知られざるあのマンガ・アニメの制作・誕生・裏話

世間や業界、ファンの間でも知れることが少ないあのマンガ・アニメの制作・誕生・裏話を紹介する記事です。

アイシールド21

原作・稲垣理一郎先生、作画・村田雄介先生による、アメリカンフットボールをテーマとしている、「週刊少年ジャンプ」で2002年~2009年まで約7年連載されたスポーツマンガです。
「アイシールド21」では、原作の稲垣理一郎先生と作画の村田雄介先生の2人で作られており、そのため原作・作画では制作方法が異なります。

原作と作画の制作方法とスタンス

原作部分は、担当編集者との打ち合わせを行いその時にメモを取ります。自宅に帰り、メモを見ながらパソコンで大筋の流れを描いたプロットを作成。プロットを見ながら、セリフとト書きを入れた文字のみのシナリオを作成。シナリオの時点で、漫画になるときのページ配分も決めていきます。アメフトというスポーツの為、ワンプレー毎のフォーメーション図も同時に作成し、キャラクターのいる場所を把握できるように描いていきます。
また、シナリオを参考に、ネームをノートに描きます。セリフ、擬音、キャラクターのポーズ、人物一人ひとりまで描き込み。アメフトをあまり知らない作画の村田先生に正確に伝えるために、詳細に描き込まれています。一週間の割り振りは、打ち合わせ、プロット作成、シナリオ作成、村田先生のネームチェック各1日、ネーム作成が3日となっています。

マンガ部分は、村田先生から稲垣先生からネームを受け取り、それを参考に正式なネーム作成に移ります。そのネームを稲垣先生に送り、ルールに矛盾がないかなど確認をしてもらいます。原稿が返ってくると、それを基にペン入れを行い完成させます。

制作スタンスでは、稲垣先生と村田先生は本作の連載開始に際し、リアル40%、ファンタジー60%のパーセンテージでやっていこうと決めました。稲垣先生によると、ボールがゴールを突き破る描写は30%、ファンタジー70%とのことなので、本作はそれより演出を抑えています。
アメフトの基本動作であるクロスオーバーステップは、本作の主人公・セナこと小早川瀬那が使うとデビルバットゴーストとなって分身したように見えます。他にもアイシールド21は、高校アメフト部では禁止で、セナは聴覚障害とウソをつき例外的に認められているはずが、後に赤羽もアイシールドをつけて参加していました。(本作では赤羽の目が赤いのは病気となっています)

連載開始1年前、2001年から稲垣先生、村田先生、そして初代担当編集者・浅田貴典さんで高校・大学アメフト部の念入りな取材を行い、臨場感を出した漫画を描こうとしました。

「アイシールド21」のモデルは「SLAM DUNK」だった!?

漫画としてもアニメとしても人気のある「アイシールド21」。ですが、本作にはモデルとなったマンガがあります。それは、同じ「週刊少年ジャンプ」で連載されたスポーツマンガ「SLAM DUNK」です。アメフトとバスケの本場アメリカでは、最も人気のあるスポーツで国民的と言っても過言ではありません。「アイシールド21」は日本でもファンが多く、アニメ化もされ人気を博しました。原作者である稲垣理一郎先生がラジオ番組「Suntory Saturday Waiting Bar “AVANTI”」に出演した際、アメフトを舞台にした漫画の誕生の経緯を語りました。

井上雄彦先生による青春バスケマンガ「SLAM DUNK」は、1990年代に週刊少年ジャンプで連載されました。稲垣先生本人も愛読者でした。同作の一番の見どころは、主人公・桜木花道が通う湘北高校と山王工業高校の試合での一コマ。山王工業の野辺とリバウンドを競った桜木が考え抜いた末に、審判に見つからないようにユニフォームを引っ張ってリバウンドを取る場面があります。
それを読んだ稲垣先生は衝撃を受け、「主人公なのにこんなマネをするとは、なんて奴だ!」と彼は大笑いすると、すっかり桜木花道のファンになりました。桜木のように勝つために手段を問わない選手を主人公にしたいと考えた先生は、バスケではなくアメフトを舞台にして“蛭魔妖一”にその役を託しました。

最初の主人公は蛭魔妖一でした。クレバーなプレーで、目的を果たすためなら手段を択ばない誰よりもアメフトを愛します。そんな彼のキャラクターは桜木花道ゆずりと言えそうな雰囲気です。蛭魔は後輩の小早川瀬那を選手登録名“アイシールド21”に仕立て上げ、やがて主人公は瀬那になっていきます。

稲垣先生は「純粋に勝つための手段を考えて行動する」そんな桜木花道の魅力を抽出して、蛭魔に入れ込んだようです。アニメでは蛭魔の声をロンドンブーツ1号2号の田村敦さんが担当していたのですが、彼の風貌がリアルな蛭魔のようにも感じられます。今もファンの多い「アイシールド21」ですが、原点が「SLAM DUNK」の桜木花道がモデルだと考えながら読むとより楽しめますよ。

宇宙兄弟

作者・小山宙哉先生による、兄・南波六太、弟・日々人が兄弟で宇宙を目指し、兄弟初の月面着陸を目指すヒューマンドラマ漫画です。本作では主題となっている「宇宙」だけではなく、人生における挫折、困難、ALSやパニック障害などの病患、引きこもり、リストラといった様々な社会問題について取り上げ、「リアル」を通して本作の主人公たちとリンクしていきます。
2012年4月1日より、アニメ「べるぜバブ」の後枠として2014年3月22日まで日本テレビで放送されました。
宝島社「このマンガがすごい!2009」オトコ編にて2位、2009・2010年度ママンガ大賞を2年連続2位を獲得しました。
2011年、第56回小学館漫画賞一般向け部門、第35回講談社漫画一般部門をそれぞれ受賞しました。

「宇宙兄弟」のはじまりは「宇宙夫婦」にあった!?

「宇宙兄弟」は“リアル”のもと物語が進み、作中で宇宙開発の様子やNASAが課す宇宙任務がかなりの現実に忠実に描かれています。そもそも、「宇宙兄弟」には元ネタとなった著書があったのをご存知でしょうか?

強烈なインパクトをもち印象に残るJAXAの茄子田理事長ですが、モデルとなったのは日本人初の女性宇宙飛行士・向井千秋さんの夫・向井万起男さんです。千秋さんが宇宙へ旅立つ時に夫の万起男さんがペンをとり書いた著書が「君について行こう-女房は宇宙をめざした-」

女性宇宙飛行士・向井千秋さんの夫・向井万起男さんと小山先生による対談(一部抜粋)

向井さん 『(中略)ところで、ひとつ聞いちゃっていいかな?「君について行こう」を読んで宇宙物のマンガを考えたって聞いてるけど、それが「宇宙兄弟」になったのはどういうところからなのかな?』

小山先生 『そのままマンガにしてもいいなという話もあったんですが、オリジナルを作ろうとなった時に、向井さんのところは夫婦なので、マンガにするには兄弟にしようと(中略)』

向井さん 『あれが兄弟じゃなくて、ひとりだけだったら話が全然かわるでしょ。兄弟そろって、しかも弟が先に行っちゃうっていうのは、ちょっと普通と逆の発想で、オオーですよね』

と、公開できるのはここまでです!すいませんっ!
続きは、現在発売中の「宇宙兄弟」小山宙哉大解剖でお確かめください。

corkshop

他にも対談では
-なぜ万起男さんをモデルにした茄子田理事長を登場させたのか?
-万起男さんによる、妻が宇宙飛行士ならではの体験とは?
-さらに「宇宙兄弟」のラストについても言及!?

などなど、ファンの方には目が離せない内容となっておりますので、楽しめる事間違いなしです!

宇宙戦艦ヤマト

1974年、讀賣テレビ及び日本テレビ放送網で放送されたテレビアニメであり、1977年に劇場公開されたアニメ作品です。
西暦2199年、地球は謎の異星人・ガミラス星人に侵略を受けていました。西暦2192年より、地球に対し遊星爆弾による無差別攻撃を加え、放射汚染で地球上の生物は死滅。そして人類滅亡まであと1年と迫った時、外宇宙から飛来した一隻の宇宙船が火星に不時着し、その中に宇宙の彼方「イスカンダル星」から、「放射能除去装置・コスモクリーナーD」の受領メッセージと、航海に必要な波動エンジンの設計図が収められていました。そして、九州・坊ノ岬沖に250年もの間、世界大戦で沈んだ伝説の戦艦「大和」に波動エンジンを搭載し、宇宙戦艦「ヤマト」に改造。沖田十三を船長とし古代進、島大介、森雪などの乗組員と共に、14万8千光年の彼方にあるイスカンダル星を目指し、人類最後の希望として往復29万6千光年の旅に出ます。

制作の経緯

企画の発端は、虫プロ商事と瑞鷹エンタープライズにも籍を置いていたオフィスアカデミーのプロデューサー西崎義展さんが虫プロダクションの山本瑛一さんに声をかけ、1973年の初め頃に企画を立ち上げました。西崎さんは、以前手がけた2作(海のトリトン、ワンサくん)を商業的に失敗し、ロバート・A・ハインラインの「地球脱出」の内容にあるように(後に「メトセラの子ら」に改題)「地球の危機的状況から脱出して宇宙に移住の地を求める」話に刺激を受け、これに豊田有恒さんとスタジオぬえのメンバーが参加して練られたものです。テレビアニメ草創期に虫プロでアニメの脚本を執筆していた豊田さんは、当時アニメ界から離れていた身でしたが、西崎さんと虫プロ出身者である山本さんの要請に応える形で参加しました。

西崎さんは、子供の頃に海野十三さんや南洋一郎さんによるSF冒険作品から影響を受け、メカやロボットなどに憧れを持っていました。

最初の企画案は、藤川桂介さんと豊田さんが競合する形で創られました。藤川さんは「宇宙戦艦コスモ(仮題)」のタイトルを挙げ、一方の豊田さんは、「アステロイド6」の原案タイトルを挙げました。「西遊記」を下敷きにして遠い異星に人類を救う放射能除去装置を受け取りに行くという基本ストーリーで、この段階での敵はコンピュータでした。宇宙船は小惑星そのものにエンジンを搭載し、「岩石宇宙船イカルス」と名付けました。乗員も世界各国から集まる国連形式で構成されており、名前や性格などの素案も出されました。今でいうと「テラフォーマーズ」みたいなものです。

豊田さんの案は企画書の原案となり、岩石宇宙船の内部に戦艦が内臓された「アステロイドシップヤマト」なるアイデアに変更されました。その名残がアステロイドリングで見られます。

宇宙船のデザインはスタジオぬえの松崎健一さんが担当し、戦艦「三笠」のイメージから「長門」、最終的には大日本帝国が建造した史上最大の戦艦「大和」となりました。

当時の世相として、公害問題やオイルショックなどの大規模な社会問題が発生し、映画「ゴジラ対へドラ」や、1973年に刊行された小松左京氏によるSF小説「日本沈没」、世紀末問題として取り上げられた「ノストラダムスの大予言」、楳図かずおさんによる漫画作品「漂流教室」など、70年代前期に流行った“滅亡”や“予言”、“公害”をテーマにし作品が公開され「終末ブーム」の世相が企画当初から意識されていました。

その後、元虫プロの作家の石津嵐さん、脚本家の藤川さん、イラストレーターの斉藤和明さん、背景美術担当の槻間八郎さんが加わり、検討・試行錯誤を繰り返した結果、敵は異星人となり、放射能汚染された地球を救うためにヤマトが放射能除去装置を求めてイスカンダル星を目指すという設定が大筋の上で完成しました。この時点でも、ワープ航法や波動砲といったヤマトを象徴する設定も考案されます。

1973年、夏の終わり頃までに「宇宙戦艦ヤマト」の名を冠した企画書が完成します。全45ページに及ぶ企画書は、「ポセイドンアドベンチャー」や「日本沈没」に触れる導入部から始まり、全52話のプロット、ヤマト艦内の命令系統図、ヤマト本体のスペック、イスカンダル到着までの日程・行程、乗組員の制服・武器、様々な惑星・異星人・宇宙船などに関する設定をイメージをイラストや絵コンテでまとめていました。

1974年4月頃、松本零士さんが設定制作担当の野崎欣宏さんの推薦もあり、デザインスタッフとして依頼を受け参加しました。既に「宇宙戦艦ヤマト」のタイトルもテレビ放送も決定していた段階での参加となりましたが、ストーリー展開や個々のキャラクター設定などと、作品に深く関わる役割に徹し携わっていきました。さらに監督を務める予定だった山本さんが、急遽他の仕事のため同年6月末に抜けることになり、松本さんがアニメ監督だった石黒昇さんのサポートを受けながらも監督を務めました。松本さんは、キャラクターやメカデザインを担当するとともに、「新選組血風録」を基に、若者の集団劇を創りました。

一説では、「セクサロイド(様々なSF作品に登場するアンドロイドやロボットのうち、人間との性行為機能を付加、もしくはその機能に特化されている者を指す呼称の1つ)」に感銘した西崎さんが松本さんにデザイン監修を持ち掛けたところ、「全てを任せてもらえのでなければ」と一度は断られたものの、他の仕事のため山本さんが離脱したのを機に、西崎さんが松本さんの条件を呑み受諾されたと言います。これについて西崎さんは、1978年のエッセイで「セクサロイド」で機械と人間がうまく共存している描写に共感し、また同作における女性のイメージが自分の理想像になったと述べています。

松本さんは、上記の1973年の企画書にあったキャラ・メカ設定を一新し、1974年5月21日に基本ストーリーの初稿を執筆しました。「ガミラス」という名称が初めて使われたのもこの原稿でした。

機動戦士ガンダム

機動戦士ガンダムは、1979年テレビアニメシリーズとして名古屋テレビほかで放送された、日本サンライズ制作のロボットアニメです。

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