ムーンランド(漫画)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『ムーンランド』とは、『少年ジャンプ+』にて2018年12月27日から2020年11月5日まで連載された、山岸菜による男子高校生たちの体操漫画である。『次にくるマンガ大賞2019』でWebマンガ部門にノミネートされた。自分の身体を自由に動かすことにしか興味がなかった主人公・天原満月が、同じ部に所属する天才少年・堂ヶ瀬朔良や他の人々との交流を通し、大会で勝つことの意味や楽しさを知り成長していく姿を鮮やかに描いている。

『ムーンランド』の概要

『ムーンランド』とは、『少年ジャンプ+』にて2018年12月27日から2020年11月5日まで連載された、山岸菜による男子高校生たちの体操漫画である。全9巻だが、5巻以降は電子版のみとなっている。『次にくるマンガ大賞2019』でWebマンガ部門にノミネートされた。自分の身体を自由に動かすことにしか興味がなかった主人公・天原満月が、同じ部に所属する天才少年・堂ヶ瀬朔良や他の人々との交流を通し、難度の高い技に挑む理由や大会で勝つことの意味、楽しさを知り、成長していく姿を鮮やかに描いている。
筆者にとっては初の連載作品であり、2004年アテネオリンピック体操男子団体で金メダルを獲得した体操選手・水鳥寿思などから監修を受けた。本格的な体操漫画でありながら、登場人物がどんな技に挑んでいるのか、そのどこが優れているのかをわかりやすく描きつつ、最終的には個人で行う体操という競技において仲間がいる意味など、選手の心情面にも深く切り込んでいく作品となっている。

『ムーンランド』のあらすじ・ストーリー

物語の始まり

自分の身体を自由に動かすことを目的として体操を始め、異様な完成度を誇る体操が持ち味の主人公・天原満月(あまはらみつき)は、中学最後に出場した試合で同じ年のエリート選手・堂ヶ瀬朔良(どうがせさくら)の演技を目撃する。彼の演技に衝撃を受けた満月は、朔良と同じ兎田高等学校に進学し、体操部に入部した。同じく体操部に入部した同級生の九藤臣(くどうおみ)や、女子体操部の陽田あかり(ひだあかり)と体操漬けの日々を過ごす中、部内試技会が開催されることになった。

部内では朔良が難しい難度の技を飛びぬけてこなすため、今回の試技会では難度に制限がかけられる。これなら朔良ともいい勝負になるのではと部長の浅沼竜也(あさぬまたつや)や三年の長谷川文太(はせがわぶんた)らも期待する中、試技会が始まった。

試技会で点数をつけられ、満月は初めて自分の体操の客観的な出来を突き付けられる。それまで満月は自分の身体を自分が満足に動かせることが重要で、完成度の高い演技を心掛けてはいても、難易度の高い演技に挑むという発想はなかったのだ。普段は完成度にむらがある朔良も、満月に負けたくないという一心で丁寧な演技を心がけ、満月より高い点数を出した。
それを見た満月は、かつて自分が虫が好きだったこと、それを母に「他の人が苦手なものでも、満月が好きなものは大事にしていい」と言われたこと、けれども他の人に虫を気持ち悪いと踏みにじられたことを思い出していた。そんな失意の中で出会ったのが体操だったのだ。体操を好きになって、自分の身体は自分だけが動かせるから、自分が満足する演技をしていればいいのだと思っていた。だがそこで止まっていることが本当の自分の望みではないと気付き、難易度の高い技に挑む。

難易度が上がれば当然ながら、目指す完璧な体操への道はもっと狭くなる。それでもと挑み始めた満月に対し、大きくプレッシャーを受けながらも朔良も更に技の難易度をあげて挑んだ。「俺は、誰にも負けない」、朔良の一番の武器は人並外れた空中感覚でも、基礎に裏打ちされた高いスコアでもなく、決して守りに入らない強い気持ちだった。最終的に試技会の順位は1位が竜也、2位は満月、朔良は最後の着地で一歩揺らいでしまい、3位だった。

休日、満月と朔良、臣とあかりは4人で体操関係の道具の買い出しに行った帰り、全日本体操個人総合選手権を見に行く。出場選手は社会人や大学生が中心だが、高校生も何人か出ている大会だ。同じく大会を見に来ていた竜也、体操部の先輩である紅村右京(べにむらうきょう)と合流したところで、客席にやってきた朔良の兄であり、強豪金烏台高等学校体操部のエース、堂ヶ瀬暁良(どうがせあきら)に出会う。朔良が部内の試技会で負けたと聞き、「半年前の自分の判断は正しかった」と暁良は言う。半年前、金烏台の監督に誘われた朔良に、暁良は「俺のチームにお前はいらない」と告げていたのだ。憧れていた兄に突き放された朔良は発奮し、「そんな奴と同じチームなんてこっちから願い下げ、これは対等な喧嘩なんだから、負けたらちゃんとごめんと言え」と叫ぶ。
その後暁良が見せた圧倒的な演技に、朔良はあれに勝てるのかと自問するが、竜也に「俺たちが暁良に勝てなくても、朔良が暁良に勝てばそれでチャラ、残りは俺たちが頑張る! さくら 勝てるだろ!!」と言われ、「あったりまえです!!」と強く言い切った。

初めての団体戦

団体戦慣れしていない満月のため、6月のIH県予選前の5月に行われる小さな大会に、兎田高校体操部は出場することになる。IH(インターハイ)とは運動部の全国大会であり、まず県予選を勝ち抜いた一校のみに出場権が与えられる。その後IHで更に予選があり、上位16校のみが本選と進める仕組みのため、試合慣れてしていないことは不利にしかならないのだ。運動部の難易度の高い技に挑む楽しさに目覚めた満月は、その強固な土台の元に上を目指し始める。体操がとても楽しいと感じる満月だったが、周囲の人たちが同じチームなんだから、と手伝ってくれること、試合に勝つというモチベーションの高さに、「自分の身体を自分の思うように動かしたい」との意識が最優先である自分とのずれを感じて悩んでいた。
大会が始まった。対戦相手は昨年のIHで個人総合4位と7位に入賞した後藤真理央(ごとうまりお)、市原証(いちはらあかし)が率いるひばり山高校だ。地道な練習を積み重ね、「君たちはそろそろ勝っていい」と監督の瓜生春馬(うりゅうはるま)に言われた竜也は気合・調子共に絶好調だった。それぞれの勝ちたい意志を元に、朔良や右京は小さな失敗をしつつも演技を成功させていく。だが満月は「チームのため、みんなのため」と思うあまり自分の身体が自分の思い通りに動いていないことに気付き、とうとういつもは問題なく成功するあん馬で落下してしまう。そのまま身体が動かなくなってしまった満月は、結局チームのことも勝つことも、みんなの応援のことも考えることをやめた。そうすれば問題なく体が動いたため、心は重いながらに演技を終える。そんな満月の内心を知らないチームメイトたちに「失敗を気にするな、俺達はチームなんだからみんなで挽回すればいい」と励まされ、満月は更に落ち込んでしまう。

満月の失敗を挽回しようと、竜也や文太はこれまで出したことのない高い点数を出していく。そんな彼らを見て満月は、自分の感情を分かってほしいと思うのは自分のわがままだ、と重い気持ちを飲み込んだ。
一方朔良は、他のメンバーが13点台を狙うところ、「14点台を目指してくれ 狙えるだろ さくらなら」と竜也に言われる。兄にいらないと言われ、中学時代のクラブチームでも「同じチームにはなりたくない」と言われた朔良は、誰かに期待されるのは久しぶりだった。それを力に、朔良は見事な着地で跳馬で14.15点を出す。「朔良は自分の事しか考えてないようで、本当はチームのことをよく考えている」と周囲が思う中、その朔良に「俺の体操は自分のためだ」と言われて満月はほっとする。これなら自分の考えもわかってもらえるかもしれないと思ったのだが、朔良は「自分のために、必要としてくれているこのチームで勝ちたい」と思っていた。なので満月の「チームのことを考えるのはやめて、全部忘れて自分の体操に集中する」との言葉に、怒りを覚え、試合中だというのに「そんなの駄目だろ!」と満月を怒鳴りつけてしまう。口論がチーム全体に伝わってしまい、自分の体操についての考えを言い辛そうに、怯えながら口にした満月を、竜也は「そうか! わかったよ!!」とあっさり受け入れた。右京はそんなに簡単には受け入れられないが、「竜也のように、あっさり受け入れる強さは俺にはない」と考えたうえで、満月に「話してくれてありがとうな」と伝えた。拗ねる朔良に、「体操は完全な個人競技だ。練習でどんなに助け合っても、いざ演技が始まれば本当の意味で助けてくれる人はいない。だからこそそれぞれの体操の在り方に、誰にも立ち入ることはできない」と監督は伝えるのだった。
ひばり山高校がリードする中、真理央は証が十分点を取ったのでリスク回避で難度を下げた体操で点数を稼ぎ、証は真理央に負けたくないと更に難易度の高い技で点を伸ばした。満月の体操に納得がいかないまま、朔良は鉄棒に挑む。思い出すのは試合で結果を出せない朔良を見限った父と、朔良をいらないと言った兄の言葉だ。自分以外を切り離すのはこんなに難しいのに、満月はそれを当たり前のようにこなすのが悔しくてならない。悩みながらの演技は、それでも周囲からすれば見事だった。着地まできっちりと決めた朔良の点で、兎田高校は首の皮一枚繋がる。
残りは満月と竜也だ。満月は朔良が怒っているので、「ぼくはどうしたらいいかな」と問いかけた。「みんなのことを大事に思っていないわけじゃない、でも体操は自分の事だけに集中したい」と訴える満月に、朔良は「お前は結局チームなんてどうでもいいと思ってるんだろ」と怒るが、口論は竜也が間に入って止められた。満月の演技の順番が来たのだ。満月があれほど食い下がるのは珍しい事だった。それだけ満月は朔良に、自分の体操を分かってほしいのだ。
何もかもを切り離し、満月は自分が安定しているのを感じた。点数を引きようがない完璧な姿勢を保って続く演技に、朔良は満月がどんな体操を美しいを思っているのか、ここまでどれだけを積み重ねてきたのかを思い知らされ、そんなのは否定できるはずがないと思い知る。何もない自由な世界、それはどれほど美しいものだろうと、朔良は満月の演技を見守る。

演技を終わらせた満月に、朔良は「まあ、いいんじゃねえの」と声をかけた。それに満月は、「今までで一番いい体操ができて、いい得点が出て、みんな喜んでいて朔良も認めてくれた、だから体操が楽しい」と心から思った。
最後の竜也の順番が回ってくる。幼い頃体操のオリンピック選手が「努力は絶対に裏切らない」と言ったのを見て、竜也は愚直に努力を続けてきた。それでも成果は出ず、高校で監督に「これ以上上に行きたいなら、基礎からやり直さないと駄目だ」と言われた。やり直すには時間がかかり、成果が出るのは早くて来年だ。「どうするかは君たちがそれぞれ選んでいい」と言われ、竜也は迷わず基礎からやり直す道を選んだ。竜也の先輩たちが、自分たちが勝てないとしても「お前ならできる」と竜也の背を押してくれたのだ。体操の才能がない竜也に期待してくれたのは、先輩たちが初めてだった。その期待をプレッシャーではなく力に変えたいと、竜也は努力し続けた。そうして積み上げた現在、高校生とは思えない筋力を発揮し、竜也は高難易度の大技と着地を完璧に決め、兎田高校の逆転優勝を決めるのだった。

IH県予選

大会優勝の喜びをかみしめる中、満月は自分の目標を「技の難度を限界まで上げた演技構成で、Eスコア(完成度を示す点数)10点満点を出したい」と決める。IHで優勝すると目標を定めた兎田高校のメンバーは、それぞれ基本は完成度を高めてEスコアをあげる練習に集中しつつ、自分のスコアを伸ばすための練習を始めた。
部員は7人いるが、団体試合に出られるのは5人だ。臣はまだ大会に出られるレベルに達していないので、実質5つの枠を6人で争うことになる。試技会を行い、IH団体県予選に出ると決定したメンバーは、満月、朔良、竜也、文太、ようやく怪我から復帰した3年の麻生絢斗(あそうけんと)の5人だった。
IH県予選が始まる。強敵は15年連続でこの県からIHに出場している、藤間広海(とうまひろみ)率いる熊和高校だ。兎田高校はいい滑り出しを見せるが、 竜也は得意のつり輪で調子がよすぎた結果、無意識に普段以上の力を出して足を捻挫してしまう。ここで竜也が欠けると熊和高校に勝つのは難しくなる。テーピングをして続けると言い張る竜也に、監督は3年生がIHに出るチャンスはこれが最後だからとその意思を尊重しようとするが、止めたのは絢斗だった。ここで竜也がやりきればIHには出れるかもしれないが、怪我が悪化して満足に練習も積めないままIHを迎える可能性がある。「でももし竜也が信じてくれるなら 今日は必ず勝ってみせるよ」と絢斗は笑う。それを信じ、竜也はつり輪を棄権した。
熊和高校が失敗しつつも広海がフォローし、華やかな演技で着実に点を積み重ねていく中、兎田高校は大きな失敗なく点を積み重ね、前半が終わったところで暫定1位を取っていた。
技の難度を示すDスコアに成長の余地がありつつ、完成度のEスコアだけで十分戦えてしまう完成度で、満月は戦っていた。竜也の負傷に奮起する兎田高校を見て、熊和高校の三上港二(みかみこうじ)は、同じようにエースが負傷した時に「自分に任せてくれ」なんて言えない、と思っていた。だが港二にとって広海はずっと憧れてきた、絶対的なエースだ。そんな人に土をつけるのが自分だなんて嫌だと発奮し、港二は見事な演技を発揮する。
熊和との点差が僅差になる中、兎田の最終種目であるあん馬が始まる。あん馬は繊細なバランスを保ちながら馬上を動き続けなければならず、精神的にも体力的にもかなりのプレッシャーがかかる。初手で少しでも三人の負担を減らしたかった竜也が出場するも落馬し、後がなくなる。次の朔良は難度の高い技に挑むものの、ひたすら背を追うしかない兄の事だけでなく、背後から確実に迫ってくる満月の事も考えてしまい、危うく落馬しかけた。だが竜也の「頼んだぞ」という言葉を思い出し、なんとか踏みとどまる。
一方熊和の最終種目であるゆかで、広海が彼らしい華やかな演技を見せていた。

元々の体操が奔放すぎて毎回どこかしらミスをし続けていた広海は、キャプテンになったことでチームへの責任感がいい方向に働き、高得点を叩き出した。
これは熊和の優勝で決まりかと会場の空気も傾くが、兎田のあん馬は絢斗の番だった。絢斗は小学生の頃、長い手足を生かした優雅な体操を行い、特にあん馬を得意としたことから「あん馬王子」と呼ばれた天才だった。だが手首を負傷し、他の競技を練習する気にもなれず半ば腐ったまま兎田高校に入学した。そこで基礎練習から積み上げる竜也と右京に「毎日少しずつでも前に進んでると思えるって こんなに楽しい事なんだな」と言われ、好きだったのは評価されることではなく、体操そのものだと思い出したのだ。そこからリハビリを続けていた絢斗は、公式試合であん馬に挑むのは今日が負傷以来のことだった。そのプレッシャーに負けることなく、かつての自分を遥かに超えた難度と完成度、優雅さで絢斗は14.45という高得点で演技を終える。

これで最後の満月を残して、熊和高校と兎田高校の点差は14点となった。
満月が14点以上出せば兎田高校の優勝、だが朔良はそれに複雑なものを覚えていた。個人総合優勝を狙う朔良だが、満月が14点以上を出せば、満月が自分の上を行くのだ。そんな状況を気にも留めず、満月は自分の演技を始める。あん馬はバランスを保つのが難しいため、Eスコアが伸びにくい。その常識を無にするように、満月は静かで美しい、完成度の高い演技を披露する。点数を全く気にすることなく、自分自身の体操を積み上げていく満月は、14.05点という高い点を出した。それが意味するのは兎田高校の県予選突破であり、朔良の満月への敗北であった。「もう二度とこんな気持ちで誰かの体操を見るのはごめんだ」と、葛藤の中、朔良は苦手なあん馬からももう二度と逃げるかと心に決めるのだった。

IH予選

IH出場が決まったが、総合優勝を目指すならば、現在団体二連覇を成し遂げている金烏台高校の壁はあまりにも厚い。兎田高校はもう一度基礎をしっかり見直すという方針を立てて、Eスコアを上げる練習を始める。「完璧な体操」を目指して満月が練習を積む中、朔良は焦っていた。目指すのは兄、暁良の体操だ。本当は同じチームで体操をやりたかったのだが、中学時代、たった一度の同じチームで体操をする機会に、朔良は難しい技がこなせると信じてくれた兄の期待を裏切って、ミスをしない方を選んだ。その後、暁良に「俺のチームにお前はいらない」と言われていたのだ。それ以降、朔良は結果が全てだと信じるしかなかった。目指す場所はあれど迷いつつ、それでも朔良も練習を重ねていく。
IH予選の本番がやってきた。満月は県予選から更に磨きをかけた、難度の高い技を異様な完成度で見せる体操を披露する。この一か月、完成度を上げることを考えて練習を積んできた兎田高校のメンバーは、完成度という点において満月がいかにありえない存在であるかを痛感してきた。だが鉄棒の演技の最中、満月は鉄棒を掴みそびれて落下する。

いつもと器具が違うからだ。今までは器具の変化にも無意識に対応して調整していたが、技の難度が上がるにつれて動きは複雑に、タイミングもよりシビアになる。精密機械のようにくみ上げられた完璧な体操だからこそ、一度崩れたら取り戻せないかと思われたが、満月はチームメイトの声、朔良の助言を聞きながら、何度も何度もやり直しつつなんとか鉄棒の演技を終える。
予選2日目直前の練習中、満月は朔良に「試合に出ない方がいいのだろうか」と相談する。昨日のような失敗をするくらいなら自分はいない方がいいと思ったのだが、朔良に難度の高い技を演技構成から抜けと言われて動揺する。だがそれを「やめた方がいい」と止めたのは竜也だった。県予選後の基礎練習を、正直またかとうんざりしつつやり抜けたのは、満月がいたからだ。満月がひたすら積み重ねて今の体操に至ったと知っているから、基礎練習の重要性を信じられたのだ。「俺にとってチームってそういうことなんだ 一緒に体操をやるだけでお互いに影響を与え合い 前に進んでいく 失敗したっていい ミツが挑戦して負けるなら 俺はそれでいいんだ」との竜也の言葉を聞き、満月は体育館を飛び出してしまう。
満月は演技構成を変えるなどつゆほども思いつかなかった。なので自分を信頼してくれる竜也の言葉が重すぎたのだ。この期に及んで自分の気持ちしか重視できない自分自身に落ち込む満月だったが、満月が体操を始めるきっかけとなった、金烏台高校体操部に所属する幼馴染の柴田周一朗(しばたしゅういちろう)と偶然遭遇する。満月の相談に、周一朗は「チームの人の気持ちに応えてやるしかない」と言った。周一朗は過去の満月が「思い通りにならなくても、体操は楽しい」と言った事に救われてきたのだ。その言葉で満月は、自分が自分の思い通りに身体を動かすことが好きなことを改めて思い出し、体育館に戻った。自分の望む通りの体操をやることが、今のチームメイトに応えることなのだ。満月が何度失敗しても挑戦してほしかった朔良も満月を受け入れ、練習を再開する。

IH本選

IH予選が終わり、本戦が始まる。予選トップは金烏台高校であり、兎田高校は3点の差をつけてその背を追いかけていた。本戦のハイレベルな戦いとなると、3点の差は大きい。それでも諦めず金烏台高校の背を追う兎田高校の演技は、満月のあん馬から始まった。鉄棒での落下がどれほど影響しているかと周囲は危惧していたが、自分の好きなもの、応援してくれるチームメイトや家族、大事なものを全部大事にすると決めた満月は、危なげなく完璧な演技を披露した。朔良も勝つためにがむしゃらに練習し、技の難易度をあげたあん馬を多少の危なげはあるもののなんとか成功させる。満月には及ばなくとも、自分だけ逃げるわけにはいかないと、今の自分で前に進もうと決めたのだ。
一方の金烏台高校も、未経験から貪欲に上を目指して突出した技の難易度で勝負する間宮太陽(まみやあぽろ)、そして技の難易度、完成度共にバランスよく完成された暁良が高得点を記録していた。だが金烏台の演技にプレッシャーを感じることもなく、今、このチームで戦えてよかったのだと最後のIHであることを噛みしめつつ、竜也と絢斗もそれぞれの吊り輪、あん馬を高得点で終わらせる。
難易度の高いゆかの技を抜くかやるか悩んでいた朔良は、チームメイトの声に押されてその技を入れて演技をする。その演技を見ていた太陽は、「実力者を選び抜き、中心に天才の暁良がいるこのチームが負けるわけがない」と暁良に話しかける。だが暁良はそれを否定した。子供のころ、朔良は昔から、アクロバット系の演技が得意だった。飛ぶときに「光が見える」のだという。その光を追いかければ、完璧な着地が決まる。天才は自分ではなく朔良だと、その時で暁良は思い知らされたのだ。暁良の言葉通り、朔良は難易度の高い技を入れた演技を見事成功させる。
続く満月も、朔良の目に映っているのはどんな世界なのだろうと思いながらも、同じくゆかを成功させる。場の空気が兎田高校に傾くが、それはその直後に太陽が見せた迫力のある演技に持っていかれてしまう。だがそれを気にすることなく、満月は平行棒に挑む直前の朔良に「さくらの演技を教えてほしい」と頼んだ。朔良は満月より難度の高い技をこなすが、それがどういう感覚なのか自分の中だけでは見つからない、でも今日は失敗したくないから教えてほしかったのだ。だがそんな感覚は人それぞれで伝えられるものではないと、朔良は演技に向かう。
しなやかな演技を披露する朔良は、満月がいつもそうしているようにEスコアでも攻める。難しい技を美しくこなす、いつしか目指し始めていたそれを、満月やチームメイトと切磋琢磨するうちに、朔良は身に着けていた。

それを見ていた満月は、朔良に追いつきたいとの思いを胸に抱き演技を行う。
朔良や満月に触発されるように、ハイレベルな戦いが続く。残り二種目を残した段階で、団体1位は変わらず金烏台高校だった。鉄棒に挑む朔良を見ながら、暁良は過去のことを思い出す。父はいつも、「大切なのは目の前の試合で結果を残す事」だと言っていた。才能や素質が多少あったとしても、試合で結果を残せない限り何の意味もない。そんな父は、才能はあるものの試合で結果を出せない朔良に期待をかけようとしなかった。その苛立ちは、朔良が「結果が全てだ」と言い出した時に爆発する。「俺のチームにお前はいらない」と告げたのは、朔良が才能がない自分の背中を追うことが、朔良のためにならないと思ったからだったのだ。だが凄まじい勢いで成長していく朔良を見て、暁良は「自分だけが朔良の才能をわかってやれる」などというのは傲慢でしかなかったことにも気づきつつあった。朔良のことを思っていなかったわけではない。だが後ろから追いかけてくる朔良の足音が怖かったのも、また事実だったのだ。朔良に負けたくない、その一心で行った暁良の演技は、15点という超えられないほど高い得点をたたき出す。やはり金烏台が優勝するのか。そんな空気が会場を支配する中、満月は予選で何度も落下した鉄棒に挑んでいた。
朔良には、「自分は地面を意識して体操をしている」と言われた。その言葉に鉄棒から落下した時見失ったのはバーではなく、自分の居る位置だと気付いた満月は、Eスコアが0.1点以上引くことができないと審査員が呆然とする演技を披露する。

流れに乗った竜也、絢斗も高い得点を出し、兎田高校は金烏台高校に迫っていく。
兎田高校の最後の演技はゆかだ。竜也、絢斗がいい演技をしたおかげで、朔良はこの場で難易度が高い演技をするか、安全を取るかの選択を自分ですることができる状態になっていた。体力はぎりぎり、ここで失敗すれば個人メダルの可能性も消える。だが勝負しなければチームでの優勝はない。朔良はチームでの優勝を選び、0.1点も落とせないとの意思で、超高難易度の構成を通し切る。それを全力で楽しんでやりきったのがありありとわかる朔良に、「喧嘩なんだから悪い方がごめんって言え」と言われていた暁良は、唇の動きだけで「ごめん」と謝るのだった。
逆転は満月に託された。演技前、満月は朔良に「朔良にここで会えてよかった」と笑う。そんな満月に、「何を終わりみたいな顔してるんだ。今日お前ができる一番いい体操を俺に見せろ!」と発破をかける。沢山の声援に囲まれ、満月は最後の演技を披露する。ほぼ完璧な演技に観客が沸き立つ中、満月の点数が出る。14.6点という高得点で、兎田高校が金烏台高校に逆転優勝を決めた。
なお個人優勝は同率一位で満月と朔良、三位に暁良だったため、試合終了後にインタビューが行われた。その場で満月は、「試合に出なくとも体操はずっと楽しかった。でも今日の試合中にはたくさんの人が応援してくれた。一人じゃないなら、これからもなんだってできる」と答えるのだった。

『ムーンランド』の登場人物・キャラクター

兎田高等学校体操部

天原 満月(あまはら みつき)

兎田高校一年。あだ名はミツ。中学の時、幼馴染の周一朗に影響され、自分の身体を自由に動かしたいとの思いで体操を始めた。ひたすら基礎を積み重ねることを苦痛に思わないタイプであり、中学の段階で技の難度は低いものの、完成度は異様な次元に到達していた。非常にマイペースで集中力が高く、他人の言動に左右されることがない。あまり表情が大きく変わることがなく、非常に頑固。一見すると眼鏡の大人しい優等生タイプだが、授業中によく寝ている。

堂ヶ瀬 朔良(どうがせ さくら)

兎田高校一年。都内一の強豪クラブを運営する家に生まれ、父に三歳から体操を仕込まれてきたエリート。だが練習が嫌いで技術にむらがあり、本編以前はあまり試合で結果を出すことができなかった。入学前、中学生チャンピオンを取っている。兄の暁良を心から慕って見本としていたが、「俺のチームにお前はいらない」と言われたことに大きく傷つき、本編中では「喧嘩中」である。「勝てなければ意味がない」と思っており、プライドが高く口が悪いため誤解されがち。だが喜怒哀楽がはっきりしており、チームのことを大切に思っている。

九藤 臣(くどう おみ)

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