セブン・イヤーズ・イン・チベット(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』とは1997年のアメリカの伝記映画。スイスの山アイガー初登頂で名高いオーストリアの登山家ハインリヒ・ハラーの自伝を映画化。彼がチベットで過ごした7年間、若きダライ・ラマ14世との交流によってもたらされる心の変遷をチベットのオリエンタルで美しい映像が映し出す。ジャン=ジャック・アノー監督作品。主演のハインリヒ.・ハラーに当時絶大な人気を得ていたブラッド・ピットを迎えた。複雑な中国とチベットの関係を描いている映画であることから、中国は中国での本作の上映を禁止した。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の概要

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』とは、スイスを代表する山、アイガー初登頂で知られるオーストリアの登山家、ハインリヒ・ハラーの自伝『Sieben Jahre in Tibet. Mein Leben am Hofe des Dalai Lama』を原作とした1997年のアメリカ映画。ジャン=ジャック・アノー監督が映画化の際に脚色を加え製作された。

ジャン=ジャック・アノー監督の代表作には1992年の『愛人/ラマン』がある。
主演にブラッド・ピット。

1939年秋、オーストリア人の登山家ハインリヒ・ハラーは身重の妻を置いて、世界最高峰ヒマラヤ山脈への登山に向かった。利己的な性格のハラーは揉め事を起こし仲間との溝は深まるばかり。
そんな中、雪崩が起こり下山を余儀なくされるハラー一行であったが、そこは第二次世界大戦が激化しており、英独戦争の真っ最中であった。ハラー達は敵であるドイツ人と勘違いされ、当時英国軍の植民地であったインドで捕虜にされてしまうのであった。
ハラーは終戦を迎えたら帰国し、妻と生まれたであろう子供に会いに行きたいという願いを込めて手紙を書くのだが、帰ってきた返事は離婚届という最悪な返事だった。
帰る当てがないならもう一度世界最高峰のヒマラヤに登ろうとハラーは決心し、最初、単独で脱獄を試みる。幾度か失敗し、仲間のペーター達と一緒にようやく脱獄できたのは1942年のことだった。
最初、ハラーは仲間のペーター達と別れ、1人単独で行動していた。仲間達と一緒に行動していたペーターも他の仲間が病気のために収容所に戻ったり、追ってきたイギリス兵に捕まったりして1人になった。ペーターはハラーのことが気になりハラーを追いかけ合流する。
ハラーとペーターは過酷な逃避行の末、1945年にチベットの都ラサに辿り着く。ラサは当時外国との交流もなく禁断の地と言われていたが、チベットの人たちは優しく彼らを外国人ゲストとして迎え入れてくれた。
ある時、ハラーはチベットの国王的な存在のダライ・ラマの母である聖母様から彼の家庭教師を頼まれる。ダライ・ラマはまだあどけない少年であった。
ハラーは西洋の文化や、学問、マナーなどの知識を、チベットの狭い世界で暮らしていて知り得ることのできないであろうダライ・ラマに教えた。ダライ・ラマはハラーが顔も見たことのない自分の子供に思いをはせていることに気づき、優しく慰める。
こうして2人の年齢を超えた友情は深いものになっていった。
しかし平和な時間も長くは続かず、1945年、チベットの独立を許さない中華人民共和国が侵攻してきてチベットは独立を失ってしまう。
ちょうどその頃オーストリアが終戦を迎えていることを知ったハラーは7年間過ごしたチベットを去ることにする。
ダライ・ラマはハラーに即位時から大事にしてきたオルゴールを与え、愛用の望遠鏡で去り行くハラーの姿をいつまでも眺めていた。
ハラーは12年ぶりに故郷オーストリアに帰郷する。既に元妻はハラーの友人と再婚し、息子はなかなかハラーと会おうとはしない。ハラーはダライ・ラマにもらったオルゴールをそっと息子の部屋に置いてその場を立ち去る。
やがて息子と和解したであろうハラーが成長した息子と一緒にアルプスを登っている姿が映し出される。

ブラッド・ピットという絶大的な人気俳優を起用したにも関わらず、映画に派手さはない。ハインリヒ・ハラーという実在した登山家の生きた証をリアルに描き、ハラーの心情がチベットの人たちやダライ・ラマとの交流によって変わっていく描写に説得力がある。また、チベットのポタラ宮やヒマラヤ山脈の映像の美しさは圧巻である。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』のあらすじ・ストーリー

出発の日

登山家のハインリヒはヒマラヤ登山に参加する。妻のイングリッドが見送りに来る

1939年、オーストリア人の登山家ハインリヒ・ハラー(演:ブラッド・ピット)は身重の妻イングリッド・ハラー(演:インゲボルガ・ダクネイト)を置いて、世界最高峰のヒマラヤ山脈への登山に向かった。
当時、オーストリアはナチスドイツの支配下にあり、ハインリヒは子供が生まれるまで側にいて欲しいという妻、イングリッドの願いを無視し、国威発揚のためにドイツによって企画されたヒマラヤ登山に向かったのであった。
汽車で出発するハインリヒをイングリッドとハインリヒの友人ホルストが見送る。ハインリヒはイングリッドに常に高圧的な態度で接し、「4か月で戻る」とイングリッドに告げ、汽車に乗り込んだ。
プラットホーム上でイングリッドは泣き崩れ、彼女を抱きかかえるようにハインリヒの友人ホルストが支えていた。その様子をハインリヒは汽車の窓から眺めていた。
汽車の中でハインリヒはこれからの旅のことを考える。5000マイルの長旅だ。インドを経由してヒマラヤに入り、世界第9の高峰ナンガ・パルバットを目指す。
ドイツ人がウンセルバーグ(我らの山)と呼び、ドイツはこれまでこの山を制覇することに4回失敗していた。ナンガ・パルバットの制覇は今やドイツ国民の執念であり、国威がかかっていることをハインリヒは感じていた。

負傷と落石

脚を負傷していたハインリヒは怪我を隠し登山を続ける。ザイルを巻いていたペーターが落下し、引き上げようとするが脚に力が入らず苦戦する

1939年7月29日、登山隊は6700メートル地点に設営した第4キャンプを出発した。
前方には氷河と凍った岸壁が待ち受け、難局に立たされていた。しかし、ハインリヒは産まれて1か月になるであろう赤ん坊に思いを馳せ、気持ちが乱れ、いつものような自信を失っていた。
心の乱れからハインリヒは雪山を滑り落ちた。ハインリヒは脚に傷を負った。
「降りていこうか?」と仲間が声をかけたが、ハインリヒは拒み「アイゼンを落とした。先にいってくれ」と答えた。ハインリヒは傷を隠し仲間の後を追った。
隊長のペーター・アウフシュナイター(演:デヴィッド・シューリス)が天候が悪いのでザイルをまくことを提案した。
ペーターはハインリヒに「怪我をしたのか?」と尋ねたが、ハインリヒは「かすり傷だ」と言って怪我の報告をしなかった。
「先に行く」と言って、ハインリヒはペーターの前を登っていた。そこで落石があり、ペーターが落下してしまう。
ハインリヒはザイルを引っ張り、ペーターを引き上げようとするが、怪我をした脚に力が入らず苦戦する。何とかペーターを引っ張り上げることができたが、ペーターに怪我の報告をしなかったことを咎められる。
しかしハインリヒは「関係ない」と突っぱねる。ハインリヒは周りと協調せず、単独で山を登っているかのような気になっていた。

8月4日、第5キャンプにいるが猛吹雪のせいで足止めを食らっていた。「先を急ごう」とハインリヒはペーターに提案するが脚下され、苛立っていた。
ある日、雪崩が起き、ペーターは「今すぐ下山せよ」と指令を出した。しかし、ハインリヒは言うことを聞かない。「一人でも登れる」と食い下がった。
ハインリヒが雪山をさまよっていると、通りすがりの人が「あなたにお守りをあげる」と言ってダライ・ラマの写真をくれた。

捕虜としての収容所での生活と脱走

ハインリヒ達は天候不良のため下山を余儀なくされ、辿り着いたインドの地でイギリス軍の捕虜にされてしまう

登山隊は下山を余儀なくされ、インド国境付近まで来た。
しかしそこでは運悪くドイツ軍とイギリス軍との間で戦争が始まっていた。インドはイギリスの植民地であり、イギリス軍の領土内にいるハインリヒたちはイギリス軍の捕虜となり収容所に入れられた。
1939年10月15日のことであった。

ハインリヒはそれで4度の脱走を試みるがすべて失敗に終わった。捕虜になっている登山隊の仲間たちも脱走の計画をしていた。モンスーンの後にチベット経由で脱走すると言うのだ。ハインリヒも誘われた。しかし「単独で行動する」と断った。
収容所の中でハインリヒはイングリッドに夫婦間の溝を埋めたいという内容の手紙を書いており、その返事が来た。手紙には離婚届が同封され、離婚が成立次第、ハインリヒの友人のホルストと結婚したいと書いてあった。ハインリヒはショックのあまり、収容所に張り巡らされた有刺鉄線を掴み、体当たりしてイギリス兵を挑発した。

仲間たちが計画している脱走の日が来た。なんとしてでも脱走したいハインリヒは「一緒にいく」と言って同行することにした。
計画はこうだ。仲間たちが頭にターバンを巻いてインド人の恰好をし、荷物を運び出すふりをして外にでる。門番が見ていない隙にイギリス軍の制服を着たペーターが「門を開けろ」と指示し、みんなで外に出るというものだった。脱走は成功した。しかしそこでハインリヒは仲間たちと別れ、単独で行動することにした。1945年9月のことである。

脱走したハインリヒはインドの北部まで来ていた。民家に忍び込み食料を調達した。しかし食べ物に当たり、ハインリヒは嘔吐し苦しんでいた。
するとそこに薬の缶を投げつける人影があった。ペーターだった。他の仲間は捕まったり病気になって収容所に戻ったらしい。
ぺーターは食料をたくさん持っていた。ハインリヒはそれが羨ましかった。
食事をしながらペーターは「戦局の行方によっては故郷に帰れなくなる」ということをハインリヒに話した。ハインリヒは「戻る気はない」と答えた。ペーターも「戦争が終わるまで故郷に戻る気はなくチベットから中国に渡り、仕事を探す」と言う。チベットまでは遠い。「ザイルを繋ぎ協力しなくては」というハインリヒにぺーターは「経験上、君がいない方が俺は安全だ」と皮肉を言った。
ハインリヒとペーターはチベットのまでの推測の距離を出した。チベットまでの距離はハインリヒが68キロと主張した。ペーターは65キロだと言う。どちらが正しいか食料を賭け、2人でチベットを目指すことになった。

チベットに到着

インドまで帰される中、腹の減ったハインリヒとペーターはチベット人に持ち物を売る。ハインリヒはドイツ軍の靴を売り、ドイツ軍の歩き方を教えると言ってチベット人を注目させ、逃げることに成功する

チベットに到着した。チベットまではきっかり68キロだった。褒美はハインリヒのものだったが、もうお腹の中に入っていた。
ハインリヒとペーターが歩いていると馬に乗った2人のチベット人が通りかかった。
「何者だ?」と訝し気に聞くチベット人に、ハインリヒたちは「インドから来ました。チベットに入りたい」とお願いした。
しかし2人のチベット人は「外国人は帰れ!」とハインリヒとペーターを追い払うしぐさをした。ハインリヒたちはそれを無視し、先に進もうとする。
ハインリヒはチベット人が乗っている馬の鞭を奪い、馬のお尻を叩いて、チベット人たちを引き返させた。
出会うチベットの人たちはみんなハインリヒ達に手を叩いた。それは外国から来る者に対し、悪魔祓いをするチベットの風習であった。
ハインリヒ達は村の偉そうな人に「何か食べるものをください」と頼み、「通行許可証を持ってきました」と話した。そして県の長官に取り次いでもらことになった。
長官に仕える者はハインリヒ達を建物の中に通し、壁に書かれた何かを読み上げた。
それは第13代ダライ・ラマの最後の遺言であった。「チベットの政治と宗教画外部の勢力によって破壊される危険がある」と書かれていた。これがチベット人が外国人を歓迎しない理由だった。ハインリヒは「自分たちは攻撃しないし、何か食べるものをもらえれば」と頼んだ。
そこに長官が現れた。なんとその人は先程、ハインリヒが馬の鞭を奪い、引き返させたチベット人であった。ハインリヒは慌てて、お詫びのしるしとして通りすがりの人にいただいたダライ・ラマの写真を献上した。長官は「写真はいただくが、インドに戻れ!」と頑なに入国を拒んだ。

見張りのチベット人に連れられ、ハインリヒ達はインドの国境まで連れ戻されることになった。チベットの人たちはみんなハインリヒ達にべーと舌を出してくる。
ハインリヒとペーターはとても腹がすいていたが金がない。ハインリヒはペーターのしている腕時計に目をつけ、それを売ることを促した。渋っていたペーターだったが、背に腹は変えられないと腕時計を売ってお金を手に入れた。
ハインリヒはドイツ軍の靴を売り、ドイツ軍の歩き方を教えると言ってチベットの皆を注目させた。それから続けて走り方も教えると言うや否や、ハインリヒはペーターとともに、全速力で走り出した。脱走したのだ。
「完璧だ」と笑うハインリヒに対し、ペーターの顔が曇った。ハインリヒの荷物から腕時計を3つ発見したのだ。
「これは壊れている」と開き直るハインリヒにペーターは「これは人間性の問題だ」と怒りをあらわにした。これを機にハインリヒとペーターは仲たがいした。二人は別々に行動することになった。
別れ際、ハインリヒが「俺も悪かった」と時計を差し出した。時計にはハインリヒの結婚指輪もついており、ペーターは指輪をハインリヒに返そうとしたが、ハインリヒはぺーターに持っていたもらいたいと言った。
ハインリヒが謝ったことで、結局2人は一緒に行動することにした。
星空を眺めながら、ハインリヒは「ロルフはもう3歳半になる」と呟く。まだ見ぬわが子に思いを馳せていた。
ペーターはハインリヒに手紙を書くように勧めた。ハインリヒは息子のロルフに手紙を書いた。

旅は難航を極めた。そんな中、ハインリヒとペーターは山賊に襲われ囚われてしまう。見張りの隙をついてハインリヒとペーターは馬に乗って逃げ出すことができた。雪山の中、乗っていた馬の肉を2人で食べ、飢えをしのいだ。
チベットの人の群れがどこかを目指し歩いていた。ハインリヒ達は「どこに向かっている?」と声をかけた。
一行は「聖なる都ラサに向かっている」と答えたが、「外国人はラサには入れない」と言う。ハインリヒは「通行許可証を持っている」と薬に入っている説明書を見せた。外国の文字が読めないチベット人は騙され、一緒にラサまで連れていくことにした。

聖なる都ラサに到着

洋服の仕立て屋、ペマ・ラキ(左)とペーター(中央)とハインリヒ(右)は市場でスケート靴を買い、スケートをする

聖なる都ラサに到着した。
ラサの街でハインリヒとぺーターは空腹のあまり、犬の餌に手を付けた。
飼い主の老女がハインリヒとペーターを追い払ったが、家の主、クンゴ・ツァロン(演:マコ岩松)が現れ、ハインリヒとペーターは家に招き入れられ、ごちそうしてもらうことになった。
ツァロンは摂政(演:ダニー・デンゾンパ)と大臣方に外国人ハインリヒとペーターの2人についてお話ししたいと申し出た。
ツァロンは「ハインリヒとペーターがこれまでの大変な試練に耐えたことは賞賛に値します。もしインドに返したら収容所行きでしょう」と摂政に話した。
摂政は「留まらせる理由がないし、家もない」と言う。ツァロンは「家の離れを提供し世話をします」と言った。
「なぜそこまでする?」と聞く摂政にツァロンは「人を助けるのに理由がいりますでしょうか?」と清々しく言った。

ツァロンの家でハインリヒとぺーターは手厚いもてなしを受けた。
洋服の仕立て屋、ペマ・ラキ(演:ラクパ・ツァムチョエ)という女性が訪ねてきて、「ンガプー・ンガワン・ジクメ(演:B・D・ウォン)様がお2人に洋服の贈り物です」と言って服を脱いで採寸したいと申し出た。ハインリヒとペーターは手厚いもてなしに驚いた。ンガワン・ジクメは大臣の秘書官をしている人物だという。

ハインリヒはペマ・ラキの前で建物のてっぺんにロープをひっかけて山を降りてみせた。自分たちがしていたことを理解してもらおうとしたのだ。
ハインリヒは「オリンピックで金メダルを獲った時のものだ」新聞の切り抜きを見せた。
ペマ・ラキは「やっぱり違うのね。西洋の文化と東洋の文化は」と言った。「あなた達は、一番になること、目立つことが大事だと考える。でも私たちチベット人にとっては、いかに自分を捨てられるかが大事だ」と言うのだった。
街を歩いていると。「アウフシュナイターさんとハラーさんですね?」と声をかける人がいた。その人こそハインリヒ達に洋服をプレゼントしてくれたンガワン・ジクメであった。
ハインリヒとペーターは感謝していることを伝えた。
ンガワン・ジクメは大臣の秘書官として、中国とも外交をしており、中国の代表にその腕を買われていた。
ハインリヒとペーター、ペマ・ラキの3人は市場でスケート靴を買い、西洋文化であるスケートをチベットの人たちと楽しんだ。ペーターとペマ・ラキは恋仲のようだった。
スケートの様子をダライ・ラマ(演:ジャムヤン・ジャムツォ・ワンチュク)が望遠鏡で見ていた。

ハインリヒ、ダライ・ラマの家庭教師になる

ハインリヒは自分の知っている知識をダライ・ラマに教えた。ダライ・ラマは側近が見ていないときは、高座から降り、ハインリヒと目の高さを合わせている

1945年5月、ペーターとペマ・ラキは結婚した。
2人の新居にハインリヒは遊びに来ていた。ラジオからは戦争の状況が報じられている。
ハインリヒも5か月前にツァロンの家を出て、街の測量を頼まれ忙しくしていた。
ある日測量の仕事をしていると、ンガワン・ジクメが「ドイツが降伏し、戦争が終わった」と報告に来た。
ハインリヒは測量を中止し、「オーストリアに帰る」と家に戻った。そこに息子からの手紙が来ていた。
息子からの手紙には“父親ではない人からの手紙は欲しくない”と書いてあった。
ハインリヒは帰る場所を失い、失意の中、道端で寝ていた。
すると郵便配達の人がまた手紙を持ってきた。手紙の送り主はダライ・ラマの母(演:ジェツン・ペマ)である聖母様からで、ハインリヒは聖母様の家を訪ねた。
ダライ・ラマ猊下がハインリヒに会いたがっていると言う。側近はいい顔をしないので、聖母様と猊下が会われる月1回の日にハインリヒを同行させよと命令が下ったのだという。
ダライ・ラマは西洋や世界について学びたいという気持ちがあり、ハインリヒにいろいろ教えてもらいたいと考えていた。そのお気持ちを知った側近たちは気は進まなかったが、ハインリヒをダライ・ラマの家庭教師として迎えようと考えのだ。
ハインリヒは聖母様からダライ・ラマの前でどういう振る舞いをすべきかを習った。

ハインリヒは聖母様に連れられてダライ・ラマ猊下に謁見した。高座にダライ・ラマが座っている。
ダライ・ラマは無邪気にハインリヒの黄色い髪を珍しがった。そして「映画は好き?」とハインリヒに尋ねた。ダライ・ラマは映画が好きで映画館を作るのが夢だった。
ダライ・ラマはハインリヒに「宮殿に映画館を作って」とお願いした。そして工事の監督で「ここにくるときにいろいろと話をしよう」と提案した。
ダライ・ラマは好奇心旺盛な少年で世界中のいろいろなことを知りたがった。「お役に立てれば光栄です」とハインリヒは返事をした。

映画館を作るための工事が始まった。道路を舗装しているとき、作業をしていたチベット人が「ミミズを傷つけないで」と騒ぎ出した。ハインリヒはそのことをダライ・ラマに話した。
ダライ・ラマは「チベット人は生き物は皆、前世で自分の母親だったかもしれないと考えている。生き物は決して傷つけないという教えに背けない」とハインリヒに伝えた。
ハインリヒはダライ・ラマのもとに通い自分が知っているありとあらゆる知識をダライ・ラマに話していった。
ダライ・ラマはハインリヒと話すとき、側近の目を盗んでハインリヒと同じ目の高さまで降りていた。
2人の関係はとても親密なものであった。

大臣の秘書官だったンガワン・ジクメが大臣に抜擢され、お祝いの会が開かれた。
その頃、中国からチベットは攻められていた。摂政はンガワン・ジクメに「チベット政府は外国の主権を認めておらず、独立した国家である。滞在している中国人に国外退去を要請する」と中国の代表(演:ヴィクター・ウォン)に伝えよと命じた。
中国の代表は中国に帰っていった。

クリスマスが来て、ハインリヒがお祝いのパーティーを開いた。ハインリヒはプレゼントを用意していた。ペーターには時計をプレゼントした。その時計は以前、飢えをしのぐためにペーターが市場に売り、ハインリヒと喧嘩をしたあの時計だった。
ハインリヒはペーターとの友情に感謝し、ペーターもハインリヒを命の恩人と呼んだ。
チベットの人たちも皆でダンスを踊る。とても楽しい時間を過ごしていた。しかしその時、踊っていた人がラジオにぶつかり、チベットが中国に統合せよという放送が流れ、場の空気が凍り付いた。

中国のチベット侵攻

ダライ・ラマは中国の3人の将軍に平和的精神論を説く

中国がチベットを侵略しようとしていた。
ダライ・ラマはある夜、生まれ故郷であるタクステルという村が中国の襲撃に遭う夢を見て眠れなくなっていた。
ダライ・ラマはハインリヒを宮殿に呼んだ。ハインリヒはその夜、ダライ・ラマ側にいることにした。
ダライ・ラマはハインリヒに「登山の話をして」と頼んだ。
ハインリヒは登山の魅力を「山に登ると無になれる。登っているときは悩みも忘れ、登ることだけを考える。そして突然景色が変わり体中に力がみなぎってくる」と話す。
そしてそれはダライ・ラマ猊下といる時も感じると言う。

ダライ・ラマの悪夢が現実のものとなる。中国がタクステルを襲撃したのだ。僧院は焼き払われ、僧侶も何人も殺された。
摂政は中国と戦うことを決め、先代のダライ・ラマの国防大臣だったツァロンに「兵を整備せよ」と命じた。チベットの武器の数は中国に比べとても少なかった。ハインリヒとペーターも戦争経験を買われ武器を選ぶことを手伝ったが、果たして平和を愛するチベット民族に軍隊が組織できるというのだろうかと思っていた。ハインリヒは自分の祖国が同じように他国に侵略していたことを恥じた。
中国から3人の将軍が飛行機でやってきた。

将軍がンガワン・ジクメに連れられてダライ・ラマに謁見した。将軍たちは僧侶が何日もかけて書いた砂の曼荼羅を足で払いのけ、踏みにじり、ダライ・ラマの前に来た。
将軍たちが「ダライ・ラマより下には座らん」と高圧的な態度をとると、ダライ・ラマは自ら将軍と同じ高さまで降りた。
ダライ・ラマは将軍たちに「自分が成人するまでは摂政が政治を司っているので政治の話は摂政として欲しい」と頼んだ。
そして「自分は一介の僧侶であり、教典と御仏の言葉しか知らない」と伝えたうえで、「御仏は言った『人は生にすがり、危険と死を恐れる。死を考える人間が人を殺す事はない』この言葉はすべてのチベット人の心に染みこんでいます。だから我々は平和を愛し暴力を忌み嫌うのです。これはチベット人の弱みでなく、一番の強味なのです」と平和的精神性を説いた。
将軍たちは「宗教は毒だ」と吐き捨てその場を後にし、飛行機に乗って中国へ帰っていった。

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