文で食を堪能す、安野モヨコ『くいいじ㊦』のススメ

食事は実践派の行為と言うか、口に含む・舌で味わう・身体に栄養を取り入れる。そんな風に認識している方もいらっしゃるかと思います。そんな食事を文で、絵で、脳で楽しめるエッセイ・『くいいじ』下巻の概要と見どころについて紹介します。

「食い意地」の意味について

[共通する意味] ★食物を食べたいという気持ち。
[英] appetite (for food)
[使い方] 〔食欲〕
▽いつでも食欲だけは旺盛(おうせい)だ
▽食欲を満たす
〔食い気〕
▽色気より食い気
〔食い意地〕
▽食い意地が張っている人

[使い分け] 「食欲」が自然本能的な欲望であるのにくらべて、「食い気」「食い意地」は、その人に固有の性向のようなもの。「食い意地」は多く「食い意地が張る」の形であまりよくない意味で使う。

出典: dictionary.goo.ne.jp

なんら食のエキスパートではないけれど、食事をするのが大好きだと語る安野モヨコさん。そんな彼女が自身の持つスキルをフルに活用して食事を書き描く、脳で堪能する食事エッセイが『くいいじ』です。

京野菜

壬生菜や聖護院大根、金時人参など、こと東日本の人間にとってはときめきを禁じえない「京野菜」を、安野さんの最近の健康事情と絡めながら綴っています。
仕事柄甘いモノ、脂肪などの“不摂生”が続きがちな彼女にとって、京野菜は精神的デトックス(意訳)効果があるとかないとか。

「京野菜・とまと」と名付けられた野菜を名前に惹かれて購入してしまう気持ちに好感を覚えます。

空豆

安野さんが炭火焼の店で食べた焼空豆から始まる幼稚園時代のユニークな空豆エピソードが語られる。

幼稚園の前の藤棚が「ブドウに変身する」ことを楽しみに幼い安野さんはその花を観察していた。そしてしばし月が経って花が落ち、その箇所に何やら実りが…
それは期待していたモノではなく、空豆上の味気ない鞘であった…

子どもの頃の、何がしか期待していたなぁという懐かしい気持ちを思い起こさせられる一編。安野さんに限らず、藤花とブドウを関連付けた子供は多いのではないかな…?と思います。

葉山牛

日本式の家屋に住み、趣味として時々着物を楽しむ安野さん。
その日着物を着て仕事をした彼女はトントン拍子で仕事が進み、嬉しさと着付けが上手くいった嬉しさから外出欲が高まり、そのまま出かけることに。友人と高級料亭に行き、コース料理を頼みました、が…

ご存知の通り着物は幾重にも帯を巻いていて結構腹周りが苦しい服装。せっかくの高級料理が腹に入る前に具合が悪くなってしまったそうです。

退店まぎわに彼女が「葉山牛が残念なんです」言葉を残したことが知人間の笑い草となったと言うけれど、気持ちとしては非常にワカル状況です。

大食い

人と食事に行く際、多めの食事を摂ると言う安野さん。自らを「大食い」と考えていたものの、行きつけの鍼灸院の先生はあっさり否定。どうやら小食向きの身体であったらしい、と言うエピソードが語られます。

実質の食事量はともかく、「食べるタイプ」「食べないタイプ」の自己認識は案外あいまいなモノ。確かに「大食いなんです~~」と言いながらも全く食べない人は少なくないです…

胡瓜

調理法として煮たり焼いたりが適用されない珍しい野菜・キュウリにまつわる安野さんのユニークなエピソードを綴る。

高校時代弁当持参と学食の選択肢があった安野さん。常々学食に移行しようかな、と考え始めた矢先に彼女は家族ぐるみで寝坊してしまう。
その日の朝必死でお母さんが用意してくれた手作り弁当、それは弁当箱に胡瓜が一歩んころりと転がっているモノだった…

生のキュウリ丸ごと一本、ここまで食事の方法に困る食品はそうそう無いのでは…?と思わされました。

いかがでしたか…?

安野モヨコさんの食事エッセイ、『くいいじ』の紹介については以上になります。
「美味しそう」「わかる」「食べすぎ…」など様々な感想を得たかと思います。ぜひ本編が読みたいと気になった方、お近くの書店か図書館にてお手に取ってみてください♪

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