猫楠 南方熊楠の生涯(水木しげる)とは【ネタバレ解説・考察まとめ】

『猫楠 南方熊楠の生涯』とは、1991年から『ミスターマガジン』で連載された水木しげるによる伝記漫画。粘菌の研究で有名な南方熊楠の生涯を猫の視点から観察し分析している。史実に基づいた描写の他、水木しげるが得意とする妖しげな雰囲気をまとわせた世界観が魅力。熊は熊野/那智(ナチ)の地(ナ)霊(チ)の化身と作中で熊楠が猫に語るように、常人には理解難しい奇抜な行いをしながらも、その行いには深い意味とエネルギーが秘められていると感じられる内容となっている。

『猫楠 南方熊楠の生涯』の概要

『猫楠 南方熊楠の生涯』とは、粘菌の研究で有名な南方熊楠の生涯を猫の視点から観察し分析することで読者も偉人が身近に感じられるよう描かれた伝記風ファンタジー漫画作品。作者は水木しげるで、1991年から『ミスターマガジン』で連載された。その天才的な頭脳と豪快な奇行で知られる熊楠を、同じく漫画界の鬼才である水木しげるが描いており、常人の価値観を超越した世界をのぞき見ることができる奇作。
猫も呆れるほど豪快かつ奇抜な男・熊楠を、猫が観察しながら段々とその彼の行いの真の意味に気づき影響され、そしてその生涯を共に楽しむ話である。粘菌や幽霊のような目立たない形の不確かなものにある魂の欲求が熊楠という大怪人を生み出し、そして猫も自分では出来ない怪人的行いを隣で観察し熊楠と対話することで共有していく。猫楠と一緒に読者も熊楠の不思議ワールドを追体験できる作品である。

『猫楠 南方熊楠の生涯』のあらすじ・ストーリー

熊楠の独身時代

「大怪人」との出会い (猫楠と熊楠が出会い意気投合する)

一匹のトラ猫が「恋愛と昼寝にうつつを抜かす自分の生活がいかに幸福か」と読者に語りながら、好きな雌猫・花子猫のいる医者の家に上がり込み、14年も外国で猥談を研究していたと話す変わった男と出会う。アメリカで粘菌を研究し、ロンドンで大英博物館の嘱託員にもなった大学者の南方熊楠であった。
しかし彼の話はそんなインテリじみたことよりもどれだけ当時の生活が貧しかったか、汚かったか、現地でも飼っていた猫をどう養ったかである。猫はその変わった風体と猫好きというところに好意を持つ。
海外で学者として貧しさと奇行をしのぐ業績を上げていた熊楠であったが、戦争などで学者としてのキャリアが続けられず日本に帰国。酒屋をしている弟に親の遺産の分け前を無心しては疎まれて、友人の医者・喜多幅の家に入り浸っているのであった。熊楠も猫を気に入り自分の家に連れ帰る。帰り道、熊楠は外国語だけでなく猫語も話せることを猫に打ち明け、猫に”猫楠”と名付ける。

那智山中の幽霊村 (猫楠と熊楠が山中を放浪し不思議な体験をする)

実家の酒屋には熊楠の両親の幽霊もおり熊楠はそれも見え、そして幽霊語も解ると猫楠に言う。それは音を使わない気配や勘の一種のようなものらしい。
父親から「粘菌の研究に励め」と言われた熊楠は那智の山に入る。熊楠は猫楠に「粘菌は動物とも植物ともつかぬ奇妙な生物で、それを研究するのは”生死の現象”と”霊魂の研究”に最適だからだ」と言う。そして猫は熊楠を研究者ではなく”学問の遊び人”だと感じるのだった。

3日山を歩く猫と熊楠。下半身丸出しの熊楠が「人間と猫との情交の違い」で人間のスタイルがいかに特別かを話しだし、そこから熊楠の一物が宇宙からのエネルギーを直に受けているという感覚があること、そしてそれが”無意識”の力と近いことを話す。脳の中の無意識と火山のマグマと熊楠の一物とは全て近しいもので、精液という原形質を噴出することで地球が創生されたように、理性という固い殻の外からはわからないものがあるという。

そうこうしているうちに「山の案内人」だと熊楠が言う美女幽霊の団体が現れ、ちょっと猫楠は生死の境界がわからなくなり不安になる。幽霊が幻覚ではないかと疑う猫に、熊楠は「幽霊も実在の一形態であり、それを知覚できるかできないかの受け手の知覚力に差があるのだ」と諭す。常識という垣根を取り払えば面白い世界が増えるとする熊楠は粘菌もその生死の境を超えるものだと語る。
粘菌は一番生命活動が盛んなときに外からは痰のような死物に見えるが、死後胞子を守るだけの段階に入ると人の目には”生えた”ように見える。死に近い段階が一番活動的に見えるという粘菌の様子は意外と生物の生死の本質を突いていて、人間も死後の世界に実は予想外の活動の誕生があり、そこで価値観の転換があるのかもしれないとここで猫楠も気づくのである。

幽霊との一夜が明けるとまた山の中。美女は消え、猫の知らぬうちに父親の幽霊に案内してもらい「粘菌を見つけた」という熊楠に、猫楠はまだまだ頑なな態度である。さらに山奥に進むと猪垣という石に囲まれた場所があり、そこには夢族がいるという。それは黒と月光色とで構成された世界に住む天狗のような人々で、その夜そこで素晴らしい音楽に二人は酔いしれる。その素晴らしい音色は屁の音であり、腸の空気量が大事だという秘訣を教わる。人間は口ばかりで屁を使わないから気づかないと夢族に言われ、この演奏には猫楠もいたく感銘を受ける。
山から下りる際に日本郵船の社員・小畔と知り合い自分の弟子にしたり、好きな芸者の前でやたらといつもの奇行で大胆さをアピールするがなかなか伝わらず自棄になる。

わが思いの貴婦人 (熊楠が恋をし子分達と遊ぶ)

喜多幅の家では熊楠が居座ると仕事を休んで相手をしなければならないので困ってしまい、金持ちで文化に理解のある多屋家に熊楠を預かってもらうよう頼む。熊楠にはあそこの家には美人が多いからと追い出して、熊楠は猫楠と喜多幅の家の花子猫も一緒につれて多屋家に移る。
そこの息子・勝四郎と、後日一緒に天皇を迎える神島という自然豊かな島に遊びに行く熊楠。勝四郎は熊楠の子分になる。その他絵描きの破裂(後の草堂)やいたずらっ子の新五郎など熊楠にはたくさん面白い子分がおり、猫楠と花子猫はその熊楠の子分たちについて分析する。
勝四郎を子分にする一方で、その家の娘の一人・高に惚れた熊楠は全く積極的になれない。欲求不満となった熊楠は那智山に戻り、その辺りで妾を囲っている病院長に反吐をかけたり、芸者町へ繰り出し芸者の陰毛を集めたりする。それを心配した喜多幅たちは次に熊楠へ嫁をもたせてやろうと計画するのだった。

山高帽で訪問 (金華猫現る、熊楠はお嫁さん候補に求婚する)

山中を歩く熊楠と猫楠。シラミだらけで体をかきむしる熊楠に、猫楠は「たまには洗濯したら」と注意する。「考え事をしているときシラミに体を刺激してもらうと良い」と言う熊楠は、さらに「人間の心は1つではなく、3つ4つの複合体だ」と話す。頭の中に複数の霊が居て死後はそれぞれ少しずつ残存し墓や家や宇宙に分散して留まるという。
「抜け首」という、寝ている間に頭がどこかに飛んでいく現象も良く起こると聞いた猫楠が夜中に起きると、本当に熊楠の首が伸びて頭がどこかに行っている。猫楠が熊楠を起こすと首は戻ってきて、俗信にもいろいろ根拠があると話し合う。

熊楠は芸者にもシラミをつけてかゆがらせて着物が乱れたすきに陰毛を抜きそれを研究していたが、芸者から苦情が出ており、友人達が知り合いに頼み強面に化けて「あんまり遊んでないでちゃんと嫁と家庭を持て」と注意する。
家に帰ると眼鏡をかけた新しい猫がいる。それは中国の有名な化け猫・金華猫であった。金華猫は熊楠の感性に感心しきっており、熊楠に「死後の世界にこそ本当の生があり、死後の事がわからないのはそれがわかると皆死後の世界に行きたがるからだ」と話す。

あくる日熊楠は友人と見込みのありそうなお嫁さん候補の下見に行き、その家族に嫁に来てほしいと伝えるが返事はない。猫達は汚い恰好が良くなかったんじゃと心配し、熊楠にラブレターを書いたらと提案する。熊楠も納得しラブレターを書き、お嫁さん候補の松江を洋装でデートに誘ったり急に本を大量に送りつけたり、猫の行水をお願いしに行ったりと熱心にアピールする。その熱意が通じたのかようやく二人は結婚するが、松枝は3年前の反吐が付いたままの壁(研究のためなので掃除してはいけない)やシラミだらけの布団や幽霊のいる部屋に驚く。

熊楠結婚後

田辺の親分 (熊楠結婚し、子供が生まれる)

嫁の松枝は戸惑いつつも熊楠のやり方に合わせるが、熊楠の研究している芸者の陰毛をゴミと間違って捨てたりして熊楠がごねるので猫達が注意する。
銭湯で老人と幽霊談義を楽しみ、帰っては子分たちとキューバで孫文を助けた話をつまみに鍋をつつく。猫達は庭の亀と友達になる。

ついに熊楠にも子供が生まれる。熊弥と名付けられたその子が生まれた日から小学校に入るまで毎日育児日記をつけ、首が座り抱っこできるのを待ちわびるほどの子煩悩となる。育児日記は子供が自然に言葉を発するのか、人の影響を受けて発するのかの研究でもあった。暇が出来たときは近所の床屋で主人の浮気をからかって床屋夫婦を喧嘩させたりして遊ぶ。

世間では神社合祀令という神社の数を減らす動きが始まる。神社に伴いご神木や森などが取り潰されることになり、この流れに熊楠は激怒し役人達と闘おうとする。この騒ぎに耐えかねて妻の松枝が注意するとかえって暴れたため、恐れた松枝は実家に帰り、それを熊楠は迎えに行く。

神狩り戦争 (神社合祀に反対し暴れる熊楠は監獄へ入れられる)

親類からも「もう熊楠の元へは帰るな」と言われる松枝であったが、実家の門前で熊楠が夫婦の夜の営みの内容を大声で唱えて“松枝を返す呪文”としたため、仕方なく熊楠の元へ戻る。
アメリカから招待があるので行くかと松枝に聞くと、一人で行けと言われる熊楠。役人へは自分の少年時代に神社の御神体に小便をしたため一物が腫れ上がり、牛のように反吐を吐く癖がついたので、神社への不敬は止めるようにと注意する手紙を書く。

こういった活動に対し不満を持った男に呼び出され殴られた熊楠は乱闘騒ぎを起こし、同行した若い衆が収監され熊楠は目と歯を悪くする。弟の常楠の家で長期滞在中に料理への不満で弟の嫁と喧嘩となり、馬糞を弟嫁の口へ投げ込む。歯の治療を終えた熊楠は林業講習会の終業式に酒を飲んで突入し、警察と乱闘を起こし家宅侵入罪で収監となる。子分たちはこれに怒り更に警察や役人を襲撃し困らせる。常楠は兄に釈放願を書くよう言うが熊楠は無罪が当然と拒否する。医者の酒をやめろと言う忠告に熊楠は酒は脳にたまった情報の掃除に必要だとしてこれも拒否する。
猫達は熊楠のこの行動を分析し自然破壊は人間自身の不利益にもなるとし賛同する。

人魚の裁判(役人への批判で裁判、松枝が家出し熊楠押し入れに入れられる)

熊楠に好意的な判事たちの計らいにより、泥酔のための不祥事として出獄した熊楠は禁酒を勧められるも禁酒しない。柳田国男からの手紙にアンパンを送るという熊楠を見て猫達は熊楠の精神の繊細さを感じるが、金華猫は働かずに研究に没頭する熊楠の生活を批判し自分も夢に生きたいと夢族の元へと旅立つ。役人と折り合いの悪い熊楠は友人・毛利の発行する新聞に“人面獣身の役人達より人魚の方が良い”として漁師が人魚や大きなアカエイに欲情し慰み者にしても後日恥じ入るのに対し、女中に手を付けて女房を怒らせても反省しない恥知らずの役人達といった内容を発表し激怒させる。これが新聞の発禁や家宅捜索要請などへの大騒ぎとなり公判が行われ「人魚の裁判」が行われる。この裁判は卑猥な内容かどうかというところから始まり、役人が卑猥な行為をしているという告発となり終わる。常楠は大隈重信と出会い熊楠を早稲田の教授になる話を持ってくるが熊楠は頼み方が気に入らないと断る。猫も呆れる傲慢さであったが妻・松枝も家出していた。妻が4か月も帰ってこないといって喜多幅に泣きつく熊楠。喜多幅のとりなしもあり松枝は戻ったが子供も大きいのに家じゅう反吐だらけで臭いと怒り熊楠を押し入れに謹慎させる。外だけでなく家でも収監され苦しむ熊楠であった。

熊楠子育て期

蟻の研究 (蟻にかまれて一物が大きくなる研究を頑張る熊楠)

二歳になる息子の熊弥が初めて言葉を発し喜ぶ熊楠。松枝は頭痛で寝込み、女中に医者を呼ばせると自分は友人宅でご神木の伐採状況に関して話し合う熊楠。ご神木や古い森の伐採では推進派が祟りのような体調不良を起こし中止が相次いでいると聞いて喜ぶ。喜多幅は診察で松枝の体重が少ないことを心配し、金華猫が消えていることにも気づく。金華猫が夢先案内猫となるため夢族の元へと向かい、彼は妖怪で妖怪は“場所”に出るため個人で見る夢と違って夢の共有が可能だと話す猫楠に熊楠は金華猫を研究しなかったことを悔やむ。松枝のために昼間大事にして夜の営みは控えるよう忠告する喜多幅。熊楠は最近研究中の粘菌のため裸で材料を採取中に蟻に一物を噛まれ2倍に腫れ上がらせる。これは革命的な発見になると毎日一物にスープや砂糖をまぶして再度蟻に噛まれるのを待つがなかなか噛まれず苦心する。猫楠と花子猫はそんな熊楠に毎日付き合い、諦めかけた熊楠に新聞で体験談を募集してはどうかとアドバイスする。熊楠は森の伐採の関係で襲撃されるのを恐れ金棒を収集し備える。

日高川踊り (俳人と媚薬の話、酒席で怪談・猥談、子分が相撲で勝ち芸者の踊りで祝う)

ある俳人が恐々熊楠の元を訪ねてくると粘菌が入ったタバコの空箱が大量にある部屋に通される。自分の日記に俳句を書いてもらい、人間にもマタタビ的なものがあり研究中だと俳人に話す。銭湯の帰り知人の家に寄り、地方によって違う牛鬼の形態や海の怪物やずっと処女のようなカンボジア女性の秘密等に関して話し合う。子分の新五郎が相撲を取るのを見に行く。新五郎が判定負けしたため行司に抗議し再試合をさせて勝利し、祝いの席で芸者に日高川を躍らせる。猫もすっかり酔いつぶれ、ご機嫌な熊楠は家に帰る。

5utomato1994
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