰組局長となる近藤勇(こんどういさみ)が道場主を務める道場であった。近藤と戦った土方はその圧倒的な強さに完敗するもその強さを超えるべく、そのまま土方は試衛館に入門することとなる。

試衛館にはのちに新撰組隊士として名を連ねる人物が多数いた。沖田総司(おきたそうじ)、永倉新八、原田左之助(はらださのすけ)、斎藤一(さいとうはじめ)、山南敬助(やまなみけいすけ)、藤堂平助(とうどうへいすけ)、井上源三郎(いのうえげんざぶろう)などである。土方は彼らとともに剣の腕を磨く毎日を送っていた。
その頃江戸では有名道場のエリートばかりを襲う辻斬りが話題になっていた。強い相手を常に求める土方は辻斬りを倒すために、永倉と一緒に夜の街に繰り出す。
辻斬りの正体は土佐藩の岡田以蔵(おかだいぞう)であった。純粋に最強の漢を目指す二人は、お互い木刀で激しく戦う。決着がつかず引き分けとなった二人はお互いの強さを認め合い、再び戦うことを約束する。

京へ

数年後、近藤をはじめとする試衛館のメンバーは、将軍警護のためという名目で結成された浪士組の一員として京都にいた。京に着いたら一転態度を変え、将軍のためではなく尊王の志士として江戸に戻るという発起人の清川三郎(きよかわさぶろう)と袂を分かった近藤らは京にとどまることを決意する。同じく京に残ることを決めた芹沢鴨(せりざわかも)のグループと幕府を倒そうと活動する攘夷派志士を取り締まる壬生浪士組を結成する。壬生浪士組は芹沢と近藤が局長、土方と山南、芹沢派の新見錦(にいみにしき)が副長となったが、水面下では試衛館派と芹沢派の対立が深まっていた。

壬生浪士組は会津藩お預かりの組織になるため、佐川官兵衛(さがわかんべえ)たち会津藩士との真剣を用いての5番勝負に挑むことになった。苦戦しながらも見事勝負に勝った浪士組は会津藩お預かり壬生浪士組として京都で市中警護の任務にあたることになった。
攘夷派志士と呼ばれる長州藩士や土佐藩士と戦う中で、土方は岡田以蔵と再会する。以蔵は人斬りとしての生活で以前のような無邪気さを失い、土方を殺そうとする。土方も浪士組の任務を果たすべく以蔵を斬ろうとするが、一緒にいた永倉新八の言葉により、昔江戸で戦ったような純粋に最強を求める二人に戻る。再び引き分けた土方と以蔵は三度目の再会を誓い合ったが、それから間もなく以蔵は土佐にて斬首される。

新撰組結成

芹沢鴨(右)と戦う沖田総司(左)

壬生浪士組は次第に規模を大きくし隊員も増え、名前も新撰組と改めた。
新撰組が大きくなるにつれ近藤派と芹沢派の対立は免れなくなっていた。芹沢派のナンバー2の新見錦は長州藩と内通し、近藤の暗殺を企ていた。それを察知した山南は新見を返り討ちにする策を立てる。芹沢派150人、近藤派15人の戦いに勝利し、新見を粛正した土方らはついに芹沢鴨と対峙することになる。
芹沢は以前の部下たちの水戸天狗党七鬼衆を京に呼び寄せていた。土方らは七鬼衆と1対1で戦う方法を選び、京の町のあちこちで戦いが始まる。七鬼衆の強さに苦戦しながらもそれぞれ撃破していく土方たちだったが、突如現れた薩摩藩士中村半次郎(なかむらはんじろう)の強さと狂気を目の当たりにした藤堂平助(とうどうへいすけ)は恐怖で心が折れてしまい、以後薩摩藩士と戦えなくなってしまう。
芹沢鴨と対峙したのは試衛館最強の沖田総司だった。沖田は鬼子(おにご)と呼ばれる極限状態で芹沢と戦い、辛くも勝利する。

芹沢を粛正した新撰組はその規模をさらに大きくし、京都の警護に当たっていた。一方、攘夷派である長州藩の高杉晋作(たかすぎしんさく)、久坂玄瑞(くさかげんずい)らは京都御所を焼き討ちし、帝を長州に連れ去る計画を立てていた。その計画の会合が池田屋で行われると知った新撰組は、池田屋を急襲する。
池田屋では近藤や沖田、永倉の奮戦により新撰組は勝利を収める。しかし沖田は鬼子の後遺症から肺結核を発病し吐血してしまう。また藤堂は薩摩藩士との戦いの中、半次郎への恐怖がよみがえり、敵前逃亡した上負傷してしまった。
多くの藩士を失った長州藩だったが、久坂らは御所への攻撃を開始する。新撰組はじめ幕府軍が迎え撃ったが、勝負を決めたのは西郷吉之助(さいごうきちのすけ)が率いる薩摩藩の軍勢であった。長州軍は壊滅し、久坂は自ら爆死を選んだ。

油小路の変

薩摩藩の大久保(上)と接触する山南

長州が京から去った後、公家の岩倉具視(いわくらともみ)、薩摩藩の西郷吉之助と大久保一蔵(おおくぼいちぞう)が倒幕に向け暗躍を始める。大久保は新撰組の副長であり、頭脳派の山南に目をつけ、新撰組を倒幕派に引き込もうと画策していた。大久保と内通した山南は土方を殺害すべく、攘夷派志士50人に襲わせる。危ないところを永倉と原田左之助の援護を受け、土方は山南との一対一の対決に臨む。
山南はこのままだと幕府の滅亡と同時に新撰組も全滅してしまうと予見していた。しかし自分たちが死ぬことがわかっていても近藤や土方は幕府を裏切ることは決してないし、新撰組のメンバーもそんな近藤たちに最後までついていくだろうとも理解していた。そしてここで自分を斬ることで、仲間を死地に連れていく鬼としての覚悟を持たせようと土方に戦いを挑む。
全力で戦った果てに山南を倒した土方は家族を失った悲しみに慟哭する。

一方幕府と長州藩の戦争がはじまり、高杉や土佐藩の坂本龍馬(さかもとりょうま)の活躍により、長州が勝利する。薩摩、長州、土佐による倒幕運動が高まっていく中、高杉は肺結核のため病死し、後を託された竜馬も何者かに暗殺されてしまう。

新撰組では山南の死後、伊東甲子太郎(いとうかしたろう)という男が参謀として入隊していた。伊藤は新撰組にいながら討幕派の薩摩とも通じており、新撰組の力を弱体化させようと企んでいた。伊東は中村半次郎により心を折られた藤堂平助を甘い言葉で取り込み、アヘン中毒にしてしまう。
伊東は帝のお墓を守るための御陵衛士(ごりょうえじ)という組織を作り、新撰組から大勢の隊士を連れて脱退する。その中には藤堂の姿もあった。
伊東の作った御陵衛士は薩摩や武器商人トーマス・グラバーの手先となり、新撰組を倒すための準備を始めていた。それに気づいた土方らは御陵衛士との対決を決意する。
油小路にて戦いが始まるが、伊東の護衛として中村半次郎らが現れたことで土方らは苦戦を強いられる。しかし一瞬のスキを突き沖田が伊東を倒したことで、半次郎らはその場から立ち去る。沖田は藤堂を逃がそうとするが、病身の沖田に御陵衛士の残党が襲い掛かろうとするのを見た藤堂は沖田を守るために戦い、死亡する。

徳川幕府の終焉

討幕派により京都で戦争が始まることを恐れた徳川幕府15代将軍徳川慶喜(とくがわよしのぶ)は大政奉還を行い、政権は徳川から薩長が作った新政府に移る。徳川も含めた諸藩連合での新政府を望んだ高杉や坂本はすでにこの世を去り、徳川幕府を壊滅させたい薩摩や岩倉らは戦争を起こそうと旧幕府を挑発し続けていた。
その頃新撰組では御陵衛士の生き残りによって近藤が狙撃され重傷を負ってしまう。近藤と病床の沖田は隊を離れ大阪で療養することになった。土方は局長代理となり、以後新撰組の指揮を執るようになる。

旧幕府軍と薩長軍との鳥羽・伏見の戦いが始まってしまい、薩摩の精度の高い大砲などを持つ洋式軍にはまったく歯が立たず、新撰組ら幕府軍は完敗する。味方の裏切りもあり幕府見廻り組の佐々木只三郎(ささきたださぶろう)、会津別撰隊の佐川官兵衛などと一緒に必死の退却戦を行う。試衛館の最年長であった井上源三郎(いのうえげんざぶろう)の六番隊は自ら殿を務め、散っていく。

大阪から江戸に戻る船上で土方らはトーマス・グラバーが放った暗殺者集団「亡霊の騎士団」に襲われる。インドやアフリカなど大英帝国の植民地から集められた6人の戦士たちとの戦いに、かろうじて勝利するも、新撰組監察としてスパイや情報収集の任務にあたっていた山崎烝(やまざきすすむ)は相討ちとなり死亡する。

大きな犠牲を払いながら、土方らは5年ぶりに江戸に戻ってくることになる。

北へ

洋式軍服をまとった土方歳三

江戸に戻った新撰組を待っていたのは新政府軍からの執拗な攻撃であった。京で多くの攘夷志士を斬ってきた新撰組は薩摩・長州にとっては仲間を殺した仇として恨まれていたのだ。これ以上新撰組が存在する意味はないと局長の近藤は新撰組の解散を決心する。
新撰組はなくなったが土方ら試衛館からの仲間たちは甲陽鎮部隊(こうようちんぶたい)と名を変え、新政府軍と戦う道を選ぶ。しかし撃たれた傷によりすでに剣を振るうことが出来なくなった近藤は自らの命で新政府軍の恨みを引き受け、土方らが会津藩にたどり着ける時間稼ぎをするため新政府軍に一人投降し、罪人として斬首される。
そしてその知らせを病床で聞いた沖田もそれから間もなく肺結核によりこの世を去った。

近藤という大きな柱を失った土方だったが、近藤の遺志を受け継ぎ仲間の命を守るために戦い続けることを決意する。また新政府軍と戦い続ける中でこれまでの1対1の剣の勝負ではなく、指揮官、戦略家としての才能を開花させていく。またそれまでの羽織袴姿から洋装の軍服に身を固めるようになった。
土方は旧幕府の洋式軍隊伝習隊(でんしゅうたい)の参謀として新政府軍と戦いながら、会津藩にたどり着く。ほぼ日本中を敵に回しているといってもいい会津藩を救うため、土方と佐川は中立の立場であった長岡藩の河井継之助(かわいつぐのすけ)に援軍を頼みに行く。河井と一緒に長岡藩を攻める新政府軍と戦い、一時的には勝利するも、流れ弾により河合は死亡してしまう。
会津に戻った土方はこの後は会津藩のみで戦うという会津藩藩主松平容保(まつだいらかたもり)の言葉により、幕府の軍艦奉行であった榎本武揚(えのもとたけあき)とともに蝦夷地に向かうことになる。

『ちるらん 新撰組鎮魂歌』の登場人物・キャラクター

新撰組

土方歳三(ひじかたとしぞう)

CV:鈴木達央
演:花村想太
本作の主人公。新撰組副長。あだ名は「試衛館の狂犬」。
純粋に強さを求め、戦いの中でしか生きる意味を見出せない男。近藤勇に敗北したことで試衛館に入門し、強い相手と戦いたいという欲求のみで行動していた。しかし新撰組結成後、芹沢鴨や山南敬助との戦いの中で自分が何のために戦うのかということを考えるようになっていく。戦闘中に無念無想の状態から一気に間合いを詰める「虚狼(うつろ)」を得意とする。
新撰組では副長を務め、近藤勇を補佐していたが、近藤が銃撃され怪我を負った後は局長代理となり仲間の命を守るという近藤の思いを引き継ぐ。
新撰組解散後、新政府軍の洋式軍隊と戦ううちに軍略家としての才能が目覚め、旧幕府の洋式陸軍伝習隊の参謀を務めるまでとなる。

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