思い切った幕末ドラマ『竜馬におまかせ』

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坂本竜馬が主人公のドラマ数あれど、ここまでぶっ飛んだ設定、展開の作品はあまりないんじゃないでしょうか。従来の竜馬像、幕末当時の偉人に対するイメージに捕らわれない、実験的な内容。しかし単なるドタバタコメディではない作品でした。「思い切った」感はあるけれど、それが実に痛快。この記事内では作品のタイトルに合わせて「竜馬」と表記します。

概要

脚本は三谷幸喜氏。時は文久二年(1862年)。黒船来航後のいわゆる「幕末」を舞台としたドラマ。分類はコメディで随所にコント的な笑いが散りばめられているが、三谷氏お得意の巧みな伏線が張られている。また「史実と違う」との視聴者の声を逆手に取った解説特番が放送されたこともあった。色々と「思い切った」部分を持つドラマであり「黒歴史」扱いするファンも多い。一方で緩急はつけられており、竜馬が終盤、今まで興味のなかった日本の改革に思い至る経緯等、無理なく史実とリンクさせる流れになっている。

思い切った点

・坂本竜馬が関西弁を使用。

・史実とは明らかにかけ離れた設定(黒駒の勝蔵と竜馬たちが面識があるなど)。

・勝海舟の表札に「Victory(勝)」とある。

・分家とはいえ、竜馬が居候していた千葉道場にアームストロング砲を隠し(金のため)、しかも本家の嫌味なボンボンとの賭けの為砲弾を撃つ。

・「荒木三太夫らぐたいむばんど」なるバンドを結成、西洋音楽によるライブを千葉道場、将軍の御前(江戸城内)で演奏。

・死者蘇生実験により二名ほど復活。うち一人は吉田松陰。

・イギリス公使館焼失の原因が高杉晋作らによる放火(史実)から失火に。内情は「近藤勇がおにぎりと間違えて食べた砲弾(さなが作ったもので、見かけは砲弾と変わらない)をトイレに出し、それを知らずに竜馬が葉巻をトイレに捨てたというもの。竜馬は爆発アフロ状態で「抜け道」から脱出した。

坂本竜馬(浜田雅功)

土佐出身の浪人。四国の出なのに関西弁使用者であることを第一話で突っ込まれますが、「触れてはいけない」ことのようです。若き日の竜馬は色々な人物と出会って見聞を広めたんですが、劇中では千葉道場(通称小千葉道場)に居候。今でいうニート状態でした。日本を変えることにはまったく興味がなく、様々な事件解決も「仕方なく」参加。西洋の裸婦像や、イギリス公使館にあったミロのビーナス像に感激するほど俗っぽく描かれていました。半面幼馴染の以蔵が「人斬り」になったことを憂えたり、「攘夷」の字が書けない以蔵に対し「お前にとって攘夷なんてそんなもの。だからやめろ」と言ったり、所々で大人物となる器を見せてくれます。

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そんな中、「バンド活動」を計画し実行。攘夷派の妨害にあいながらも無事道場でのライブ演奏を終え、その達成感もあって「日本を変える」決意を固めていくのでした。一応「武士」なので刀は所有していますが、使ったのは一度だけ。それも相手の刀を受け止めただけで、攻撃自体はゲンコツで行っていました。本人曰く「繊細」だそうで、怒鳴られて泣いたことも。必殺技は「デコピン」。時の将軍にさえデコピンを食らわせ、「もう攘夷派の言うこと聞いたらあかんで!」と説教までしました。バンドでの担当はボーカル。最終回で千葉道場を去り、史実通りに活躍。浜田雅功氏はかつらを使用せず、実際に「竜馬ヘア」にしており、その状態で他の番組にも出演していました。

近藤長次郎(北原雅樹・グレートチキンパワーズ)

竜馬の幼馴染。実家が饅頭屋を営んでいるのであだ名は「饅頭屋」。弟分といった感じで一緒に千葉道場に居候し、遊びも仕事もよくつるんでいます。竜馬のフォローに回ることもありました。バンドではドラムを担当。

岡田以蔵(反町隆史)

陰のある二枚目ですが、竜馬曰く「アホ」。竜馬とは幼馴染であり、「坂本」と聞くと真っ先に竜馬、ではなく姉の乙女を思い出します。第一話で勝海舟暗殺に乗り出しますが、結局は竜馬たち同様千葉道場の居候に。子供好きで、故郷では紙切り細工が得意な「紙切り以蔵」と呼ばれていた模様。西洋の鎧を見て感動したり、西洋楽器のウッドベースを「武蔵丸」と名付け大切にするなどお茶目な部分も。

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竜馬との再会後人斬り行為は禁じられていましたが、やむを得ず戦闘となれば、「人斬り以蔵」の名に恥じない強さを見せてくれます。当初は口下手、話下手で、さなを道場に入れないために「話がある」と言って連れ出した際「最初から話して」と言われ生まれた時からの細かい思い出話を夕方になるまで続けておりました。千葉道場を去る時、日本を変えようとしている竜馬に「斬られそうになったら先に斬る」こと、「自分の中の以蔵がやったと思え」と言い残しました。

勝海舟(内藤剛志)

開国論者で、「英語がペラペラ」。表札が「ビクトリー」になっているなど、西洋かぶれな一面も。一話目から登場しますが、「食えないオッサン」といった感じ。料理屋で西洋人と出くわした際耳たぶを引っ張り「ワッテデス(What is this)?」と繰り返し「耳たぶは英語でゼアロブ(the earlobe)って言うらしいよ」とどうでもいい知識を得てました。飄々としていますが、時に竜馬を怒鳴りつけ、以蔵がハリスを暗殺しようとしている際は西洋人の特徴を教えて本物をこっそり逃がすなど、さすがの大物ぶり。

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決めるときは決めてくれます、勝先生。

竜馬たちがよく千葉道場の屋根に上って寝転がっているのを「真似して」江戸城のてっぺんで「開放的だねえ」とのたまうナイスキャラでした。「西洋からはいいものだけを取り入れる。音楽など邪道」と考える開国論者の同僚、小栗上野介を説得する為千葉道場でのライブには参加できませんでしたが、「攘夷派」に傾きかけている将軍家茂公を説得するため、将軍の御前での生演奏を計画、実行しました。(将軍は勿論小栗もノリノリで踊り、「西洋音楽は楽しい、危険だ」ともっともらしく言ってましたが、説得力ゼロ)曲名『ふぉげらばり(forget about it)』も実は英語で、彼の案。バンドではトランペットを担当。

夢路(とよた真帆)

劇中唯一の架空の人物。相模屋という女郎屋の花魁。海舟を支える良妻といった感があります。8歳の時すでに現在の竜馬の身長を越えており、身長が高いのが悩み。渡米を夢見て実現させました。家茂公の正妻、和宮に瓜二つなため、江戸城での生演奏の際近藤の助太刀の為に出て行った彼女を見た幕臣は皆平伏。バンドではタンバリンを担当。

千葉貞吉(伊東四朗)

千葉道場の主。といっても北辰一刀流を開いた千葉周作の実弟であり、「千葉道場」の名も兄の所から借りているだけ。からくり造りが趣味で、一部の防具、竹刀、看板までお手製のからくりとなっています。(看板は風が吹いたら回る仕掛け。当初の古い看板は道場破り的に持っていかれますが、「新しいの作ってたんだ」とむしろ喜んでました)普段はお茶目な初老男性と言った感じですが、「迷惑をかけているから」と金の為内緒でアームストロング砲を道場に隠していた竜馬たちに対し、「アンタらを迷惑だとは思ってない」と強い口調で言い、竜馬が別件で落ち込んでいる際には人生の先輩としてのアドバイスも送りました。バンドの際ピアノを作りましたが、全部同じ音しか出なかったため、「これはピアノじゃない」と海舟からバッサリ。本人曰く「いろんな音が出るのなんて難しい」とのこと。

千葉重太郎(別所哲也)

千葉道場の跡取り。もっとも分家筋ですが。人に感化されやすく、他人の言葉を鵜呑みにするよく言えば純粋、悪く言えば「アホ」。竜馬とは親友といった感じでしたが、世間知らずで道場を継がねばならない身。そんな彼を、日本を変えるための旅に同行させるわけにはいかないと判断した竜馬から「友達ちゃう」と言われて彼の写真を竹刀で打つなどしていました。妹から真相を聞き、「がんばれよお!」と旅立った竜馬にエール。実際には竜馬は忘れ物を取りに来ていたため植え込みに隠れていたわけですが。その後は道場を継いだようです。バンドではさなと共にピアノを担当。

えどのゆうき
えどのゆうき
@edono78

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