あのこは貴族(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『あのこは貴族』とは、山内マリコの小説『あのこは貴族』を原作としたヒューマンドラマ映画である。2021年2月に公開され、「富裕層」と「庶民」の鮮やかな対比が観客からの高い支持を得る。お嬢さん育ちの華子は婚活の末に理想の男性と結婚するが、嫁ぎ先からの重圧に悩む。大学進学を機に上京したが学費が続かず中退後、就職した美紀。「他力」を享受する特権階級と「自力」が前提の一般人を隔てる見えない壁。交わらないはずの「階層」を飛び超えた2人に見えてきた新しい自分。監督は、「グッド・ストライプス」の岨手由貴子。

ある夜。自宅のベランダで独りポツンと座っている幸一郎に華子が近づく。近くにおいてあった毛布を羽織り、幸一郎にも着せかけ「お帰りなさい」と声をかける。幸一郎は華子が買ってきたプランターの土を触りながら「いい匂いだな」とつぶやく。「何か育ててみようかなって思って」と華子が言うと「買った方が早くない?」と幸一郎が返事をする。華子は「そうだよね。でも、やりたいの。私にできることがあったら言ってね」とついでに幸一郎に水を向けると「結婚してくれただけで十分だよ」とささやく。
華子は幸一郎との時間を大事にしたかったので、もう一押ししてみた。「それでも言って欲しいの。何でもいいから。思っていることとか。この先の夢のこととか」と食い下がる。幸一郎が「華子にはさ、夢なんかあるの?俺はまともに家を継ぎたいだけだよ。それは夢とか展望じゃなくて。そういうふうに育ったってだけ。華子が俺と結婚したのと一緒だよ」と言って立ち上がり、「入ろう」と言って華子の頭を撫でるが、華子はそっぽをむく。従順な華子がこんな反応を見せたのは初めてだった。
それを見て諦めたのか、部屋に引き上げてしまう幸一郎。せっかく夫婦で腹を割って話し合えるチャンスを逃してしまったことは華子に失望を感じさせるのに十分だった。幸一郎と心を通い合わせられない哀しみを悟った華子の目には涙が浮かんでいた。一方、幸一郎には自分が深い悩みを抱いていることなど、華子の限られた知識と経験では理解不可能だということがわかっていた。
年齢のわりに未熟な華子に政治家の家系に生まれた幸一郎の運命と、それから逃がれることが許されない絶望など話しても無駄だと諦めていた。
結婚の前後から本音をさらけ出せない2人の間には深い溝ができていた。この後もずっとそれが続いていくだろう。

幸一郎の母と不妊外来に行った帰りに、タクシーから自転車で走っている美紀を見かけ声をかける華子。

華子に付き添って不妊外来に行った帰りのタクシーから知子が降りた。タクシーはまた走り出す。何気なく窓外を眺めていた華子の目に自転車に乗った美紀の姿が飛び込んできた。人違いかもと目を凝らす華子だったが、追い越しざまに見た美紀の顔は見間違えようがなかった。思いがけない遭遇に、華子の心が激しく揺れる。タクシーが信号で止まり、美紀の自転車がタクシーを追い越した時、華子はあわててタクシーを降り、「美紀さん!」と叫んだ。

美紀(右)のアパートでひとときの自由な時間を過ごす華子(左)。

突然呼びかけられたことに驚き、自転車を止めて振り向く美紀の目の前には、華子が立っていた。美紀は自分のアパートに華子を誘い、こじんまりした部屋の椅子に腰を下ろす華子にお茶を出してくれた。
美紀の許可を得て、部屋を見て回る華子の目には何もかもが新鮮に映った。華子があまりにも真剣に部屋の中を眺めるので、華子との生活の質の違いに思いを馳せ、美紀は恥ずかしくなった。「こんなひどい部屋って初めてなんじゃないかな?」と気を使ってくれる。だが、それへの華子の反応は意外なものだった。
さまざまな写真や置物ひとつにしても、ここにはまぎれもなく、1人の女性としての美紀の生活があった。「いえ、すごく落ち着きますね」と華子は本心から答えたのである。ここは、自分が馴染んだ環境とは何もかもが違うことを知ったことで、華子はその意味をはっきりと自覚した。東京という巨大な街には、自分の知らない世界が確かに存在することを、頭ではなく感覚で悟ったのである。美紀は「狭い部屋って落ち着くよね」と自虐気味に笑う。華子は「そうじゃなくて。落ち着くのは、全部美紀さんのものだから」と返す。

小さな部屋を羨む華子に戸惑う美紀。

その言葉に不意をつかれた美紀は一瞬立ち止まるが、気を取り直してベランダに出た。美紀は華子が手に取った小物を見て説明してくれた。「それね、今月で会社辞めて友だちと起業するの。地元の企業のブランディングとかPRを手伝う会社なんだけど。新しいお土産を作ったり、イベントを企画したり」と楽しそうに語る。
それを聞いた華子は「へえ~。凄い」と感嘆する。美紀の前向きな姿勢が眩しかった。

美紀(左)のアパートのベランダで東京タワーを眺める華子(右)。

ふと、ベランダを見た華子の目に東京タワーが映り、思わず外に出る華子に、美紀がアイスを持ってきてくれた。2人で仲良くアイスを頬張りながら、「こういう景色初めて見ました。ずっと東京で生きてきたのに」と華子が言う。
美紀は「みんな決まった場所で生きてるから。うちの地元だって、町から出ないで親の人生のトレースしてる人ばっかりだよ。普通の世界とうちの地元ってなにか似てるね」と華子に向き直る。華子は「フ」と小さく笑ってうつむき、アイスをかじる。
そのしぐさに何かを感じた美紀は華子をじっと見つめながら、「事情はわからないけど、どこで生まれたって、最高!って日もあれば、泣きたくなる日もあるよ。でも、その日なにがあったか、話せる人がいるだけで、とりあえずは十分じゃない?旦那さんでも、友だちでも。そういう人って案外出会えないから」としんみり言う。
美紀の真剣な言葉に何かを感じ取った華子は神妙な顔つきになる。こんなふうに気さくに接してくれる美紀の言葉は、今の華子の胸にまっすぐ届いた。

美紀のアパートからの帰り道。知らない2人の女の子たちに手を振る華子。

美紀のアパートからの帰り道。いつの間にか雨が降っている。傘を差した華子はネオンが瞬く街をしっかりとした足取りで歩いていく。街外れの歩道橋を歩いていく華子が車道を挟んだ向こう側に目をやると、女の子2人乗りの自転車がよろよろ走っていく。立ち止まって見つめる華子に、2人は手を振ってくれた。それにつられた華子も手を振り返す。いつも移動はタクシーを使ってきた華子が初めて経験する「普通」の行動であった。
帰宅すると、幸一郎がソファで寝入っていた。そっと毛布を掛けると幸一郎が目を覚ます。華子が「お帰り」と言うと幸一郎は「ただいまじゃない?」と言い返す。「疲れた~。今日は楽しかった」とつぶやく華子に幸一郎は「そんなにまつ毛長かったっけ?」と、今気づいたみたいに言う。華子が「あの時話した映画って観てくれた?」と質問すると「何だっけ?」との返事が返ってきた。「最初に会った日に話した映画」と華子に言われて思い出した幸一郎は「あ~、いや」と気まずそうにビールを飲む。すると華子は「絶対観てないと思った」と言う。ソファから降り、床に座り直した幸一郎を華子はじっと見つめる。2人の間に無言の時間が流れていく。

華子と美紀の旅立ち

華子(右端)は京子(右から2番目)と宗郎(3番目)と共に青木家を訪ねて、離婚を切り出す。それを聞く幸一郎(左端)、知子(左から2番目)、謙次郎(左から3番目)。

ある日の青木家。セミが鳴いている。
幸一郎を待ち受ける将来の出馬への不安と、早く跡継ぎをと迫る青木家からのプレッシャーが華子を精神的に追い詰めていた。それとともに、幸一郎に対する配偶者としての信頼も消え失せたことで華子は離婚を決意した。離婚の話し合いのため、宗郎と京子と3人で幸一郎の実家を訪れる。深々と頭を下げる華子の頬を思い切りひっぱたく姑・知子。思わず謙次郎が駆け寄り「やめなさい、知子。さあ、ほら、ね、ほら、座って」となだめる。そして「こちらも離婚なんかで揉めて裁判なんかに持ち込むわけにはいかないので。今日のところはお引き取りください」と切なそうに言う。幸一郎は無言で正面を向いたままだが、お辞儀から顔を上げた華子を見る目は鋭かった。幸一郎を見つめ返す華子の表情は、なにか吹っ切れたように落ち着きを感じさせた。京子にうながされて席を立ち、部屋を出ていく。

ついに起業した美紀(左)と里英(右)。東京駅前の会社のイベント会場で、過去を振り返る2人。

東京。ある日の夕刻。
美紀と里英が企画したイベント会場のテラス。美紀が2名の参加女性を、相手のスマホで撮影している。そこへ里英が来て、美紀の写真を撮ってくれることになった。里英に「ミキティ、もっと笑いなよ」と言われた美紀は、はにかんだ笑いを浮かべた。撮影した写真を2人で確認し、満足の出来栄えに笑みを交わす。美紀が「あと20分だよ」と言い、参加者名簿の確認をする2人。

周囲を見回し、正面にそびえる高層ビルを見ながら美紀が「昔、内部生とさ、こういうとこでお茶しなかった?」と言うと、里英も「あ~、来たわ!お茶しようって言うからついて行ったら5000円だよ!詐欺かと思った」と同調する。「でも、田舎から出てくるとさ、こういうわかりやすく東京っぽい場所ってやっぱり楽しいよ」と美紀が言うと、里英も「外から来た人がイメージする東京だけどね~」とうなずき、美紀の肩に頭を載せる。美紀が「そう、みんなの憧れで作られて行くまぼろしの東京」としみじみつぶやいた。
大学入学以後、ふたりはそれぞれの道を歩んできたが、今こうして手を携えて起業し、東京の真ん中で自分たちの夢の実現に向けて一歩を踏み出したばかりだった。上京したての頃の苦い思い出も笑い合える2人は、唯一無二の親友に出会えたことがいかに幸運だったかを胸に刻みつける。

離婚から1年。今はバイオリニストの逸子のマネージャーとして働く華子(左)は、逸子のコンサート出演のために出向いた地方都市で前夫の幸一郎(右)と再会。

1年後。
華子の車に逸子を乗せてある地方に向かっている。助手席では逸子が眠っている。逸子がこの地方で開催される「小さな音楽会」というイベントの四重奏で演奏するのだ。そのホールに着き、館内を見回る華子と逸子。音楽会の会場には椅子が並べられ、たくさんの色とりどりの風船が飾られていて、子どもたちがはしゃいでいる。待ち時間の間、ホール近くの公園に来た2人は、ボール遊びをしている子どもたちに混じり、童心に帰ってつかの間の余暇を楽しんだ。子ども用の三輪車を借りた里英が漕ぎ、華子が苦心してそれを押して坂を上っていくと、どこからか突然「華子!」という声が聞こえた。
声のした方を見ると、そこには離婚した幸一郎が立っていた。「どうして?」と問いかける華子に幸一郎は「ここ、うちの選挙区だから」と答える。「あ、そっか。そうだよね」と華子は納得した。幸一郎はすぐ近くにいる逸子にも頭を下げる。華子に向き直り、「元気?」と問いかける幸一郎。華子が「うん。今、逸子ちゃんのマネージャーみたいなことやってて」と現況を少し説明すると、幸一郎はその言葉に驚いたようだ。あの内気で受動的な華子が、という意外性を感じ取ったに違いない。お付きの男性が幸一郎を呼びに来る。幸一郎が華子に「良かったらあとで」と声をかけると華子も承諾する。関係者数人でホールへと去っていく幸一郎を見送る華子。緊張が解けてリラックスした表情で逸子に歩み寄る。

逸子が所属する「トワイライト・カルテット」の演奏中。2階に立つ幸一郎と向かい合う華子。

逸子が所属する「トワイライト・カルテット」の演奏が始まった。華子は階段で、幸一郎は2階でそれを聴いている。2人の視線が絡み合う。引き込まれるように幸一郎を擬視する華子。その時、ふと見せた幸一郎の笑みにほほえみ返す華子の表情は、静かな自信と深い穏やかさをたたえていた。仄暗い空間にたたずむ2人の魂の交流に寄り添うように、逸子の心地よいバイオリンの調べが響き渡っていく。

『あのこは貴族』の登場人物・キャラクター

榛原家

榛原華子(はいばらはなこ/演:門脇麦)

keeper
keeper
@keeper

Related Articles関連記事

ハゲタカ(Hagetaka)のネタバレ解説・考察まとめ

ハゲタカとは、日本人作家・真山仁の経済小説を原作にしたテレビドラマ・映画。2007年にNHKで全6話が放送されている。日本企業買収の使命を帯びて、米国投資ファンドの敏腕マネージャーの鷲津が帰国し、企業の社長や銀行とのマネーゲームが繰り広げられる。鷲津は企業を救うために模索するが、その気持ちとは裏腹に金が悲劇を巻き起こす。ドラマが国内外で高い支持を受けたことで、映画化もされた。

Read Article

万引き家族(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

万引き家族(英題:Shoplifters)とは、2018年に公開された日本映画である。監督は『そして父になる』などで知られる是枝裕和。主演はリリー・フランキーと安藤サクラ。 第71回カンヌ国際映画祭において最高賞のパルム・ドールを獲得するなど、国内外で高い評価を受けた。 貧困のなか、万引きによって生計を立てながら身を寄せ合う家族6人の姿を描く。

Read Article

愛の渦(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『愛の渦』(映画)とは劇団「ポツドール」の主宰者であり劇作家として活躍中の三浦大輔が監督を務めた、セックスが題材の成人向け映画作品である。戯曲『愛の渦』は岸田國士戯曲賞受賞。待望の映画化に注目が集まった。舞台はとあるアパートの一室。そこはセックスを目的に集まった男女が乱交パーティーを行う裏風俗だ。集まったのはニートや女子大生、保育士にサラリーマンと見ず知らずの男女10名。肉欲に溺れる男女と交錯する人間模様を浮き上がらせた、セックスがテーマの映画となっている。

Read Article

彼らが本気で編むときは、(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『彼らが本気で編むときは、』とは、家族の在り方やLGBT差別の問題について扱った、萩上直子監督のオリジナル脚本によるハートフル映画である。物語は、小学生のトモの母親が家出をしてしまうところから始まる。トモは母が帰ってくるまで面倒を見てもらおうと、叔父であるマキオの元へ向かうが、マキオは恋人であるトランスジェンダーのリンコと一緒に住んでいた。トランスジェンダーであるリンコにとまどうトモだったが、リンコの優しさやリンコを取り巻く人々との触れ合いを通して、心を開いていくストーリーとなっている。

Read Article

南極料理人(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『南極料理人』とは、西村淳の著書『面白南極料理人』『面白南極料理人 笑う食卓』を原作とした、2009年の日本映画である。海上保安庁に勤務する「西村」は、同僚スズキの代理で、南極観測隊として派遣されることになった。そこでは、様々な個性やクセを持った7人の隊員と共同生活を送らなければならない。初めは打ち解けずトラブルもある隊員たちだったが、次第に南極での生活を楽しみ始めることとなる。この映画は人との関わりを考えさせつつも、くすっと笑えるポイントが随所にちりばめられた、ヒューマンコメディ作品である。

Read Article

タイガー&ドラゴン(ドラマ)のネタバレ解説・考察まとめ

『タイガー&ドラゴン』とは、2005年にスペシャルドラマとして放送され、その後、連続ドラマ化された「落語とヤクザ」をテーマにした日本のテレビドラマ。主演はTOKIOの長瀬智也とV6の岡田准一。ヤクザの虎児が落語家に弟子入りし、事件に巻き込まれながらも噺家として修行を積んで、一人前の落語家を目指していくストーリー。毎話お題目となる落語噺に沿うように作成されており、1話完結の構成となっている。TBSプロデューサー磯山晶と脚本宮藤官九郎のコンビによるドラマ。

Read Article

目次 - Contents