鎌倉時代の医学書?「病草紙」

平安末期から鎌倉時代の初期(12世紀頃)に描かれた絵巻物「病草紙(やまいのそうし)」。当時の奇病や、その治療法などを説話風にして紹介した巻物でした。奇妙な病気に対する当時の人たちの好奇心や、怖いもの見たさの野次馬根性は、現代人とあまり変わらないように感じます。時代を経て現在ではバラバラになり、失われてしまった絵もある貴重な「病草紙」を紹介します。

発見は江戸時代後期

「病草紙」はその昔「廃疾画」と呼ばれ、江戸時代の後期には、大館高門(おおだてたかかど、1766 - 1839)
という人物が所蔵していました。言い伝えによると、全部で16図あったそうです。巻き本であったのを
バラバラにして交換や譲渡をしているうちに、ゆくえが分からなくなったものもあります。

尻に穴多き男

「尻の孔数多(あまた)ありけり」で、幾つもの尻の穴から大便をするのを妻らしき女がのぞいている。明らかに痔癆である。「屎まる(排便する)とき、孔毎(あなごと)に出て煩らはしかりけり」と、その苦痛が表現されている。

陰虱(つびじらみ)をうつされた男

男が、陰部を丸出しにして毛を剃っており、妻が笑いながら見ている図。「つびじらみ」はいわゆるケジラミの事で、陰毛に寄生して産卵し、激しいかゆみを伴う。性行為による感染が多い。頭髪 に付くアタマジラミとは異なる。

霍乱(かくらん)の女

縁側で女が水のような下痢と嘔吐をしており、家族が介抱している。当時、霍乱は通常は急性の胃腸障害を意味し、当時はそのものずばり「しりよりくちよりこくやまひ(い)」と称したが、長いので「霍乱」が一般的になる。

肥満の女

驚異的に肥満し、女たちに両脇を抱えられてようやく歩いている裕福な家の女性。脳の摂食にかかわる中枢に障害が起きると満腹感が得られず、食欲を制御できなくなり、こうした肥満状態に陥る場合がある。

歯の揺らぐ男

歯周病(以前は歯槽膿漏と呼んだ)により歯がぐらついた庶民の男が、用意された食事を前に口を大きく開けて妻にその様子を見せている。並べられた飯や一汁一魚二菜が巧みに描かれ、当時の食生活の様子や内容がうかがえる。

眼病の男

目を患った男が治療を受けている図。詞書きから、白内障と考えられる。濁った水晶体を針で刺して摘出するのである。治療したのは偽医者らしく、目はつぶれてしまったというが、当時の医療行為の様子を伝える貴重な資料である。

二形(ふたなり)の男

両性具有の事。ある商人が、姿は男だが女のようにも見え、不思議に思った者たちが、彼の寝入ったところで着物をまくり、男女の性器があるのを見て驚き笑っている。当時の人々の、性に関するいびつな感性が分かる。

不眠の女

不眠症の女性。「夜になれども寝入らるることなし。終夜(夜もすがら)起きゐて何よりわびしきことなりとぞ云ひける」とあり、他の女性たちが眠っている中で一人上半身を起こしてなすすべもない。不眠の理由については書かれていない。

小舌のある男

詞書きに、「舌の根に小さき舌のやうなもの、重なりて生出(おいい)づることあり」云々。蝦蟇腫(がま腫れ)と言われる良性腫瘍と考えられるが、「飲食をうけず、重くなりぬれば死ぬるものあり」とも書かれている。

風病の男

碁を打つ男が、うまく座れないのか立膝をし、顔はゆがみ、碁石を指す指も震えて定まらない。相手をする女たちが笑っている。「厳寒に裸にてゐたる人の、震ひ戦慄(わなな)くやうになむありける」とあり、中枢神経疾患によるものであろう。

口臭の女

「息の香(臭い)あまり臭くて、――傍らに寄る人は臭さ堪え難かりけり」。若い下級女官が強い口臭に悩んでいる。口臭は、口腔内が不潔な場合、胃病の場合、進行した虫歯がある場合、歯周病による場合など、多様な原因で生じる。

とんとん
とんとん
@tonton

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