博士と彼女のセオリー(映画)のネタバレ解説・考察まとめ

『博士と彼女のセオリー』とは2014年にイギリスで製作された、物理学者のスティーヴン・ホーキング博士と元妻のジェーン・ホーキングの出会いとその後を描いた伝記映画である。スティーヴンは21歳で筋萎縮性側策硬化症(ALS)を発症し余命2年と宣告されるが、ジェーンの献身的な愛情に支えられ苦しみながらも困難に立ち向かって行く。第87回アカデミー賞では5部門にノミネートされ、主演のエディ・レッドメインは主演男優賞を受賞した。監督はジェームズ・マーシュが担当し、脚本をアンソニー・マッカーテンが担当している。

『博士と彼女のセオリー』の概要

『博士と彼女のセオリー』とは2014年にイギリスで製作された、物理学者のスティーヴン・ホーキングの激動の半生と、彼を支え続けたジェーン・ホーキングの献身的な愛を描いた伝記映画である。
天才物理学者として将来を期待されていたスティーヴンは、ケンブリッジ大学院に在籍中ジェーンと出会い、またたく間に恋に落ちる。しかしその頃には病が彼の体を蝕み始めていた。手先の震えや足のもつれなどの症状が出始め、ある日スティーヴンはつまずいた拍子に派手に転び顔を打ち付けてしまう。そして病院で検査をした結果、医師から余命2年だと宣告されるのだった。病名は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)。それはスティーヴンが21歳の時だった。脳の運動神経の障害で、自分の意志で体を動かすこと、話すことが出来なくなる病だと知り、打ちのめされたスティーヴンはジェーンを遠ざけようとするが、ジェーンはすべてを理解した上で一緒にいたいとスティーヴンに告げるのだった。そして2人は結婚し子供にも恵まれるが、病気の進行は止まってはくれず、様々な困難と試練が2人に降りかかる。その度にぶつかり合いながらも乗り越えて行くスティーヴンとジェーンは最終的に、お互いにとって最良の決断を下すのだった。

「宇宙のすべてを説明するたった1つの方程式」を見つけるため日々研究に勤しむ無神論者のスティーヴンと、敬虔なクリスチャンのジェーンは、思想が正反対でありながらもお互いの哲学、価値観を尊重し合う様子が描かれ、2人の知的好奇心の高さや崇高な精神がこの作品から窺える。ジェーンのスティーヴンに対する無償の愛はやがて自分自身を疲弊させ、そしてスティーヴンにもそれが伝わり、晩年にはお互い別のパートナーと人生を歩んで行く。しかしスティーヴンとジェーンの絆が消えることはなく、良き友人であるという。
この物語は偉人のスティーヴン・ホーキング博士としてだけではなく、葛藤や欠点を抱えた1人の人間としてリアルに描かれ、天才も凡人も、障害者も健常者も、そこに境界はなく誰にでも希望はあると教えてくれる作品である。
スティーヴンが発表した『ホーキング、宇宙を語る』は、世界的なベストセラーとなり、ジェーンの献身的な愛情なくしては成し遂げられなかったであろうスティーブンの偉業は、多くの人間の心を掴み感動を与えた。

主演のスティーヴン・ホーキングを『ファンタスティック・ビースト』のエディ・レッドメイン、妻のジェーン・ホーキングを『インフェルノ』のフェリシティ・ジョーンズが演じる。
第87回アカデミー賞では5部門にノミネートされ、エディ・レッドメインが主演男優賞を受賞した。監督をジェームズ・マーシュ、脚本をアンソニー・マッカーテンが担当している。

『博士と彼女のセオリー』のあらすじ・ストーリー

スティーヴンとジェーンの出会い

パーティー会場で出会うスティーヴン(画像左)とジェーン(画像右)

1963年イギリス。2人の青年が自転車を走らせどちらが先に目的地に着くか競争をしている。ケンブリッジ大学院生のスティーヴンとブライアンだ。たどり着いたのは、理系の人間が集まるパーティー会場だった。スティーヴンが到着して間もなく、ジェーンという女性とその友人が扉を開けて入って来る。ジェーンの友人のダイアナは会場を見渡すと、理系ばかりの集まりに嫌気が差したようで「長居は禁物」と言った。そんなダイアナにジェーンは「あの人は誰?」とスティーヴンの方を見て聞く。ダイアナは「かなり変人。頭はいい」と答えた。
ジェーンが入って来た時から視線を奪われていたスティーヴンはジェーンに近付く。2人は挨拶を交わした。フランス語とスペイン語の言語学を学んでいると言ったジェーンは、「あなたは?」とスティーヴンに聞く。スティーヴンは「宇宙学だ」と答えた。「それ何?」とジェーンが聞くと、「無神論者のための宗教さ」と答えるスティーヴン。ジェーンが「無神論者?」と首を傾げると、「信心深いの?」とスティーヴンは尋ねる。「英国国教会よ」と答えるジェーンに、「そりゃ信者はいるよね」とスティーヴンは笑った。英国国教会とは、イングランド王国で成立したキリスト教会の名称である。ジェーンはクリスチャンだった。「宇宙学者は何を崇拝するの?」と興味深そうに尋ねるジェーン。スティーヴンは「崇拝の対象?宇宙のすべてを説明するたった1つの方程式」と得意げに答えた。「どんな方程式?」と目を輝かせるジェーン。「それが問題だ。すごくいい質問だけどまだ分からない。でも必ず見つける」と希望に満ちたようにスティーヴンは答えた。
パーティーも終盤を迎えた頃、2人だけになれる場所に移り語り合うスティーヴンとジェーン。「なぜケンブリッジに?」と聞くジェーンに、スティーヴンはオックスフォード大学からケンブリッジに来た経緯を話す。ケンブリッジで宇宙論を研究するには、第1級優等学位が条件だった。スティーヴンは無事第1級評価をもらいケンブリッジ大学の大学院で研究をすることになったのだった。スティーヴンとジェーンが話しているとそこにダイアナがやって来て「パーティーはもおうお開きよ。帰りの車を用意したわ」とジェーンに呼びかける。ジェーンは「お話出来て楽しかったわ。方程式見つかるように祈ってる」とスティーヴンに言い、帰って行った。名残惜しそうにその場にとどまるスティーヴンの元にジェーンが戻って来ると、スティーヴンに何かを渡し足早に去って行った。渡された紙ナプキンのようなものには、電話番号が書かれてあった。

スティーヴンの才能

寝起きで課題に取り組むスティーヴン

大学院の講義に出席していたスティーヴン。デニス教授から10問の課題を与えられるが、スティーヴンは話を聞いておらず、ジェーンからもらった電話番号を眺めていた。デニス教授が「解答締め切りは金曜の3時だ」と生徒達に忠告する。ブライアンは「難題すぎて入院しそう」とこぼした。
締め切りの日、ブライアンはスティーヴンのいる寮の部屋を訪ねた。まだ寝ているスティーヴン。「早く起きろよ。何問解けた?」とブライアンが聞く。スティーヴンは眠気まなこで「おはようブライアン」と言った。「もう午後だよスティーヴン。例の難問いくつ解けた?」とブライアンは再び聞き、スティーヴンの散らかった机の上を探る。「何の話だかさっぱり分からない」と寝ぼけながら答えるスティーヴン。「デニス教授の課題だよ。君はいくつ解いたんだ?」と、スティーヴンに期待しているブライアンは笑顔で聞く。スティーヴンはベッドに寝転んだまま「ゼロ。後でやるよ」と答えた。「見てもないのか?」と驚くブライアン。「まったく」と焦る様子もなく答えるスティーヴンに、「英国一の大学で物理学で博士号を取るつもりだろ?君その自覚ある?」とブライアンは言い部屋を出て行こうとした。するとスティーヴンはブライアンを呼び止め「ワーグナーをかけてくれる?」と呑気に言う。まだベッドから起き上がっていない。ブライアンは呆れ顔で部屋を出て行った。やっとベッドから降りたスティーヴンはワーグナーを流し、机の上に雑に置かれていた課題を手に取る。そして置いてあったマグカップに手を伸ばすが上手く掴めず倒してしまった。この頃から徐々に、スティーヴンの体に異変は起こっていたのだった。

講義に遅れてやって来たスティーヴン。デニス教授が他の生徒の課題の結果を見ていた。「マイケルのは字が汚くて間違いの指摘も出来ん。ブライアンのは意味不明の解答だ」と次々に評価を下す。そしてデニス教授が「君はどうだ?スティーヴン」と言うと、スティーヴンは列車の時刻表を差し出した。これを出されてもと笑うデニス教授に、「裏に書いてあります。コーヒーをこぼしてしまって」と弁解するスティーヴン。デニス教授が裏を見ると、そこには紙全体に隙間なく数式が書かれてあった。「9問だけですが」と引け目を感じているように言うスティーヴン。驚きを隠せないデニス教授は「素晴らしい。見事だ」と感嘆の声を上げる。ブライアンはスティーヴンの顔を見て「9問も?」と信じられないと言わんばかりの顔を見せた。

講義後、デニス教授に呼び出されたスティーヴン。「君の研究のテーマについてだが、何か決めたかね?」とデニス教授はスティーヴンに聞いた。「決めてません」と答えるスティーヴン。「何かアイディアは?」とデニス教授は聞くが、「何も」と言ってスティーヴンは床に落ちていたペンを拾いテーブルの上に置いた。手は震え、ひどく掴みづらそうだった。「この仕事の喜びの1つは、いつか教え子が偉大な業績を生むことだ」と、スティーヴンを高く評価しているデニス教授はそう言った。そして「今度の金曜日に優秀な院生達を連れて数学者のロジャー・ペンローズの講演を聞きに行く。よかったら君も来なさい」とスティーヴンを誘ったのだった。

距離を縮めるスティーヴンとジェーン

ジェーンを待つスティーヴン

教会にいるジェーンに会いに行くスティーヴン。外で待っているとジェーンがやって来て、「教会に来たことないんでしょ?」と笑顔でスティーヴンに聞いた。「昔は来てた」と答えるスティーヴン。「戻りたくなった?」といたずらっぽく笑うジェーンに「”神は天の支配者”という前提が苦手でね」とスティーヴンは笑った。ジェーンは気を悪くすることなく、独特な感性のスティーヴンの話を穏やかな表情で聞いていた。「お昼はどうするの?母は料理がうまいんだ」とスティーヴンは言い、ジェーンを自宅に誘った。

スティーヴンの実家で食事をすることになったスティーヴンとジェーン。スティーヴンの父親のフランクが「ところでジェーン。君は何を勉強してるんだ?」と聞いた。「フランス語とスペイン語で博士号を目指しています」と答えるジェーン。「テーマは?」と聞くフランクにジェーンが「イベリア半島での中世の詩です」と答えていると、「ところでスティーヴン。教会から信心深い女性を連れてきて良い人になった気分?」と茶化すスティーヴンの妹のフィリパ。スティーヴンは「神聖な気分」とにこやかに答えた。するとジェーンが「そもそもなぜ神を信じないの?」と純粋な疑問をスティーヴンにぶつける。「物理学者は創造主による計算の混乱は認めない」と答えるスティーヴンに、「それは神というより物理学者の方に問題があるんじゃない?」と言い返すジェーン。物怖じしないジェーンに好感を抱くスティーヴンは突然「舞踏会にジェーンを誘う」と言った。舞踏会とはケンブリッジ大学で開催される、1年の締め括りに夜通しで行われるイベントだった。スティーヴンの家族は歓声を上げ、スティーヴンとジェーンは微笑み合った。

舞踏会で心を通わせるスティーヴン(画像右)とジェーン(画像左)

舞踏会当日、ジェーンの家まで迎えに来たスティーヴン。ドレスアップした2人は照れ臭そうに挨拶を交わした。
会場に着いたスティーヴンとジェーン。歩いている途中スティーヴンは少しつまづき、「大丈夫?」とジェーンに聞かれるが、スティーヴンは「ああ」となんでもないように答えた。
ダンスをするたくさんの人を見て「踊る?」と聞くジェーン。「いや。僕は踊らないよ。見てると楽しいけど参加するのは無理だ」と断る。「じゃあダンスはなしで」と、ジェーンもスティーヴンの意見に従った。皆が踊る様子を2人で眺めているとダンス会場のライトが消え、辺りが暗くなりダンス会場から歓声が上がる。するとスティーヴンが突然「男どものシャツやネクタイが女性のドレスより少し白く光ってるだろ?なんでか分かる?」とジェーンに聞いた。「なんで?」と食いつくジェーン。スティーヴンは「タイド」と答えた。「それって洗濯洗剤?」と尋ねるジェーンに、「蛍光剤が紫外線を吸収するんだ」とスティーヴンが言うと、「ほんと物知りね」とジェーンは感心していた。
パーティー会場に花火が上がる。笑顔で見上げるスティーヴンとジェーン。2人は終始楽しそうに過ごしていた。宴もたけなわに差し掛かり、2人は星空を眺めていた。「言葉を失うね」とスティーヴンが言う。満天の星空を見たジェーンは「”はじめに天と地があった。地には形がなく暗闇が深淵のおもてにあった”」と旧約聖書の言葉を口にした。スティーヴンはジェーンの手を握り2人は見つめ合う。そして「踊っていただけますか?」と言うスティーヴン。2人はダンスを始め、そして口づけを交わした。

病気の発覚

数式を書くスティーヴン

デニス教授達とロンドンへ行く日、間もなく発車する列車に向かって走り出す院生達だったが、スティーヴンは思うように走れず遅れをとっていた。「スティーヴン。何してんだ早く乗れ」と1人の院生が手を差し出す。スティーヴンはなんとか列車に乗り込むことが出来たが、体の不調は顕著に現れているようだった。
ロジャー・ペンローズの講演を聞くスティーヴンと院生達とデニス教授。ペンローズは黒板に星と見立てて丸を書いた。「太陽の何倍もの質量の恒星はどのように一生を終えるか?崩壊だ。恒星自身の重力が収縮に反する力より大きくなると、内側に向かって崩壊が始まる。大きな星ならば崩壊は持続しやがてブラックホールが形成される。時空が著しく歪められそこからは何も出られない。光でさえも。そして収縮していく」と説明する。ペンローズは星と見立てて書いた大きな丸の中に、一回り小さい丸を書く。それを繰り返し星の収縮を表現していた。「星はどんどん密度を増していって、原子も素粒子までもがより小さな空間に押し込められていく。そして最後に残るもの」と話を止め、収縮した星の中心に点を描き「それが時空の特異点だ。空間と時間はそこで停止する」と言った。スティーヴンは真剣に耳を傾け、思案顔をしていた。
帰りの列車、コーヒーにクリームを入れたスティーヴン。コーヒーの表面を渦巻くクリームが闇に吸い込まれる光のようだった。そしてスティーヴンはつぶやく。「ペンローズの”特異点理論”を宇宙全体に適用したらどうなる?」。

翌日、ペンローズから得た持論をジェーンに興奮気味に話すスティーヴン。「アインシュタインの相対性理論が正しいなら、宇宙は膨張してるよね?」とスティーヴンがジェーンに聞く。スティーヴンと手を繋ぎ歩きながら「ええ」とジェーンは答えた。「じゃあ時間を戻せば宇宙は収縮していくはずだ。だったら歴史をすべて逆戻りさせて時間そのものの始まりを解明するっていうのはどうかな?」とスティーヴンが言うと、ジェーンはスティーヴンの持論を楽しそうに聞きながら「時間の始まり?」と言った。「宇宙はどんどん小さくなって密になって熱くなっていくんだ。僕達が…」とスティーヴンが言いかけ、「時計を巻き戻すのね?」笑いかけるジェーン。「そう。時計を巻き戻す」とスティーヴンも笑う。2人は両手を繋ぎ、時間を巻き戻すように反時計回りにくるくると回った。2人は童心に帰ったように無邪気に笑っていた。

ペンローズの講演についてデニス教授と話すスティーヴン。「時空の特異点。宇宙はブラックホールの爆発から始まった」とスティーヴンは言った。デニス教授はその理論を展開させろと、スティーヴンに期待を寄せそう言った。
スティーヴンは黒板いっぱいに、夢中になって数式を書き始めた。書いては消し、書いては消しを繰り返す。手先が震え、チョークを上手く掴めず落としてしまう。体の不調は相変わらずだった。
教室を出て歩き出すスティーヴン。突き詰めた理論をデニス教授か、ジェーンか、誰かに伝えたかったのかもしれない。足早に歩き出すが足がもつれて転んでしまい、受け身を取れずしたたかに顔を打ち付けてしまった。

部屋に閉じこもるスティーヴン

病院で診察を受けるスティーヴン。医師の指示に従い、指を順番に折り数字を数えるが自分の意志に反して指を折り曲げることが出来ず「なんで?なぜこんな…」と困惑する。「もういい。大丈夫だ」と医師はやさしくスティーヴンの手を包んだ。
医師から説明を受けるスティーヴン。「運動ニューロン疾患です。運動神経細胞が侵され脳からの命令が筋肉に伝わらなくなります。たとえば話すこと、歩くこと…呼吸や食事も。筋肉を動かそうとする信号が伝わらなくなるのでその結果全身の筋肉が弱っていき、衰えます。やがては自分の意思で体を動かすことがいっさい出来なくなる。残念ですが余命は2年といったところでしょう」と医師はスティーヴンに話した。スティーヴンは絶句してしまう。「治療法はありません」と、追い打ちをかける医師の言葉に、一縷の希望を託すように「脳は?」と聞くスティーヴン。「脳は影響を受けません。思考力もです。ですが、それを人に伝えることが出来なくなります」と医師が言う。スティーヴンは言葉が出なかった。何も考えられないようだった。
運動ニューロン疾患とは、脳の運動神経のみに障害が発症する病気の総称で、その中で代表的なのが「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」であり、スティーヴンが発症したのはこの病だった。

ある日ブライアンがスティーヴンのいる寮の部屋に行くと、スティーヴンはパジャマ姿のまま音楽を流し本を読んでいた。「どうだった?医者は何て言ってた?」と聞くブライアン。「病気が見つかったよ」と、こともなげにスティーヴンは言った。ブライアンは「まさか性病か?」とふざけて言う。スティーヴンは笑い「運動ニューロン疾患。余命は2年なんだって」と言った。「なんだって?」と表情が変わるブライアン。「声に出して言うと変な感じだ」とスティーヴンは言った。ブライアンは「なんだよ。嘘だろ?医者はほんとはなんて言ったんだ?分かるように話してくれ」と言い、信じられない様子だった。するとスティーヴンは少し黙り込み、「出てってくれ」と言った。「スティーヴン。ふざけて悪かった」と慌てて謝罪するブライアン。スティーヴンは「そんなことないよ。もう行け」とブライアンに笑いかける。すると部屋をノックする音が聞こえた。寮のスタッフが、女性から電話がかかってきたとスティーヴンに知らせに来たのだ。
電話をかけてきたのはジェーンだったが、スティーヴンは電話口に出ると何も言わずに切ってしまった。不審に思ったジェーンはその後スティーヴンのいる寮の部屋を訪ねるが、スティーヴンが出てくることはなかった。
ジェーンはブライアンに呼び出されバーに向かう。「実はスティーヴンから残念な話を聞いたんだ」と言ってブライアンは、ジェーンにスティーヴンについて訥々と話し始めた。

クロッケーをするスティーヴン(画像右)と見守るジェーン(画像左)

ジェーンがスティーヴンに会いに行くと、スティーヴンは寮の大広間でテレビを見ていた。ジェーンはそっと近付き「ためになる番組?」と聞く。スティーヴンは「とても。ジョーンはマーサと浮気してるけど、マーサはアランを愛してる。でも多分アランは同性愛者だな。これで幸福の数学的確率を計算してる」と、映画が流れているテレビを見つめながら答えた。ジェーンは意を決したように「スティーヴン」と呼びかけた。スティーヴンは「彼ならさっき出て行ったよ」と茶化す。「ふざけないで」と怒るジェーン。「帰ってくれ」とスティーヴンは言った。するとジェーンが「一緒にクロッケーをやりましょう」とスティーヴンを誘う。以前スティーヴンから誘われたことがあったのだ。クロッケーとはイギリス発祥の球技で、ゲートボールの原型である。
スティーヴンは立ち上がり、おぼつかない足取りで外へ向かう。そしてジェーンに「来いよ」と言った。
スティーヴンは体の不自由さを見せつけるように、半ばやけになりながらクロッケーを始めた。スティーヴンのその様子を見て居た堪れなくなったジェーンは僅かに動揺を見せる。そしてスティーヴンの所まで走り寄るが、スティーヴンはジェーンを置いて立ち去る。ジェーンはスティーヴンを追いかけた。寮の部屋まで着いたスティーヴンは、部屋の中にあったチェスをばら撒き、どうしようもない憤りをぶちまけた。後を追っていたジェーンがスティーヴンの部屋の中に入る。「ほっといてくれ」と言うスティーヴンに、ジェーンは「それが望み?」と聞いた。「ああそれが望みだ。僕のことを思ってくれるなら頼むから黙って帰れ」と言い放つスティーヴン。ジェーンは「帰れない」ときっぱりと言った。スティーヴンが「余命2年しかないんだ。研究がしたい」と話す。するとジェーンは突然、「愛してるの」とスティーヴンに伝えた。「そんな結論はありないだろ」とスティーヴンは動揺する。「あなたと一緒にいたい。たとえ長い間でなくても私は構わない」とジェーンがスティーヴンを真っ直ぐ見つめ言う。「何も分かってない。この病気は全身がやられるんだ」と戸惑いながら伝えるスティーヴンに、ジェーンは突然キスをする。そしてスティーヴンを見つめながら、「いつも眼鏡が汚れてる」と言ってスティーヴンから眼鏡を外し、着ていたワンピースの裾で拭いた。そしてそれをスティーヴンにかけてやり、「ほら、この方がいいでしょ?」と言った。「ああ。よく見えるよ」とスティーヴンは微笑む。ジェーンはスティーヴンを愛しぬく覚悟をし、スティーヴンもまた、ジェーンからの愛を受け止める覚悟をしたのだった。
スティーヴンはデニス教授の所へ行くと、出し抜けに「時間です」と言った。主語の欠いたスティーヴンの言葉を読み解いたデニス教授は「それが研究テーマ?」と聞いた。スティーヴンは黙って頷く。「何か特別な観点が?」と聞くデニス教授に、スティーヴンはこれにも「時間」としたり顔で答えた。

スティーヴンとジェーンの結婚生活

結婚式でのスティーヴン(画像左)とジェーン(画像右)

ジェーンはスティーヴンの父親のフランクと会っていた。「君は事態の深刻さを分かっていないようだ。ジェーン。息子の命は長くはもたない。だから慎重になるんだ。現実は君の味方ではない。これは闘って勝てる相手じゃないんだよ。闘ってもその先に待ってるのは辛い敗北。我々の敗北だ」と説得するフランクの話を、ジェーンは真剣な表情で聞いていた。そして「ご心配は分かります。私に耐える強さがないと思っていらっしゃるんですね。でも彼を愛してます。彼も愛してくれています。一緒にこの病気と闘って行きましょう。我々で」と、ジェーンはフランクを真っ直ぐに見つめながらそう話したのだった。
ほどなくしてスティーヴンとジェーンは結婚をする。両親や仲間達に祝われ、とても幸せそうだった。そして2人の間に第1子が誕生する。この頃になると、スティーヴンは歩行が困難な状態だった。杖を2つ手に持ち、腕の力でなんとか歩を進めていた。

大学に着き、デニス教授、ソーン教授、ペンローズのいる講義室へ向かうスティーヴン。スティーヴンが書いた博士論文の評価についてデニス教授が話し始める。「手短に言おう。第1章は数学的裏付けに欠ける」とデニス教授は言い、続いてソーン教授が「第2章は独創的とは言えない。ペンローズの理論の流用だ」と言った。ペンローズは「受け入れてくれた訳だね」と言い、「第3章は答えを示さない問いが多い」と続ける。スティーヴンの表情が曇り始めた。「そして最後がこの第4章」とデニス教授が言う。そして「時間の誕生とブラックホール。素晴らしい」と評価した。スティーヴンの表情が驚きに変わり、顔を綻ばせる。「実に素晴らしい。見事だ。よくやったという言葉しかない。正確にはこう言うべきかな。”よくやった。博士”おめでとう。卓越した理論だ」と、デニス教授はスティーヴンの理論を絶賛した。デニス教授が「次は何を?」と聞くと、「証明です。証明します。時間の始まりを証明する方程式が、あったらいいと思いませんか?」とスティーヴンは辿々しく言い、笑った。講義室から出たスティーヴンは、研究の結果が認められたことに満面の笑顔を見せる。スティーヴンの病状はこの頃、会話に影響を及ぼし始めていた。

スティーヴンとジェーンはブライアン達を呼んで祝いの席を開いた。「尊敬すべきスティーヴン・ホーキング博士」と皆で声を揃え乾杯する。スティーヴンは「ありがとう」と楽しそうに笑っていた。ブライアンは「彼はほとんど勉強しないで博士号を取得した。オックスフォード時代の平均勉強時間は1時間だ。毎日たった1時間だぞ。それが今や博士だ。怠け者なのに」と他の友人達に話す。スティーヴンはブライアン達の話を聞きながら懸命に食事をしていた。スプーンに乗せた豆をなかなか口まで運ぶことが出来ずにいた。ふと見渡すと、皆はごく自然にグラスを上げ、ナイフとフォークを使う。スティーヴンは疎外感を覚え席を立ち、2階の自室へ戻ろうとした。しかし、スティーヴンの病状は階段を上れるような状態ではなく、這うように腕の力だけで上ろうとしていた。まだ幼い息子のロバートは、階段の上からスティーヴンを不思議そうに見下ろしていた。

ある日ジェーンは、何も言わず車椅子をスティーヴンの前に差し出した。テーブルの椅子に座っていたスティーヴンは、側に置かれた車椅子に乗り、「これはほんの一時的だ」と言った。ジェーンは「分かってる」と優しく答えた。
そして階段を使うのも限界だと感じたジェーンは、スティーヴンのベッドを1階に移した。スティーヴンは「朝食には便利だね」と笑い、「ありがとう」とジェーンに言った。ジェーンは上手く聞き取れず「ごめんなさい。何て言ったの?」と聞く。「ありがとう」とスティーヴンが繰り返す。ずいぶん喋りづらそうだった。口づけを交わすスティーヴンとジェーン。そしてほどなくしてルーシーという第2子が誕生した。

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